異世界の始まり

「ファ!?」

「ファ!?」


 俺は飲み屋のトイレの個室にいたよね!?


 え!? は!?


 おしっこして! 先の湯切りをして! 個室の扉を華麗に開け外に出た!!


 そして


「なんなのよここ……」


 ここは明らかにさっきまでいた飲み屋の小汚いトイレじゃない!


 待て待て待て待て。慌てるな。

 トイレ、そう。 トイレ。


 立ちながらションする男性用小便器。 トイレによっては


『 もう一歩前へ! 』


 という注意書きがある。それを見たら



 もう一歩前でろや!!

 床にションが散りすぎだわ!!

 てかもうさ? 床狙ってんのか!? ってくらいに飛び散ってることあるけどなんで!?

 ちゃんと狙って!? 銃口どこ向けてんだ!! 狙撃や狙撃!!


 左手を添えろや!!

 そっと添えろや!!


 どういう教育受けてきたんや!!


 床を踏み鳴らし叫びたいが、騒いじゃいけないような気がして我慢する。


 それにしても突然の状況のせいか、頭が真っ白になり思考することを拒否してくる。


 おしっこと便器のことしか考えられない、考えたくない。

 落ち着こう、落ち着こう俺。

 現実逃避はここまでだ。


 深呼吸を繰り返し、しばらくするとだんだん落ち着いてきた。


「……ふぅ。」


 一人仕事を終えた後のように精神を落ち着ける。


 改めて周りを見て見ると…… 広さは十畳くらいだろうか?

 小さな木造小屋の中に俺はいた。


 小屋には古びた簡素なベッドと壊れそうな木製の椅子、中央に焚火のあとのような残骸があるが、だいぶ古いようだ。

 カーテンもない窓からは外の光が差し込み、今が昼だということがわかる。

 部屋には薄くほこりも積もっており、最近誰かが利用したような様子はない。

 俺が出てきた扉の他に、外に出るであろう扉、さらにもう1つ扉がある。


 俺が出てきた扉を開けてみたが、さっきのトイレはなく、ただ深い穴が開いている簡易的な便所のようになっていた。


 とりあえず外に出て様子を見て見ようか。


 俺は扉におそるおそる手をかけて押し開いた。



「うっ」


 強い日差しが眼に飛び込んできて痛い。

 眼が慣れてくると周りの景色がわかる。

 ここは森の中だろうか、小屋の周りは開けているが、あたりには森林が広がっている。


 年末の日本にいたのに、寒くない。

 むしろ暖かい、初夏のような暖かさだ。


 日本じゃないのかな……。そんな考えが頭をよぎるが無視する。


 とりあえずこの小屋から離れすぎないように少しだけ歩いてみる。

 静かな森は虫の声や、時たま聞こえてくる鳥のさえずりくらいしか聞こえてこない。


 しばらく歩いていると森の奥のほうに


「…… !? 」


 狼!?


 山羊のような角を頭から生やした大型犬くらいの大きさがある狼が寝そべっていた。


 あんな狼いるか!?


 無理無理無理無理!!


 ここはだめだ、引き返そう! 

 一目で背中に悪寒が走り足が竦む。


 なるべく音を立てないように、息も殺しながら俺は小屋までの道を引き返す。


「……はぁ~」


 小屋が見えてくるととたんに安心してくる。

 もうなにやらここがホームタウンって感じだ。


 もう俺はここで生きていこう。

 外にでるなんてバカですわ。

 あの狼ちゃんに喰われる未来しかない。


 引きニート生活がこれから始まる。


 とりあえず小屋でうんこでもして考えよう。



「……ん?」 


 小屋に誰か……いる?


 そんなわけないか? さっき出たばかりだ。

 むしろ誰かいるなら話を聞きたい。


 俺は扉を開けて中に入ると


「ギャーーー!! 」


 悲鳴と共に頭に激しい衝撃を受け痛みにうずくまる!


「あ゛あ゛あ゛!!」


 なにかで思いっきり頭を殴られた!?

 あまりの痛さに情けない悲鳴しかでない。


 なんで!? 誰にやられた!? どうする!? どうしたら!? とにかく



 謝ろう!!



