第14話「私の名は」

 いつからだろうか。

 彼らがその日常に疑問を抱くことはなくなったし、疑問を抱く必要もなかった。


「アンリ、たそがれてどうしたんだい?」

「フィリップか……。いやな、故郷の夕日に思いを馳せたそがれていたというよりは、ケイトに言われたことが引っかかっているんだ」

「そういえばあの子、そろそろ帰ってくるんだったねぇ」

「……ん?ㅤなんだ、会っていなかったのか」

「えっ?」


 廃病院の影、少女は静かに佇む。

 やがて、呑気に語らう声に背を向け、走り出した。


「……あたし……ずっと、ずっと友達になりたかったんだよ。100年前から、ずっとね」


 まだ、ここには足りないピースがある。

 誰も必要としなくとも、本人が忘れていようとも関係ない。


 衝動のまま、少女は走り続ける。



 ***



「おかえり……って……?」


 呆然と呟いた。

 事態がまったく飲み込めない。どういうことなの?

 まさか私も、自分が知らないだけでリビングデッドだったってこと……!?


『このカタコンベの上には、異人館がある。明治に建てられ、スペイン人の一家が移り住んだ家だよ。……その一家の一人娘だったのが君……正確には君の前世、アリシアだ』

「ぜ、前世……?」

『そう。僕は、この地一帯をずっと見守ってるからね。……だから、おかえりって言ったんだ』


 つまり、前世の私はカタコンベに遊びに来てたってこと……?

 確かに、明治……ってことは、ティートさんアマンダさんの1940年代組はここには来てない。

 ……で、でも、私はフィリップさんや霧島さんにも会った覚えがなくて……。


『……そうだね。君は、カタコンベには入らなかったよ』


 言いたいことを察したのか、権之助さんは静かに答えた。


「えっ?」

『ここで活動しているリビングデッド達は、偶然蘇った者と、蘇らされた者がいる。……で、保存と観察のためにここに集められていった。外の気候だと、腐ったりカビたり大変だからね』


 そっか、ひんやりしてて涼しいのは、肉体を腐らせないためなんだ。……って、感心してる場合じゃない。

 ……権之助さんの言葉で、ぼんやりと、あるはずのない記憶が浮かんでくる。

 断頭台に散ったあなたは、私の…………


『その中でアンリくんは、ミラージェス家に蘇らされたリビングデッドだ』

「……ッ、彼が……?」


 記憶が形を取り戻していく。

 エリュアール家は、スペイン貴族であるミラージェス家と手を結ぶことで、傾いた家の復興を目指した。

 ……けれど、アンリくんは首を落とされた。まだ顔すら知らない、手紙だけのやり取りのまま、遠くに逝ってしまった。


「……アンリくんが……アリシアの……私の、婚約者だったから……?」

『まあ、ミラージェス家はエリュアール家の遺産が欲しかったわけなんだけど……。それで、友人だったフィリップくんも蘇らせたわけだしね』


 友達がいると、手紙では聞いたことがあった。

 ……ついぞ、手紙の彼しか知らなかった。


「……それが成功したのは、いつ?」

『1941年。……アリシアが、とっくに天寿を全うしてからのことだった』


 アリシアわたしは、アンリくんの顔すら知らなかった。

 ……会える日が楽しみだと言いながら、彼は、手の届かないところに行ってしまった。


 嘘つき。


 実感と結びつかないまま、はらはらと涙が溢れ出す。

 私の、私じゃない記憶。

 ……遠い昔の、幼い思い出。


『まあ、これ別にシリアスな作品じゃないし、普通に告白したらイケそうだけどね』

「すみません、もうちょっとシリアスムードに浸らせて欲しかったです!!」


 そうだね!ㅤこれ、コメディ作品だったね!!

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