第48話 ドリームランド(4)

 夜のまどろみの中、朧木は夢うつつの世界にいた。見る光景はまたしても自分の探偵事務所。朧木はぼんやりとした頭の片隅で、ここの夢ばかり見るなぁと苦笑する。

 事務所にいるのはまたしてもさくらだった。


「おかえりなさい、所長。今日は遅かったですね」


 さくらが朧木に笑いかける。


「あぁ、飲んで帰ったからな」


 朧木は纏まらぬ思考でそのように応えた。女狐Clubに立ち寄ったのは仕事帰りのはずだったが、なぜかそのように応えた。時系列的には正しいはずだ。


「はぁ、お酒飲んじゃったんですか。それじゃあ今日も眠りは浅くなりますよ?」


 さくらが至極残念そうにそう語った。なぜ彼女が残念そうにするのかわからない。


「こればかりが楽しみなんだ。勘弁してくれ!」

「まったく、仕方がないですね。そんなんで難解な事件を解いたりできるんですか?」

「酒を飲んで仕事に出たこともあったが、それはそれとしてそういえば僕は難儀な仕事に行き当たっていたんだったな。丼副君。夢の世界の桃源郷の話をしていたな?」

「えぇ、そこには目覚める必要がなくなった人達が集まっていますよ」

「では、そこへ行けば昏睡状態となった人達と会えるという事か!」


 朧木は夢の話とはいえ、自分が欲していた事件の突破口となりそうな話に喜んだ。


「そうですね。前から言っていましたけれど、そこへ案内しますよ?」


 さくらが艶やかなポーズをとって朧木を誘う。そんなさくらの姿に朧木はどこか違和感を感じた。現実の丼副君なら絶対そんなしぐさはしないだろうな、という確信があった。


「丼副君、案内してくれ! その桃源郷とやらに」

「ふふっ、現実逃避するためではなく、誰かを救うために桃源郷へ行こうだなんて珍しい人なんですね!」


 さくらは笑って立ち上がった。

 二人が探偵事務所の外へ出る。そこの光景は街中ではあったが、どこか現実とは違うような何かが異なる世界。夢の中の再現度は必ずしも現実と瓜二つとは限らないようだ。

 さくらが地下鉄への階段を降り出す。朧木も後に続いた。


「なんだね。地下鉄でいける範囲なのかね?」


 朧木が先を行くさくらに尋ねかけた。


「ちょっと違いますよ。ただ、ドリームランドはここから入れるのは間違いありません」

「ふむ。東京の夢の国、か。現実のは千葉だが、こちらの夢の国はどこへ行くんだろうか」

「急かさずともちゃんと行きますから、ちゃんとついてきてください」


 さくらは振り返りもせずに階段を下りていく。

 やがて地下鉄のホームにたどり着く。電車があるわけではなかった。


「では、線路に降りましょう」


 さくらが線路に飛び降りた。朧木がぎょっとする。


「だ、大丈夫なのかね、丼副君!」

「大丈夫ですよぉ、ここは夢の中だって忘れたんですか?」


 さくらが朧木を見上げて笑った。仕方がないので朧木も線路に降りる。


「こっちです。ついてきてください」


 さくらが歩き始める。真っ暗闇なトンネルの向こう側を目指して歩き始める。朧木は黙ってさくらの後をついて行った。

 真っ暗な中を延々と歩く。後ろを振り返っても闇。前を向いても闇。だが、なぜかさくらの姿は見えている。なので迷うことなく進む事ができた。


「またとんでもない道だなぁ。この荒唐無稽さ。確かに夢だな」


 朧木の言葉にさくらは返事を返さない。ただ、黙って歩を進めるだけだ。

 延々と続く暗闇を歩いているかに思えたが、やがて進行方向に小さな明かりが見え始めた。どうやら出口が近いようだ。


「もうすぐ醒める事のない夢の世界へ行きますから、楽しみに待っていてくださいね? たっぷりと歓迎しますから・・・・・・」