「ごめんなさい!! ごめんなさい!! なんでもします!! 」


「せ、先輩!? 」


 俺の頭をぶん殴り、抵抗する力を奪ってから凌辱しようとした犯人は見慣れた後輩、【小春よつば】だった。


「よつば!? 痛すぎる!! 優しくして!? 」


「優しく!? ごめんなさい!! 先輩だってわからなくて!! 」


「いきなり撲殺しようとするとか頭おかしい! なんなの!? 女の子の日なの!? 」


「は、はああ!? セクハラ委員会に訴えますからね!? 」


 顔を真っ赤にしながら怒るよつばは、手に持った角材を振り上げる


「ごめんなさい!! なんでもしますから許してくださいお願いします! 」


 よつばの顔は険しいが、納得してくれたのかとりあえず角材はおろした。


「ところで、よつば。 なんでここにいるの? ってかここどこ? 」


「え、そんなの知らないですよ? 気づいたらここにいたんですから! 先輩も知らないんですか!? 」


「まったくわからない……」


 どうやらよつばもここのことは知らないらしい。


 さっきまでの怒りの表情はどこにいったのか、かなり不安そうな顔でこちらを見ている。

 こりゃまいったな…… 

 こんな小屋に二人きりとか、とりあえずベッドを整えるか?


「とりあえず、状況を確認しようか」


「はい……」


「さっき外に出てみたんだけど、なんか森の中だった。しかもなんか角生えた狼がいたからすぐに引き返してきたら頭に衝撃を受けた」


「森なんですか? 狼? 」


 俺を撲殺しようとしたことは無視らしい。


「うん。 森すぎてる。 狼は少し離れたところにいたけど、あまり遠くないからちょっと怖いな。 今何持ってる? 携帯ある? 」


よつばは なにそれ名案! ってな顔で元気よく自分のジャケットのポケットに手を突っ込んだ


「スマホは……お店に置いてきたバッグの中です」


「携帯電話なんだから携帯しないとだめだろ! 」


「聞いてくるってことは先輩もないんでしょ!? 」


 よつばは角材を振り上げて


「わかったから!! ごめんなさい!! なんか使えるものがないか、持ち物確認してみて? 角材はポイしなさいポイ!! 」


 よつばは不審がるように俺を睨みつけるもとりあえず角材は降ろし、自分の持ち物を確認し始めた。


 俺も自分の今の状況を確認してみると、黒のスーツ姿に革靴、シルバーのネクタイは少し緩めている。

 革靴は防水仕様で雪道にも強いゴム底の革靴だ。

 雨の日に硬いフロアを歩くと 『キュッキュッキュ』 と靴底が鳴る。


 カツ カツ カツ カツ…… なんて靴音を軽快に響かせて同僚が歩く中、俺だけ


 キュ♡ キュ♡ キュ♡ キュ♡ だ。


 幼児向けのかわいいキャラクターの足音のようなキュートさを靴底から響かせながら歩く俺。


 死にたい。


 雨の日はお仕事お休みにしてください死んでしまいます。


 持ち物を取り出してみると、


 ハンカチ ティッシュ 俺の苗字・花岡のハンコ ボールペン 


 たったこれだけだ。


「俺は、これだけ。」


 取り出した持ち物を小汚いテーブルに広げよつばに見せる。


「碌なもの持ってませんね……」


 お前は碌なもん持ってるんかい! 避妊具ぐらいは持ってるんだろうな!?


 よつばの恰好を改めてみると、グレーのスーツ姿だ。

 ジャケットに膝ちょい上のタイトスカート、襟付きの白いシャツは第二ボタンまで開けておりほどほどな胸元が少しだけチラリズム。


 セミロングの茶髪は肩に届かないあたりでくるっとパーマがかかっている。

 よつば曰く 「ゆるふわ愛されパーマ♡」 らしい。

 こいつの頭の中は間違いなくお花畑だ。


 顔は犬顔って言うのか、かわいい系に属する美人だといえる。

 合コンにいたら当たり、今日のお酒はおいしく飲めるだろう。


「持ってるもの出してみて? 」


「はぁい。先輩よりいいもの持ってますよ? 」


 にやにやしながら一つづつテーブルに並べる


 ハンカチ ティッシュ リップ よつばの苗字・小春のハンコ……


 よつばはにやにやしながらこちらを見ている


「なんだよ。 まだあんだろ? からの?」


「からの? ありません!! 」


「ありません!! じゃねー!! ぜんぜん持ってないじゃん!! 碌なもの持ってないじゃん!! 」


「リップ! リップありますよリップ!! 乾いたら潤せますもん!! 」


 リップが一押しかよ!

