CHAPTER 2


機甲電人オートボーグ六戦鬼ろくせんき……?」


 ――ニューヨーク市、国際連合本部ビル。そこから真冬の夜景を一望できる部屋に招かれた火弾竜吾ひびきりゅうごは、大都会を彩るイルミネーションを眺めながら、そう呟いていた。

 その視線の彼方には、目前に迫るクリスマスに沸き立つ、ニューヨークの人々の姿が窺える。


「そう。半年ほど前、君が新宿で壊滅させた国際犯罪組織『BLOODブラッド-SPECTERスペクター』。かつてその連中が保有していた、最恐最悪の殺人兵団だよ」

「それくらい知ってるよ。ていうか、ちょっとでも奴らについて調べたことのある奴が、ソレを知らねぇわけがねえだろ」


 黒のレザージャケットを羽織り、煙草を噴かしている竜吾と共に、その雪景色を見守る白髪の老紳士――エドワード・金城カネシロ・ヘンドリクス准将は。深く頷きながら遠い眼差しで、空の彼方を見つめていた。


「……機甲電人は1機だけで、21世紀の戦車小隊にも匹敵する戦力を誇る、この時代における主力白兵戦兵器だが……その余りに高過ぎる戦闘力のせいで、当初は随行する兵士や警官が巻き添えを食う事故が多発していた。そこで、全ての機甲電人にはターゲットだけを確実に狙い、無用な被害を出さぬための『手加減』をプログラムするよう義務付けられるようになった」

「だが、機甲電人を入手したBLOOD-SPECTERは、そのリミッターを外す技術を開発して……無慈悲な殺戮兵器に逆行させていた」

「その通り。君が以前戦った、ABG-06もその一つ。機甲電人は正しく扱えば頼もしい平和の番人だが、一度悪の手に落ちればその力は、守るべき人間に向けられてしまう。……通常は頭脳部ブレインが損傷すれば、あれほどの狂乱状態になる前に強制停止するものだからな」

「……で。その話が今更なんだってんだ? BLOOD-SPECTERは壊滅して、六戦鬼と呼ばれていた6機のモンスターマシンも国連が回収したんだろう?」

「あぁ、回収したとも。一度はな」

「なに……?」


 その発言に眉を潜める竜吾に対し、逞しい顎髭を撫でる国連軍の将官は、神妙な面持ちで言葉を紡いでいく。

 老齢とは裏腹に鍛え抜かれた、身長179cmにも及ぶ逞しい肉体を、漆黒のスーツに隠した彼は――歴戦の軍人としての一面を、静かに覗かせていた。


「それから間もなく、奴らの残党による襲撃事件があってな。……奪われたのだよ、6機全てが」

「……!」

「政府は混乱を回避するために報道を規制し、秘密裏にその行方を追い――つい最近になって、ようやく残党を捕らえる事に成功してな。奴らが手放していた六戦鬼の行方も、明らかになった」

「なんだって……?」

「ポーランドとスロバキアの国境付近に位置する、東欧の小国。タトラ山脈のど真ん中で暮らす、秘境の如き国家だ。そこでクーデターを起こし、実権を掌握している大臣が、6機全てを管理しているという情報が入った」

「そんな辺鄙なところに六戦鬼が? しかもクーデターって……」

「……これだよ」


 老紳士はそこで一度言葉を切ると、室内に設けられた大型テレビに視線を移す。そこでは、地球人類の前に突如現れた「異世界人」に纏わるニュースが毎日のように取り上げられていた。


『――それでは、次のニュースです。セイクロスト帝国第2皇帝、テルスレイド・セイクロスト陛下が来週、我が合衆国への7度目の訪問に――』


 かつては結城輝矢ゆうきてるやという日本人としても暮らしていた、セイクロスト帝国第2皇帝――テルスレイド・セイクロスト。国境となる「ポータル」を繋いでいる日本を含む、全地球国家との友好を望む彼の名は世界中に知れ渡り、今や誰もがその一挙手一投足に注目する人物となっている。

 そんな大人物とかつて、肩を並べて異世界で戦っていた経験を持つ竜吾は――戦友を取り巻くこの世界の「負」を知るが故に、苦い表情を浮かべ、画面に映る第2皇帝の煌びやかな姿を見つめていた。


「今は、全世界が浮き足立っている。異世界、魔法……何もかもが我々の理解を超えている、異文明の出現にな。その混沌に乗じて技術や兵器を異世界に売り込み、富を築かんとする勢力も少なくない。イリーガルな手段に出てでも、な」

「……」

「そして、そのような連中の横暴を阻止することが、我々国連軍の急務となっている。ただでさえ異世界の情報を巡り、アメリカや中国、ロシア等が凌ぎを削っている状況なのだ。争いの芽になり得る因子は、早急に摘み取らねばならん」

「……ははん、それで俺に六戦鬼を潰せって依頼をしたいと? 生憎だったな。相棒ロブなら日本で留守番中だし、俺達はもう……」

「君が民間人でありながらROBOLGERロボルガー-Xクロスとして活動出来ていたのは、データ提供を条件に警視庁から黙認されていたからだろう。そして、警視庁が制式半機甲電人ハーフ・オートボーグを開発し得るデータを揃えた今、君はお払い箱となった。ヒーローではなくなった今の君に、六戦鬼を倒す術はない」

「おいおい……そこまで分かっていて、なぜ俺を呼び出しやがった? 旅費から何まで国連あんたらが負担するっていうから、仕方なく来てやったが……指を咥えて見てろって言うためだけってんなら、流石の俺もおかんむりだぜ」


 訝しげな視線を向けて来る彼に対し、ヘンドリクスはゆっくりと重い腰を上げ――エレベーターがある廊下を目指して歩み出して行く。


「人間と機械が手を取り合い、共に正義を守るべく戦う半機甲電人。大紋だいもん博士が残したその理念を継ぎ、実現まで漕ぎ着けた君の功績は計り知れない。……そんな君には、知る権利があると思ってな」

「知るって……何をさ」

「君の『後釜』、だよ。……付いてきたまえ」


 その後に続く竜吾の方へと振り返り、微笑むヘンドリクスの表情には――自身の色が満ち溢れていた。


 ◇


「ところで。せっかくのクリスマスシーズンだというのに、予定は大丈夫なのかね?」

「大丈夫じゃねーから、あんたの呼び出しにかこつけてここまで逃げて来てんだろうが。イブの夜に日本になんか居てみろ、紗香さやかの奴に年明けまで襲われる。自宅の風呂場で待ち伏せされる恐怖があんたにわかるか?」

「……すまない。苦労、しているのだな」


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