CHAPTER 20


 ――時は少しばかり遡り。2121年、10月。

 中東地域を拠点として活動する傭兵の前に、ある1人の老紳士が訪れていた。


 寂れた廃墟には不似合いな、漆黒のスーツに袖を通した長身の老人。彼はその当時、自分と同じように瓦礫に腰掛けている傭兵に、ある「取引」を持ち掛けていた。


「断る。今ここを離れれば、子供達が飢えて死ぬ。あるいは……人を喰らう羽目になる」

「かつての君のように、かね? CAPTAIN-BREAD――いや、叢鮫颯人むらさめはやと君」

「……」

「曲がりなりにも、私はありとあらゆる『兵器』の情報を握っている国連の人間でね。便宜上、兵器扱いとされている君のことも、よぉく調べさせてもらっているんだよ。……無辜の命を救うため、あのロイドハイザー将軍にまで挑んだという、勇敢にして精強な戦士の存在も……ね」


 遥か遠くの荒野から、銃声や爆音が轟く中で。かつて酒場だった廃墟で顔を突き合わす彼らは、瓦礫の隙間から流れ込む砂塵を足元に浴びながらも、対話を続けていた。

 老紳士の両脇に控える護衛の男達も、「交渉相手」である傭兵に剣呑な視線を送ってはいるが――傭兵が持つ隙のない気迫に、全く動けずにいる。そんな護衛達の様子を一瞥し、老紳士は柔らかな笑みを浮かべていた。


「……時代はAIにより活動する機甲電人オートボーグへと移りつつあるが、まだまだ完全に人間に成り代われるほどの技術ではない。しかも機甲電人は非常にコストが高く、『兵隊』として量産するには少々キツい。アメリカ軍は財力にモノを言わせ、毎年多くの機甲電人を生産しているが……国連軍としては、より安価で信頼性の高い戦闘改人コンバットボーグを『兵力』として推したいのだ」

「それで俺を、『22世紀の戦闘改人』のモデルにしたい……と」

「その通り。今の戦闘改人はその非人道的な構造ゆえに、忌まわしき過去の遺物扱いだ。しかし君はその戦闘改人でありながら、機甲電人さえ寄せ付けなかったロイドハイザーを討ち取ってみせた。……君の力があれば、機甲電人にも劣らぬ、より精強な戦闘改人を生み出すことができる」

「……」

「現在、北欧の片隅にある小国でクーデターが起きていてな。その主導者は国際犯罪組織『BLOODブラッド-SPECTERスペクター』との繋がりがあり、複数の機甲電人を所有しているという情報も入っている。君の力を計測し、データを取れる絶好の機会というわけだ」

「……『BLOOD-SPECTER』、か」

「そう。機甲電人を悪用し、世界中を食い物にしてきた秘密結社。そして君から全てを奪った、あの『20年前の旅客機事故』を仕組んでいた元凶。奴らの息がかかった『残党』が、そこにいるのだよ。……自分達を追う捜査機関を撹乱するためだけに、あれほどの惨劇を引き起こした奴らの、残りカスがね」


 身を乗り出し、まくし立てるように「交渉」を続ける老紳士だったが、傭兵の方は取り付く島もない。彼は冷たい表情を仮面に隠しながらも、腕を組み瓦礫に座したその姿勢から、「拒絶」の意を示し続けていた。

 

「……今さら復讐に走ったところで、得られるものなどたかが知れている。何度も言わせるな、俺は……」

「無論、分かっているとも。だから『交渉』しに来たのだよ、叢鮫君。君が東欧に行っている間、ここでの君の活動を国連が秘密裏に代行するという条件付きでな」

「なに……?」


 だが、老紳士が奥の手として切り出した条件を耳にした時。目を合わせる気もなかった傭兵が、初めて顔を上げる。その反応に、老紳士は確かな手ごたえを感じていた。


「君がこの先、約1ヶ月程度の活動でどれほどの命を救えるかはすでに計算済みだ。そして我々なら、容易くそれを代行することが出来るという結論に達している。子供達の飢えが心配だというのなら、我々が代わろうというのだよ」

「……それを信用しろ、というのか」

「無理にとは言わん。だが君は、必ずこの『取引』に乗るはずだ」

「なぜそう言い切れる」

「件のクーデターで国を追われた王女も……飢えて・・・いるのだ。まさに今、な」

「クーデター、だと?」

「つい1ヶ月ほど前……秋葉原に出現した『異世界』のポータルと、我々に友好的な交流を申し出てきた『セイクロスト帝国』のことは知っていよう。未知の異邦人とその文明、そして『魔法』なる超常の存在に全世界が注目し、騒然となっている」

「……」

「その時流に乗じて異世界人との接触を図り、ビジネスに繋げようと目論む有力者も多いのだよ。本件のようなクーデターを、秘密裏に起こしてでもな。……アメリカはもちろん、ロシアや中国といった先進国も、異世界の情報を巡り水面下で小競り合いを繰り返している。この状況で私利私欲に走る俗物共をのさばらせるのは、国連としても面白くはないのだ」

