第7話 『物語』の重要性を忘れていませんか?

「みなさん、基本的なことをお忘れではないですか?」

 純文学が、店内を見渡し、静かだが、よく通る声で話し始める。


「我々の思考は言葉により成り立っています。今まで皆さんが主張してきた思想、主張、考えは、全て言葉があってのものです。国語は、すべての学力の基礎です。また、ストーリーを追うことによって、物事の因果関係による関連付けができるようになります。

 文学は、人間の思想・思考を形作る基礎です。それがなくなると、どうなるか――仕事の基礎力も感性もない人間ができあがり、仕事もたちゆかなくなるでしょう。言葉を使うことができないから、報告書、企画書、始末書やメールまで、まともな文章が書けない。コーポレートガバナンスには人間性の理解が必要ですし、人の感情を汲むことにも、文学の果たす役割は大きいのです。物語があってこそ、この世界は豊かなものとなっているのです!」


 エンタメ小説が追随した。

「人類の文明の礎は我々が作っているのだ!」

 ライトノベルも叫ぶ。

「我々こそ、文化の始祖!」

 ミステリー、ホラー、SF、純文学、ライトノベル、恋愛小説――全ジャンルの小説たちが一斉に立ち上がってバサバサバサ……と拍手。中には涙ぐんでいるものも。


 SF小説が、純文学の後に続いた。

「今、YouTubeへの違法アップロードや海賊版なんかの影響で、出版社も深刻な影響を受けています。

 もし、すべてのエンターテイメントのクリエイターが商業ベースでやっていけなくなり、物語の作り手たちの生活が成り立たなくなり、『スポンサー』を求めたらどうなるでしょう? その結果、彼らが生み出すものは、一部大企業や政権など、何らかのプロパガンダとなってしまう、というアメリカの大学の研究結果があるんです」


 他の本たちが顔を見合わせる。

「えー」

「純粋な物語ではなくなってしまうの?」

「それは、本当にエンターテイメントなのか?」

「そんな世界にしてはいけない!」


「そうして、民衆は、みんなどんどん物語の力で感情を刺激され、洗脳されて、ロボット化していってしまうんだ」

「怖い」

「……」


「で、人類はみんな大企業の傭兵になって、傭兵同士が戦う戦争状態になって、物語はどんどん『傭兵育成マシーン』と化してえげつないものになって……」


「え? え? ちょ、ちょっと待って」――フランス人怪盗を主人公とするジュブナイル・ミステリーが話を止める。

「ん?」――キョトン顔のSF小説。

「そ、それって、どこまで本当の話なの? いや、その、内容があまりにも……」

「え? これ、フィクションだよ? だって、僕SFサイエンス・フィクションだから……」


 店内の本たちが、吉本新喜劇のごとく、一斉にどあーと倒れる。

 本のサイズが揃っている文庫本コーナーにおいて、盛大なドミノ倒しが発生。タタタタタタタタ、ときれいに本が倒れていく。書棚のレイアウトに沿って、角を曲がり参考書コーナーへと本のドミノは続き、壁に沿って本ドミノがパタパタパタパタと倒れていく。そして、さらに隣の辞書コーナー。パタン、パタン、パタン……。

――止まった。

 流れをせきとめたのは大辞林。微妙にがっかりした空気が流れ、「チッ」と舌打ちがどこからともなく聞こえてきた。


「おい、くそったれのSFがっ! 空気読まんかい! 今、フィクションの話ちゃうやろ!」――起き上がった、お笑い芸人の書いた小説がつっこむ。

「お前、ナメてんのか? 一回、大黒埠頭に沈んでみるか?」――ハードボイルド小説が、ヤクザ顔負けの迫力で凄む。


「いや、そんなことされたら破れちゃうし。ってか、溶けちゃうから。紙だから」

 凄まれ、慌てて引っ込むSF小説。

「まあまあ、みなさん、静まって。現代社会に警鐘を鳴らすのも、SF小説の役割ですから」

 純文学が、他の本たちの怒りをなだめる。


「なんか、随分脱線しちゃいましたけど、本を買う人のお金の事情について話をしていたはず、ですよね……?」――ホラー小説がおどおどと問いかける。

 シニア向けの投資商品解説本が、再び口を開く。

「面倒なので、結論から言おう。それは老人達だ…」

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