第3話 靴男

たまたま買った仮想通貨が大化けし

その男はほんの僅かの間に巨万の富を得た


男はまだ二十代半ばで独身

その大金はすべて男が自由に使える金

であった


急に大金を手にした者の例に漏れず


男はまず

地方都市とはいえ

千坪もの土地に建つ豪邸を手にした


部屋数は十五もある

そのうちの五部屋の壁をぶち抜いて

ひとつの大きな空間を作った


広さは約六十畳

内装も金に糸目は付けなかった


結果

その空間は

銀座通りに軒を並べる

世界的な一流メゾンブランドの

ショールームに比肩する程の

豪華な空間に変貌した


男はその部屋に

貧乏な時から大好きで堪らなかった

靴を大量に買い集めて

メゾンブランドのショールームのような

華やかさで飾った


靴は男の唯一の趣味で

生きがいのようなものであった


男が集めた靴の数は約千足

ナイキのレアもののスニーーカーから

ベルルッティのオーダーメイドのドレスシューズまで

あらゆる種類の靴を買い集めた


彼のお気に入りの時間は

その膨大なコレクションの数の靴を眺めながら

ケンゾーエステートのりんどうを飲んだり

読書をしたりすること


もちろん靴なので毎日色々履いては出歩いたが

靴のために特注で庭に作らせた

屋根つきの赤いベルベットのマットの上しか

歩かなかった


とにかく彼は

大好きな靴と共に

人生の時間を共有出来るだけで毎日が

幸せであった


お金が有ればそれ以外にも

食生活も変わる

彼は今まで食べたくても食べられなかった

高価な食事を毎日堪能した


そんな生活は

痛風という病を引き起こし

彼の唯一の趣味である靴を

堪能出来なくする危機を与えたので

以降多少節制するようになり

いつまでも靴を履いてベルベットの上を歩く

という趣味を楽しめるように最小限の努力はした


だが

二十代後半にして働く必要もなくなり

毎日読書をしたり贅沢なワインを飲んだり

靴のためにほんの少し歩く

という怠惰な生活のため

彼は急激に太った


結果

好きな靴の約半数が履けなくなるという

彼にとっては人生の一大事に匹敵

する事態が発生してしまったので

結果にコミットするというコマーシャルで

有名な減量専門のジムに通い

必死の思いで元の体型に戻り

何とかまた全ての靴が履ける状態まで

回復したのであった


靴が履けなくなる試練を二度乗り越えた彼に

三度目の試練も訪れた


数年に渡る怠惰な生活は

彼の血管やリンパ管にもダメージを与えていた


そしてついに最悪の事態が発生する

糖尿病の合併症で足を切断しなければ

ならなくなったのだ

それを回避するには命を捨てる他

選択肢は無かった


一か月以上も悩みに悩み

彼は足を切断する事を決めた

それは右足一本だけと

医師から説明を受けたからである


手術は無事に終わり

今後の生活を義足で過ごすか

車イス生活にするか選択を迫られた


彼は迷わず車イス生活を選んだ


義足の方が

好きな靴を履いて散歩も楽しめるのに

と彼の周囲の誰もが訝ったが


義足で片足の靴の感覚が

分からで散歩するよりも


車イス生活でも

好きな靴を左足だけでも素足で

履いて楽しめる


そちらの方が彼の好みであった

のである


そう

彼は歩く道具として靴が好きだった

訳ではなく


靴に足が包み込まれる

その感触自体が好きな趣向の持ち主

であったのである


歩くための靴ではなく

包む込まれる感触を味わうための靴


周囲の友人・知人は

その説明に

分かるような分からないような

何とも心地が定まらない感覚を覚えた


でも

なるほど

確かにそれだったら

車イスで左足だけでも好きな事は

楽しめるか


いや

むしろ車イス生活で

立って歩く必要が無くなったから

家の中でもスリッパに履き替えずに

一日中好きな靴をずっと左足に

履いておけるようになったのか


友人達はやっと心の底から

彼の人生は不幸ではないのだと実感し

安堵の一息を着いた

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