 だめだ、これはだめな奴だ。持ち物はもういい。

 頭の中お花畑なよつばに期待しちゃだめだ。


「どういう状況でここにいたか教えて? 俺と一緒に飲んでたじゃん? 宮下さんから聞いた、衝撃的かつハイセンスな性癖の話聞いてたじゃん? 」


「はい」


「どんな話だっけ? 」


「おまわりさああああん!!! 」


「やめて!! でかい声やめて!! 狼ちゃんきちゃうから!!! 」


 慌ててよつばの口をふさぎ落ち着かせる。

 狼ちゃんが近くにいるって話しただろうが!!


「で?俺はトイレに行ったんだけど、よつばは何してたの? 」


「私も先輩が席を立ったからトイレにいきました」


「おしっこ? おしっこ出たの? うんこ? 」


 みつはは角材を持ち上げ会心の一撃を放つべく振り上げ


「待って!! 違うから!! 性的な意味じゃないから!! 」


「じゃあどういう意味ですか!! 」


「全部の状況整理しなきゃ!! これは必要な事だから!! 絶対大丈夫!! 怖くない!! 怖くないよ!! 」


 猜疑心全開の顔でこちらを睨んでいるよつば。


 こいつここに来てからこの顔しかしてないな……



 女の子の日か?



「俺はした!! おしっこしました!! おしっこして、湯切りしてから個室の扉開けたらここよ? そこにある左の扉から出てきたみたいだよ。 よつばは? 」


 胸熱。


 合法的に女性の排泄事情を聞き辱めることができるなんて、この為に俺はこんなわけのわからない場所にきたのではないだろうか。神のいたずらであるなら感謝せねばなるまい。

 相手がよつばだ、ってところは納得できないが。


 全身を震わせ顔を真っ赤にするほど恥ずかしがっているよつばを見ていると充実感がハンパない。

 ニヤニヤしてしまう。


「うんちなんてしません!! おしっこもしません!! ちょっと疲れたから座って休憩して、出てきたらその右側の扉の中でした!! バカアホ!! 」


「なるほど、状況はとりあえず同じだね。 となると…… 」


 もう一度座りションでもすれば元の場所に戻れるのか?

 よつばと同時に座りションするのが必要?


 とりあえずよつばの出てきた場所の確認が必要だ。


「とりあえずよつばが出てきた部屋に入ってみようか」


「中にはさらにもう1個扉があって、あたしはそこから出てきました。 出たら物音がしたので怖くてフリーズしていたら誰かが外に出る音が聞こえて。 それが先輩だったんですね」


「なるほど、そういうことか。確認してみよう」



 よつばが出てきた扉を開けてみると、俺がいた便所のような場所よりも広く、四畳程の部屋にもう一つ扉があった。

 ここは物置なのか、錆びたナタ、小さい木槌、数本の角材、縄、刃渡り20センチほどの両刃の短剣がある。

 よつばが出てきたという扉も開けてみたが、そこには残念なことに何もなかった。


「うーん。 この小屋を作った時のあまりかな? 道具はあるようだけど、とりあえず護身用に持っておこう。 よつば、何がいい? 」


「え!? どれも嫌ですよ、私この角材でいいです」


 よつばは今持っているバット程大きさの角材を気に入っているようだ。


「じゃあ俺はこの短剣と、同じように角材にしよう。 その角材の先尖らせておかない? 」


「そうですね…… 狼いるんですもんね……」


 今の状況を把握し始めたよつばは恐怖を感じているようだがかけられる言葉もない。 

 せめてできることを示して、少しでも気を紛らわしてやろう。


「まずは食料、飲み物の確保かな。 近くの街? 人が住んでいるところを探したいね」


「ここにいたら誰か来るんじゃないですか?」


「この埃みて、もうかなりの日数人が来てないでしょ。それまでに餓死しちゃわない? 」


「ですよね……」



 唯一幸運だったといえるのは飲み会の最中だったから腹が減ってない、ということだけだ。

 元気なうちに水だけでも確保しておきたい。

 森なら川とか沢くらいあるだろう。

 川があれば身体を洗うこともできる。

 ラッキースケベもあるということだ。

 よつばの乳は期待できるほどではないが、そこそこある。

 見れるものなら見ておこう。

 それがおっぱいに対する礼儀だ。


 外にでる準備のため、短剣を使い角材の先を尖らせる。

 よつばの乳と一緒だ。 無いよりマシ、かな……


「外に狼ちゃんがいたけど、このまま日が暮れていくのも怖い。少し見てこようと思うけどどうする?」


「私も一緒いきます!! 」


 よつばは気持ちを切り替えたのか、角材を持つ姿は凛々しくも見える。

 俺の頭にフルスイングはもうしないでね。


 俺は外へ出る扉を開けると


「グルルルルル………」


 そこには狼ちゃんがいた。

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