第4−3話 海賊たちの声〜フィナーレと緞帳がおりる〜

 結果、奇跡的にボータ島勢力の犠牲はゼロで済んで、マカタの輩はみんな追い払うことができた。王とキャプテンの会談もあった。

「本当に感謝する。私は海賊は野蛮だという偏見を勝手に持っていたが、それは間違いだったのかもしれない」

「いや、悪い海賊もいますよ。むしろそのほうが多い。俺たちが偶然こういうのんきな奴の集まりだっただけです。人は、皆偏見を持たずに生きてなんかいませんよ。俺だって、王様がこんなに気さくだなんて、ましてや姫様がこんなに活発だったとは知らなかったですし」

 そういって、脇に控えていたアリスのことを見ると、彼女は照れ臭そうにそっぽを向いた。

「その偏見を直すことはできない。でも、偏見なんていくらでも作れる。『この人はこうだ、だからいや』じゃなくて、『この人はこうだ、でもこんなところもある』にするのです。そうやって生きていけば、苦労も多少減るでしょう」 

「君は海賊なのに、しっかりしているな。今こんなことを聞くのはおかしいかもしれないが、どうして海賊を続けるのだ? 君のような人は、もっと上に立つべきだ」

 キャプテンは、不敵な笑みを浮かべて、こういった。

「俺は自由を好む海賊だ。だからこそ、自分の自由のために生きる。それだけです」


 その後は、島内の住民全員参加のパーティーが開かれ、キャプテンたちも招待された。とても楽しいものだったが、たまにふざける輩もいたので、キャプテンは初めて大人になった日のお酒を泣く泣く我慢し、注意にあたった。   

 場内が熱気に包まれ、涼みに外に出ると、あの助けた少女がベンチに座っていた。

「どうだ、足の調子は」

「あ、どうも。おかげさまで軽傷で済んだんです」

「そうか、ならよかった」

「あの、実は私、大したけがをしてなかったんです」

「えっ、あの瓦礫の中にいたのに?」

「もちろん、痛かったんですけど、歩けないほどではなかったんです。むしろ、恐怖心が勝ってしまって、怖くて足がすくんで……」

 少女は嗚咽を漏らしながらそう言った。


     ***


 啄木は、これは楓の恐怖心が少女のそれとシンクロして出た、本気の涙なのだと分かった。本当は泣くふりだけのはずだったので、楓はもちろん、練習中は泣き真似をしていた。もしかしたら、楓は俺が転校することに対する恐怖心を、無理やり心の奥底にしまい込んでいたのではないか。強がっていたのではないか、と思うと、俺はやるべきことが分かった。


     ***


 キャプテンたくぼくはそっと、少女かえでの肩を抱いた。

「大丈夫だ、君はこうして生きている。俺は、こうして君のそばにいる。だから、もう怖がらないで」

『完全アドリブ』と台本に書かれた、一切練習しなかったところのセリフが体の中から滑り出てきた。

「でも、あなたはもう次の街に行くんでしょう? もし、またあいつらがやってきたら、私たちはっ…」

「大丈夫だ、もう決めたんだ。俺たちは、ここを拠点として、航海を続ける。だから、何かあったらまた俺たちが助ける。もう大丈夫だ」

「わかった。ありがとう。あなた、名前はなんて言うの?」

「俺はキャプテン・マイナー。俺の父さんが、海の男のように、海賊のように、強く、自由に生きろという由来でつけられたんだ。俺の父さんは、俺がまだ幼いころに病気で亡くなった。この海はとても広いんだ。その海に駆り出して、ただひたすら追われて宝物を探し続けた日々。そんな中でも自由を貫く。大概の男って、こんなもんさ。単純で、ただひたすら馬鹿で」

「キャプテンは、そういう人じゃないの?」

「いや、俺も馬鹿だ」

 アリスはあまりにも速い返答に驚いた。さっきまでの冷静な言動と清閑な佇まいを見て、てっきりそういうものが嫌いな人だと思っていたのだ。

「でも、それがかっこいいじゃん。馬鹿で回りが見えていないってことは、それほど一つのことに熱中できるってことだと、俺は思うけどな」

「そう、ですか……」

 アリスは、自分が普段から大人ぶってふるまっているのが少しもったいなく感じてしまった。大人にならないと手に入らない権利も力もある。地位もある。でも、それを使ってもっと子供みたいに自由に、国の仕事の傍ら、趣味に没頭するのも悪くはないのかもしれない。そう、馬鹿になって。

「嬢ちゃんの名前は?」

「あ、私、サリバスって言います」

「そうか、いい名前だ」

 二人はその後、パーティーに戻り、各々楽しんだ。


 出航の日は、島民総出で見送りに来てくれた。

「ねー、おにーちゃん!」

「ん? なんだい、嬢ちゃん」

「わたし、かいぞくになりたい!かいぞくになってみんなをまもりたい!」

「あああっ、ごめんなさい、キャプテン。私の妹が迷惑かけて」

「そうか、君はサリバスの妹か、二人そろって、将来はいいお嫁さんになりそうだな」

「えっ、もう! からかわないでよ!」

「ははっ、すまん、すまん。もうそろそろ行くな。また帰ってくるから。土産、楽しみにしておけよー!」

「やったー!」

「さあ、お前たち、帆を掲げろ! 出航だ!」

「ハイサー! キャプテン!」


 その日から、もう今日で三年がたつのか、すまんな、お土産、渡せなかったな。人には、別れはつきもの、それが早いか遅いかだけ。

 目の前には、海が怪物となって襲い掛かってこようとしている。海賊は自由だが、海はもっと自由だ。自由というよりかは、気まぐれという言葉のほうが適切だろうか。

 そんなことを、キャプテンは考えていた。

 もう、孤独になってしまった。記憶の中でしか、仲間とも、島のみんなとも、会えなくなってしまった。立派に成長したところ、ハリー達に見せたかったな。

 なんだ、結局悔いしか残ってないじゃないか。キャプテンは誰もいない甲板で高らかに笑った。その笑い声は嵐によってかき消された。

 ありがとう。この後、俺を生かすか生かさないかは、海の気まぐれだ。遥か彼方まで、広がる海。たくさんの冒険をした海。

 その海と、いよいよ本当のご対面だ。

 探し続けても、見つからない答え、お前が持っているんだろ?


 嵐が、船を飲み込んでいく。

 後には、雄大な海が残っていた。

 島では、涙が川のように流れた。

 が、それはすぐに花畑へと変わった。

 笑顔の、花畑に。


     ***


 エンドロールで最後のBGMをバックに、キャストが続々と舞台上に登ってくる。驚く観客たちを見て、みんなは全力で手を振った。

 曲の最後のフィナーレで、みんなで手をつないで高々に挙げて、おろして礼をした。

 緞帳が、静かにおりた。

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