第22話 国際救助隊

 この年の十一月は、後に災厄の十一月と呼ばれることになる。


 紅葉が始まった京都には多くの観光客が押し寄せていた。赤と黄色に染まる山々や寺々を巡る人々は皆ぶ厚いコートを着ている。日本海から西日本を大寒波が襲っていたからである。太平洋側は寒さにうち震えるくらいですんだが、日本海側は大雪に見舞われた。島根県から鳥取県にかけて大雪を降らせた寒波は、北陸地方に雪の災害をもたらしたのだ。

 豪雪が、福井県を孤立させた。猛吹雪で送電線が断線し、山間の集落では電力の供給が止まってしまった。そこは高齢者だけが暮らす限界集落でもあったのだ。暖房さえ無くなった限界集落では死者が出る可能性が高い。

 陸上自衛隊が出動し除雪作業にあたたのだが、スコップ一本で雪を掻く人海戦術には限界があった。掻いても掻いても雪はあとから降り積もるだけだった。

 テレビは自衛隊の雪掻き作業の後姿を報道し続けていた。私はテレビのニュースを作戦本部のサブ・モニターで見ていた。

 テレビのレポーターは自衛隊の奮闘をまるで美談のように伝えているのだが、元自衛隊ドローン部隊の田中隊長の言葉は辛らつだった。

 「どう考えても、今夜中に孤立した限界集落まで雪掻きできるわけありませんよね。」

 じゃあ、孤立したお年寄りはどうなるんだ。

 「運に任せるしかありません。自衛隊は出来る限りのことを黙々とやっているだけです。」

 「しかし、何か策はないのか?」

 「そうですね、ヘリで救援物資や燃料を届けたいところなんですが、この猛吹雪です。二次災害で自衛隊員が事故を起こす可能性がありますから、批判を恐れて上層部は許可しません。」

 私たちの話を聞いていた戸部典子が苛つきながら言った。

 「自衛隊には命をかける猛者はいないなりか?」

 「無茶を言わないでください。」

 「中東の戦争ではアメリカ軍の下請けで無茶をしてるなり。何人も自衛官が死んでるなりよ。アメリアのためには命懸けでも、日本のためには命を懸けられないなりか?」

 お前の言っていることは分かる。元自衛官の田中隊長にだって忸怩たるものがあるんだ。だからといって無謀な作戦で自衛官が死んでもいいということにはならない。

 「そうなりね。でも、限界集落のじいちゃんばあちゃんの事を思うと居てもたってもいられないなり。」

 「自衛隊に戦車でなくて除雪車があればもう少し何とかなるんでしょうが・・・」

 戸部典子がひらめいた。

 「それなりよ! 除雪車なり。ビースト・コンツェルンの傘下に特殊車両を作ってた会社があったなりよ。」

 「篠原工業です。」

 オペレーターのひとりがすぐさま答えた。

 「篠原工業に問い合わせて、除雪車を手配するなり!」

 「了解です!」

 オペレーターもやる気満々だ。日本列島は災害列島である。誰もが福井の災害を自分の事のように思っているのだ。

 「しかし、戸部指令、限界集落までは二十キロ以上あります。除雪車でも間に合うかどうか・・・」

 田中隊長はあくまで慎重だ。

 「ジェット・モゲラーはどうなりか?」

 「アキハバラ・エレクトロニクスの試作品ですね。あれは汎用型戦車のようなものですが、あのドリルで雪を吹っ飛ばせば、あるいは可能かも!」

 「ジェット・モゲラー発進なり!」


 伏見城内がにわかに騒がしくなった。

 倉庫のシャッターが上げられジェット・モゲラーが姿を現した。巨大なドリルを装備した装甲車のような車両である。タイヤは直径二メートルほどもありブルドーザーの化け物のようだ。

 「なんだこれは?」

 「アキハバラ・エレクトロニクスは特撮やアニメの出てくる秘密兵器を実際に作ってしまう技術集団なり。」

 「このドリル、いったい何に使うつもりだったんだ。」

 私の疑問に田中隊長が力強く答えた。

 「ドリルは男のロマンです。」


 「オペレーター、緊急出動なり! 中川、あたしについて来るなり。」

 「はい、お嬢様。」

 二人は黒いスーツの上に防寒用の黄色のジャンパーを羽織っって飛び出していった。


 伏見城内は緊急発進の黄色ランプが明滅し、オペレータたちがマイクに向かってジェット・モゲラーの出動を指示している。


 フォース・ゲート・オープン、フォース・ゲート・オープン


 オペレーターの諸君、こんな非常事態でもオタク根性は健在なわけだな。


 城門が開かれ、トラックに乗せられたジェット・モゲラーが出動した。

 戸部典子はトラックの助手席に乗り込み、中川老人は狭い後部座席に身をかがめるようにして座った。

 トラックの助手席に座った戸部典子が、無線で作戦の開始を各隊員に告げた。

 「ファクトリー隊員は本日、一三:二○ヒトサンフタマルを以て国際救助隊に編入されたなり。これは演習ではないなり。繰り返す、これは演習ではないなり。国際救助隊、発進なり!」

 国際救助隊だと! 確かにジェット・モゲラーの機体には「インターナショナル・レスキュー」の文字がある。隊員たちも胸に輝くバッジも「インターナショナル・レスキュー」に変わっている。

 まるで特撮映画を見ているようだ。


 ジェット・モゲラーは京都東インターから高速道路に乗り、福井を目指した。篠原工業からは五台の新型除雪車がトラックに乗せられ発進した。

 私も後を追って田中隊長の運転するランド・クルーザーの助手席に乗った。後部座席にはビデオ・カメラを持った小三成が滑り込んだ。

 「なんだか面白いことがはじまったみたいっスね。取材させてください。」

 面白いだと、ただの無鉄砲だ。


 自衛隊の雪掻き作業を取材していたマスコミ陣は、トラックから降ろされる異形の車両に刮目した。さらにマスコミを驚かせたのは、助手席から出てきた黄色いジャンパーが戸部典子だったことだ。

 戸部典子の指揮で、ジェット・モゲラーはドリルを回転させながら雪の中に突っ込んでいった。もうもうと雪煙を立てるジェット・モゲラーはものすごい速度で雪を掻きわけていく。

 やがて、篠原工業の除雪車が到着し、ジェット・モゲラーの通った道から残った雪を取り除いていったのだ。果てしなく雪と戦ってきた自衛隊の諸君は、ジェート・モゲラーの轟音に励まされるように除雪車の後について道路を切り開いていった。

 ジェット・モゲラーは翌日の未明に限界集落に到達し、じいちゃんばあちゃんたちに救援物資と燃料を届けたのだった。


 この嘘のような事件はテレビで実況中継された。ジェット・モゲラーとぴょんぴょん飛び跳ねて現場を指揮する戸部典子と、その背中を守るが如く付き従う老人の姿をマスコミは伝えた。

 その日、SNSのツブヤイターでは、あるハッシュタグが話題となった。


 #自衛隊のみなさんご苦労様、国際救助隊ありがとう


 もちろん、トレンドのトップは「ジェット・モゲラー」である。


 そして、問題はそれだけではなかった。伊波首相をはじめとする保守党の代議士たちは、その夜、議員宿舎で飲めや歌えの大宴会を繰り広げていたのである。代議士のひとりがその様子をインスタグラムに上げたことで事態が発覚したのだ。伊波俊三は赤ら顔でにこやかに笑いながらグラスを傾けていた。

 この物語はフィクションであり、このような総理大臣は実際には存在しないという事を申し添えておこう。



 災厄の十一月。

 次なる災害は韓国の済州島で起こった。震度七の地震である。

 戸部典子は、けもの財団の所有する豪華客船ウパニシャッド号を接収した。ウパニシャッド号はチャリティー・ツアーの航海を終えて神戸港に寄港したところだった。このツアーは金持ちのじいさんばあさんが、東南アジアの貧しい子どもたちの現実を視察し寄付をしてまわるという趣旨のものであった。

 豪華客船には作業服姿の国際救助隊の面々が乗り込み、全国からボランティアも多数集まってきていた。ウパニシャッド号は国際救助隊とボランティア、そして金持ちの乗客を乗せたまま済州島へ向けて出航したのである。

 現地に着いた国際救助隊はドローンを使って行方不明者の捜索にあたり、ボランティアと協力して復旧作業にあたった。金持ちのじいさんばあさんたちも炊き出しやら毛布や衣類の手配で奔走した。戸部典子と中川老人は黒いスーツを泥だらけにして被災地を走り回った。

 家を失った人々のため、豪華客船が宿舎として提供され、ウパニシャッド号は済州島に三か月余り停泊することになる。 

 豪華客船ウパニシャッド号は慌てて出港したため、船にはフランス料理の三ツ星シェフ、アラン・バルト氏と和食の鉄人、山岡典弘氏、さらにはオーケストラ楽団まで乗船したままだったのだ。被災者はクラシック音楽に親しみ、フランス料理と日本料理に舌鼓を打ったと韓国の報道は伝えた。

 キム博士は韓国の災害に日本人ボランティアが多数駆け付けたことの感激し、韓国大統領ムン・パクチョンは国際救助隊と日本からのボランティアたちをを英雄と称えた。

 こうした行為が国境を隔てて向かい合う人々の理解と共感を育てるのだ。


 災厄の十一月。

 静岡県を中心とする中部地方を未曽有の豪雨が襲った。

 各地で堤防が決壊し、多くの人命と財産が失われた。

 水害の跡には瓦礫の山である。水流が運んできた岩や樹木が散乱し、道を塞いでいた。

 自衛隊の諸君はパワー・ショベルで災害復興にあたっていた。

 そこに現れたのが国際救助隊である。

 国際救助隊は試作品のパワー・ローダを投入したのだ。

 パワー・ローダーは強化外骨格と呼ばれる全高四メートル弱のロボットのような機体だ。人間がお腹の部分に乗り、巨大な機械の手足が操縦者の手足の動きに合わせて動くのである。装甲がないため操縦者の姿はむき出しとなるが、機体は軽く機動性がある。

 パワー・ローダーが巨石を軽々と放り上げる姿がニュースで何度も放送された。その周囲で、黒のスーツに黄色いジャケット羽織っで飛び回る戸部典子の姿はもはや定番になっていった。

 その翌日の朝刊にはパワー・ローダーをバックににまにま笑う戸部典子と影のように付き従う老人の姿が一面トップで掲載された。

 見出しは「戸部典子、行きまーす!」であった。

 報道陣はパワー・ローダーをモビル・スーツだと思ったようである。


 これもアキハバラ・エレクトロニクスなのか?

 「そうなりよ。『エイリアン2』に出てきたやつを再現したなり。」

 またキム博士が喜びそうだな。

 

 モビル・スーツ、もといパワー・ローダーはこの後起こった九州の地震でも活躍した。地震は山間部で起こり、震度も五・六だったため被害は少なかったが、土砂崩れや落石で多くの道が塞がれたのだ。

 この頃には自衛隊と国際救助隊の共同作戦は大衆の喝采を浴びるまでになっており、自衛隊もパワー・ローダーや新型除雪車を装備に加えるはずだと誰もが思っていた。

 しかし、防衛相はこれを無用とした。購入資金がなかったからだ。

 伊波首相はアメリカのトランク大統領の要請で百機もの戦闘機を買うことを約束していたのだ。このFF35という戦闘機は欠陥機との噂のあるいわくつきの兵器だったが、伊波首相はトランク大統領のご機嫌を取るために欠陥機を買ったのである。

 この物語はフィクションであり、このようなアホな総理大臣は実際には存在しないことを、重ねて申し添えておこう。



 伊波政権は都合の悪い事実をマスコミに報道させないことで命脈を保って来たのだが、ここにおいて戸部典子がしゃしゃり出てきたのである。

 戸部典子は表立って政権を批判しない。だが行動で正義を表現しようとしっていたのだ。

 戸部典子の評判が上がれば、相対的に伊波俊三の評価が下がるのである。

 伊波政権も次第に戸部典子を敵とみなし始めたのだが、彼女は巨大な力を手に入れたことにも気づき始めていた。その力が何なのか、この時点では伊波政権は正確な情報をまだ掴んではいない。


 戸部典子に影のように寄り添う中川氏老人は、岩見獣太郎の遺産が世のため人のために使われる様子に涙した。

 「旦那様は素晴らしい後継者を選ばれました。」

 年老いた中川氏にとって、戸部典子に仕えることが最後の仕事になるのだ。




 


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る