「……それで、割りを食わされた遠方の少女を助けに行け……と?」


 飢餓に苦しむ人々を救うためとあらば、どんな死線も潜り抜け、性能スペックの壁さえ乗り越えていく。そんな鉄血の傭兵ならば、必ず食い付く。それが、老紳士の狙いであった。


「……まさかCAPTAIN-BREADともあろうものが、ただ遠いというだけの理由で、飢えに喘ぐ女子おなごを見捨てたりはしまい? それにこちらも準備が整い次第、最新型の戦闘改人を擁する『ヒーローチーム』を差し向ける用意がある。君の援護を兼ねた、性能テストでな」

「……いいだろう。その安い挑発、敢えて乗ってやる。教えろ、その女はどこにいる」

「ポーランドとスロバキアの国境……タトラ山脈。それ以上の情報は不要であろう? 君の装置・・が本物ならな」


 人体が飢餓状態に陥った際に血糖グルコースの代替エネルギーとして使われる、ケトン体を感知する機能――「LOVEラブ&アンドCOURAGEカレッジ」。

 それを体内に搭載している彼ならば、その程度の情報でも事足りてしまう。そこまで調べ上げた上で、挑発を繰り返している彼らに対し――傭兵はついに、瓦礫から重い腰を上げるのだった。


「……上等だ」


 ◇


 ――そうして彼は1ヶ月後、東欧の戦いでエヴェリナ・ノヴァクスキーを救い。12月24日に彼女と別れてからも、世界中を転戦し続けていた。


 しかし戦闘改人とは本来、所属する軍の管理下で定期的にメンテナンスを受けなければ、その戦闘力を維持できない。故に彼の旅路も、長くは続かなかったのである。

 流浪の身であるために補給線を持たないまま、ただ飢えた人々に糧を届けるべく戦ってきた彼の身体に、限界が訪れたのは――2122年。エヴェリナと別れてから、僅か1年後のことであった。


 知る者も頼る者もおらず、たった独りで飢えに苦しむ人々を辿り、傭兵として戦地を渡り歩いてきた彼は――ついに砂漠に倒れ、死に瀕したのである。

 戦闘改人という「兵器」として多くの兵士を殺め、いつしか己の命まで軽んじるようになっていた彼は。早死に・・・を承知で、身を削るような闘争に身を投げ打っていたのだ。


 そして、亡き両親の元へと旅立たんとしていた彼は。叢鮫勇気むらさめゆうき大紋愛だいもんあいが待つ、天に導かれんとしていた彼は。


「やはり。噂通りの……いや、噂以上の死にたがりだね、君は。生きるために多くの命を喰らってきた自分が、そんなに許せないのかい」

「……お前は……」


 孤独な旅路の果てで。あの老紳士との、再会を果たしたのだった。

 地を這い虫の息となっている彼を、老紳士は不敵な笑みを浮かべて見下ろしている。


「……安全圏のアメリカから、遠路はるばる俺を笑いに来たのか」

「そうだな、実に可笑しい。……変な話だとは思わないか」

「何が言いたい」

「飢えに苦しむ子供達のために、などと謳い戦っている男は、その子供達が大人にならないうちから早々に野垂れ死のうとしている。君が消えてしまえば、残された子供達は結局アテを失うというのに」

「……」


 CAPTAIN-BREADというヒーローの存在意義と、実態の間に潜む矛盾。当人でさえ気づかなかった――否、気付かぬふりを貫いてきた、その歪さを。

 老紳士は、無慈悲なまでに追及していた。


「なぜそんな非効率で不可解な活動を続けているのか。私が代わりに言ってあげよう」

「……」

「子供達を救いたい、という君の言葉は真実ではない。いや、それも間違い・・・ではないが……全て・・ではないのだ」

「……やめろ」

「君はね、CAPTAIN-BREAD。他ならぬ君自身の破滅・・を望み続けていたんだよ。人を喰らい生きる道を否定するが故に、君は君自身を許せなくなっている。だからこそ、戦いにかこつけた破滅を願っている。それが、君の根本だ」

「違う……」

「飢えた子供達のため? 未来のため? そんな綺麗事は、君自身を粗末に扱うことへの言い訳に過ぎん。君は正しい行いを盾にして、ただ生きることから目を背けていただけだ」

「違う!」


 不変の正義を掲げるからこそ重くのしかかる、それを遂行する自分自身が重ねていた罪。その消せない過去に苛まれてきた彼は、心の奥底から吐き出すように否定する。


 ――そして。


「違うというのなら、生きて・・・戦ってみせろ。力無き人々のためだという、そのお題目に嘘がないのなら」


 そんな彼の胸倉を掴み、自分の目線まで引き上げた老紳士――エドワード・金城カネシロ・ヘンドリクスは。

 鋭さの奥に滲む優しげな眼差しで、彼を射抜くのだった。

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