第2話 脱出と、緑色の小人(改稿済)
「母さんが何処かに消えてしまった日から、今日でちょうど1年だ。すまない****! 私には、まだ7か月しか思い出の無いお前を優先することはどうしてもできなかった……。せめてもの償いに、お前を昔の知り合いが経営する孤児院に預けようと思う。願わくばお前が、我らの定めから解放され平和に生きることを……」
目が覚めた。
しかし期待していた光は無かった。
視界に映るのは、相変わらず夜光石の燐光のみ。
それにしても、さっきのは一体何だったのだろうか。
誰かが誰かに話しかけている場面だったが……。
しかし、とんだ偶然もあったもんだ。
何せ、この妻が行方不明になっているらしい男に話しかけられている誰かの境遇は、ほぼ俺と同じなのだから。
定めとやらは良く分からないが、俺と同じでまだ自我も生まれない内に孤児院に預けられている。だが少し羨ましくも思う。
先生曰く、俺は孤児院の前に捨てられていたらしいからな。
捨てられたという事実は変わらないとしても、そこに親の愛があったってだけでも気持ち的に大分変わる。
まぁ結局、親の事なんざ知らないから当人からすればどうでもいいんだろうが。
実際、今俺の両親がこの場に現れてあの時は訳があっただけで俺達はお前を愛していたんだ。
なんて言ってきたとしても「あ、そうすか。それじゃ」で終わると思うし。
だって今更言われたって、他人としか思えない。
そう言えば、眠ることで疲れが癒え心に余裕が出来たのか、一つ気付いたことがある。
水脈と鉱脈があり、日光が届かないということは、ここは洞窟なのではないか?
それも大きい洞窟の深部。
何故そんな推測を立てたのか? ……今俺が着ている服は、袴という俺の故郷独自の東方服と呼ばれるものなのだが。
この服の特徴は、夏は涼しいが冬は寒いという点だ。
勿論、裁定祭中は夏だった為涼しかった。
わざわざ寒い服装で大会に出る筈が無いのだ。気候に適した服装をしていないと、最高のパフォーマンスは出来ない。それを理解した上で袴を着ていた。
なのに、なのにである。何故ここに来て以来凄く寒いのかッ!?
そう考えて、ふと思い出したのだ。
これも夜光石のコトを教えてくれた鍛冶屋のおっちゃんに聞いた話なのだが、洞窟など地中というのは日光の影響を受けない為、気温が年中ほぼ一定に保たれているのだとか。だから夏は涼しく冬は暖かいなんていう現象が起こる。
それを聞いた俺は、手をポンと打ったね。
あ、なるほど。だからか! って。
そして原理は分からんが、あの黒い穴は転移門だ。
よって俺は、洞窟の深部に転移してしまったのではないか? と推測したのだ。
次に、何故大きい洞窟だと言えるのか? 時計などない為、体感的な話(山に籠って修行したりする時もあるから、体内時計は割と正確だという自負はある)になってしまうが、俺が転移後初めて目覚めた場所からここに来るまで、最低でも三十分はかかった。
周囲を警戒しつつ一歩一歩足元を確認しての移動だった為、普段に比べると大分遅いが、普通に歩いていたとしても恐らく5分か6分はかかったと思う。
そんなコトを考えていると、
ピシャッ!
突如何かが水面から跳ねる音が聞こえた。
一体なんだ。またあの謎生命体と似たような奴か? 周囲を警戒しつつ、音の正体を確かめる為俺は草履と足袋を脱ぎ夜光石の近くに置いた。
当然だ、水中に足を突っ込むのだから。
適当に放り出して失くしてしまっては敵わんのだ。
袴の裾をあげて、すぐに
俺の中では小さな池程度のイメージだったのだが、どうやら違ったらしい。
足に思った通りの感触が無いな……と思った瞬間には俺の身体はバランスを崩し転倒し、全身が水中に浸かっていた。
「ガハッ! ハァハァ……びっくりした」
幸い川のように流れがある訳では無かった為、泳いだらすぐに陸にあがれたから良かったが……マズいな。
これ、ひょっとしたら大きめの池どころじゃなくて湖かもしれん。
いわゆる地底湖って奴か? 身長187センチの俺が、立った状態で全身浸かって底に足が付かないなんてこと、よほど大きくないとあり得ない。……多分。
こんな問題があったとする。
そこには深さ3メートルの水が貯まった場所があります。
でもそれは人一人通るか通らないかぐらいのサイズしかありません。
さてそれの正体は一体何でしょう?
決まってる、落とし穴だ。
落とし穴に水が貯まったのだ。
だってそうでもない限り、あり得ない。
明らかに不自然なのだ。人の手が入ってると想像しただけで分かる。
素人の偏見かもしれないがッ!
さて、そんなことはさておきどうしたものか。
護身の為に必要な道具であり、入浴と就寝時以外は肌身離さず持ち歩いている刀を陸において水中調査を進めるか。
それとも錆は後で落とすとして刀を持ったまま水中調査を進めるか。
水中調査をしないというのは論外だ。
もし、あの音の正体が魚だったとしたらこの湖は川と繋がっているというコトになるからだ。
何故海と繋がってないと言えるのか? 飲んでみてしょっぱくなかったからだ。
そもそも、もしこの水が海水だったなら刀一本持っていようとそう容易く沈むことは無い。
海水は池や湖などの淡水に比べ、塩分濃度が高い為強い浮力が発生するらしいのだ。港町で漁師やってる奴らに聞いたから間違いない。
例外がガチムチのマッチョ。
奴らが水中に入ると岩でも入れたかのように沈んでしまう。
何故かは知らんがな。
まぁ、実際徹底的に鍛えた奴の筋肉って鋼みたいに硬いし。
多分そういうことでしょ。
俺はいいのか? 確かに体格は良いと言われる。
実際、鍛えてるから筋肉は見た目以上にあるしな。
だが硬い筋肉というのは怪我をしやすいって聞くから、程よく脂肪も付けているし、毎朝やってる日課も柔軟やってからトレーニングを始めるようにしている。
……今って、夜なのか? それとも朝なのか?
毎朝必ずやることにしていたんだが……守れなかったな。
いや、今は置いておこう。
あくまでそれは個人的なこだわりでしかない。
命が危うい時にまでこだわることではないのだ。
ともかく、だからこの水は確実に海水ではない。
よって、この湖? が繋がっている先は川であると推測できるのだ。
「まぁ……もしもがあったらいけないしな」
俺が選んだ道は、刀を持ったまま調査を進める……だった。
やはりこの刀は俺の分身と言っても過言ではないし、可能な限り手放したくはないのだ。
まぁ……露店で買った安物でしかないんだけど。
思い出補正って奴かな。どうにも買い替える気が起きないのだ。
「さて、行くか……」
結果的に言うと、推測も選んだ道も一応正解だった。
予想通り水中を暫く進むと川に出たし、苦しかったがなんとか陸地に上がれた。
だが、ここからは予想を斜め上に上回った。
なんと出た先に広がっていたのは、全身緑色の小人の集落だったのだ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます