CHAPTER 14


 MISTミスト-VECTORベクターは、体内から散布する毒ガスを利用した攻撃が得意であると聞いたことがある。

 それならば、ガスマスクを被っているDELTAデルタ-SEVENセブンなら、相手の持ち味を潰して優位に戦える――と、思っていたのだが。


『ビギッ、ビィィギィィッ!』

「ハァ、ハァッ……!」


 当のDELTA-SEVENは息も絶え絶えになりながら、穴だらけの鉄人を前に片膝を着いていた。

 つい先ほどまでは、流麗に地を蹴り鉄人の打撃をかわし、緋色のスライドを持つ特製拳銃ハンドガンを撃ち続けていたというのに――今の彼は、今にも力尽きてしまいそうなほどに憔悴している。


 よく見てみると――DELTA-SEVENの素顔を覆っていたガスマスクは、吸収缶の部分が何らかの化学兵器によって「溶解」していた。あれでは、マスクの効果を発揮できない。


「……なるほど、な。貴様は神経毒のガスだけでなく、強酸のガスまで散布出来るのか。マスクで凌がれるなら、まずはそれを溶かしてしまえばいい……と。ふん、随分と姑息な機能を付けてくれたものだ」

『ビギィィイッ!』

「ぐうッ……!」


 それでも気丈に睨み上げているDELTA-SEVENの首を、MIST-VECTORが両腕で掴み上げ――筋肉質でありつつも、他と比べれば細身な彼の身体が、ふわりと浮き上がってしまう。

 彼も戦闘改人としては破格の戦闘力を持っているようだが、やはり機甲電人とは基礎スペックの差があまりにも大き過ぎる。このままでは身動きが取れないまま、首をへし折られてしまうのも時間の問題だ。


「……俺の拳銃スカーレットデルタも、ナイフも通じん装甲。そして、ガスマスクによる防護も貫通する化学兵器のバリエーション。確かに貴様は強力な兵器と言える」

『ビィィイィ、ギィィィイ!』

「だが、所詮は詰めの甘いAIで動く絡繰り人形。……ガスの効果が薄い屋外に来てしまったばかりに、半端な毒しか出せなかったようだな! 俺の身体はまだ、動くぞッ!」


 しかし。DELTA-SEVENも、全ての動きを奪われたわけではなかったのである。彼は首を掴まれたまま、M1911A1コルト・ガバメントをベースとする特製拳銃の先を――MIST-VECTORに向け、引き金を引いた。

 その直後。鉄人の体内からガスとは違う黒煙が噴き上がり、のたうちまわる彼の者は、DELTA-SEVENから手を離してしまう。地を転がり、身を起こした彼の前には――顔を手で覆い、膝を突くMIST-VECTORの姿があった。


『ビギィィ!? ビィィギィィッ!』

「……どうだ、内側から身体を破壊される気分は。貴様がこれまで殺してきた者達の、痛みと苦しみ……篤と思い知れ!」


 そこで私は、ようやく理解する。彼は至近距離まで接近していたことを利用して、MIST-VECTORのガス噴射口に銃弾を撃ち込み、跳弾を利用して体内へと攻撃していたのだ。


 まさにMIST-VECTORのお株を奪う、内部からの破壊。だが、鉄人はもがき苦しみながらも――再び両腕を振り上げ、DELTA-SEVENに襲い掛かろうとしていた。


『ビィィイーッ! ギィィイーッ!』

「――SHOWショウ-DOWNダウンッ!」


 そんな往生際の悪い鉄人に、引導を渡すべく。マスクの側頭部にあるスイッチを押したDELTA-SEVENは、緑色に輝く右眼をさらに激しく発光させると――肉体のリミッターが外れたかの如き、凄まじい拳打をMIST-VECTORの顔面に叩き込んだ。


『ビッ……ギィッ……』

「言ったはずだ。……ここが貴様の、死に場所だとな」


 漆黒の義手に内蔵された炸裂チップが、激しく火を噴き苛烈な衝撃を齎し、MIST-VECTORを今度こそ完全に停止させてしまう。


 どうやら「SHOW-DOWN」という文言は、彼の戦闘力を最大限まで引き出す音声暗号パスコードだったらしい。その分、負荷も重かったのか――完全に頭部を潰された鉄人と同時に、彼も倒れてしまった。


「DELTA-SEVEN! 無茶をしすぎるな、修復剤には限りがあるんだ!」

「……BERNARDか。文句なら……無茶をせねば勝てんような兵士を選んだ、ヘンドリクスに言うんだな」


 そこへ、HEAT-RAIDERとの決着を果たしたBERNARDが駆け付けてくる。背部に装着していた修復剤入りのタンクを降ろし、腰周りの救急パックを取り出した彼は、応急手当てを始めていた。


「……」

「……どうした。そんなに情けないツラが見えたか」

「いいや。……力無き人々のために戦う、立派な兵士の貌が見える」

「……そうか」


 その過程で故障したガスマスクを取り、DELTA-SEVENの素顔を見たBERNARDは――労わるように、傷だらけの義手を握り締めていた。

 私からは見えないが――きっと、そうしてあげたくなるような、優しい貌だったのかも知れない。

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