六相のデザイア

「倉雲君に読んでほしいweb小説をまた見つけたんだけど……」

 ある月曜日の休み時間、椎葉流紀はスマホをカバンから取り出しながら、隣の席に座る異性のクラスメイトに話しかけた。すると、その男子、倉雲奈央はジド目になる。

「このパターン、3回目だな。先週もWEB小説紹介された気がするが、今回も俺と小野寺さんの関係をからかうつもりか?」

「残念、不正解。今回のオススメ作品は、まさに濃厚な激甘生クリームの上に7種類のフルーツがトッピングされた高級パフェのような味わいでした」

「いいんちょ、なんだ……それ……」

 ナゾのコメントを前にして、奈央はツッコミを忘れ、腹を抱え笑う。周囲の同級生たちまで笑い始め、椎葉流紀は咳払いして、隣の席の机の上に自分のスマホを置いてみせる。

「うーん、あの例えは分かりにくかったかな? まあ、いいや。とにかく、読んでみなさいよ」


 奈央が机の上に置かれた流紀のスマホに目を向けると、タイトルが表示されていた。


『六相のデザイア/出雲 蓬』

 https://kakuyomu.jp/works/1177354054889114017


『六色の欲望が、一人の銀に溶けていく』というキャッチコピーの後、少年は今まで通りあらすじに目を向けた。



 元女子高であり共学化した高校『不知火学園』で、主人公である我妻銀士郎はある事情から生徒会に所属することになった。

 今までに男子生徒所属の過去が無かった生徒会で、七人の少女たちとの異色の恋愛模様がここに始まる。


 ーーーーこれは、1人を選ぶ物語に非ず



 あらすじやキャッチコピーを読んでも、学級委員長が自分にこの小説を紹介した理由は分からない。何かがあると疑いながら、彼は第1話を読む。すると、第1話の終盤辺りで手が止まり、隣席の少年はジッと学級委員長の顔を見た。

「いいんちょ、これ多分、ライトノベルだろ?」

「そうだね。カラフルな髪色の登場人物が出てくる時点で、そういう印象になるよね。生徒会役員になった男子が個性豊かでかわいい女の子とあんなことやこんなことをやるハーレム作品。一言で説明すると、そんな感じかな?」

「いいんちょ、こういうオタ……」

「違うよ。私はそういうのじゃなくて、面白そうって思ったラブコメ作品を読む人だよ」

 両手を振り完全否定する学級委員長。そんな姿を見て、奈央は納得して、もう1話読み進める。


「なるほどな。いいんちょ、あとでリンク送ってくれ」と言いながら奈央は流紀にスマホを返すが、彼は腑に落ちない表情を見せる。そんな顔を流紀は覗き込んだ。

「どうしたの?」

「分からないんだ。なんでいいんちょが俺にこの作品を勧めてきたのか」

 まさかの答えに流紀はクスっと笑う。

「勧めたいから。それが答えだよ。この作品読んでたら、キュンとするんだよ。この作品のラブコメ要素は、濃厚な激甘生クリームのように、甘くて美味しい。恋に落ちていくのも納得なほど魅力的な主人公と個性的なヒロインたちが織り成す胸キュンシーンは宝石箱みたいなの。そんな中で印象に残ったのは、第14話。ある女の子と一緒に帰っていた主人公さんが、突然の大雨に襲われてね。その時の彼の対応が、かっこよかった」

 自分のスマホを受け取り、カバンの中に入れる仕草をしながら、流紀はそう笑顔で語った。椎葉流紀は、ラブコメが好きな学級委員長。この事実を再認識した倉雲奈央は優しい眼差しで彼女の話を聞いていた。

 次の授業のチャイムが鳴るまで。



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