 前を向いたままのさくらがそう言った。その表情はわからない。


「歓迎するだって? どんな夢を見させてくれるのやら! ここまで話の筋道の整っている夢を見るのは初めてだなぁ。普通は話の展開にもっと脈絡がないものだろう?」

「・・・・・・・・・・・・」


 のんきに語る朧木に対して、さくらは振り返ることもなく、何の反応も返さない。

 二人は無言で歩き続ける。少しずつ出口の光は大きくなっていく。

 そして出口を抜ける。そこには中世のヨーロッパを思わせるような町並みが広がる地下都市が広がっていた。天井には岩盤が見えている。


「なんだここは。随分現実離れした光景だなぁ。遠くには真っ白なお城も見えるや。随分人も多いな。はて、地下なのになぜ明るいんだろうか」


 朧木が辺りを見回す。


「それは光ゴケの明かりですよ、所長。ドリームランドへようこそ! そして永遠に目覚めない夢の中へ良くぞいらっしゃいました・・・・・・」


 さくらがにたりと笑った。


「ふむ。ここにいる人々は現実の昏睡事件の犠牲者なのかね?」


 朧木は顎に手をあて、つぶさに周囲を観察して回っている。


「そうとは限らないですよ。初めからここの住人もいますから。まぁ、見て回りましょう。色々わかりますから」


 さくらが先導して歩き出す。朧木も後を追った。

 そこには様々なお店が出てきた。古今東西のあらゆる酒や料理が提供されている。


「なんだ。見たこと無い料理だらけだなぁ。自分の知らない物でも夢に出てくるのか」

「ここは集合的無意識が形作る領域。所長の個人の知見や認識を遥かに越えた先にある世界なんです。ここにはあらゆる欲望が集いますからね。食欲を満たしたければここへどうぞ。なんなら何か食べていきますか? お代はタダですから、いくらでもお好きな物を食べられますよ!」

「それはなんとも最高な場所だな。とはいえ、今は仕事の話を優先しよう」


 朧木は酒を提供している店を見て興味深そうにしていたが、きりりと表情を整えた。


「そうでしたね。ではお客様を見てください。飲んだり食べたりしている人達が居るでしょう?」


 さくらに言われるままに、朧木がお店の中を見渡すと確かにお客がいる。


「いるね。・・・・・・もしかして客の側がそうなのか?」

「えぇ、昏睡したままの人達ですよ。逆に、ウェイターやウェイトレスもいるでしょう?」


 さくらがいうとおり、お店なので当然働いている人達が居た。


「レストランだから当然いるな。もしかして、こっちは元からのドリームランドの住人なのか?」

「その通り。夢の国ではおいでになった人々は働かなくても良いんです。労働する夢だったらただの悪夢ですからね」

「それだと日常系の悪夢だな。夢の中でも仕事をしようとしている僕が言えた話じゃないがね」

「ふふっ、所長も仕事なんてしなくても良いんですよ? ここで好きなだけお酒を飲んでいても」


 さくらが朧木に笑いかけた。


「そうも言っていられないさ! ともかく事情は察した。ここは飲食店だけなのかね?」


 そう言うと、朧木は街の光景を見渡した。中々に広大な街なので、どこになにがあるのかはわからない。


「いえ、他にも漫画だらけの図書館ですとか、様々なゲームが置いてある場所などもありますよ。もちろん遊園地も映画館もございます。せっかくなんですから、心ゆくまで楽しんでいってくださいよ」

「いや、僕は結構だ。さて、昏睡している人達を説得してみるか」


 朧木は一件のレストランにズカズカと踏み込んだ。

 そして客の一人に尋ねる。


「そこの方。一体いつからここに滞在してますか?」


 客が怪訝な表情で朧木を見上げた。


「んん? なんだ。あんた。さては来訪者の方か。いつからって、そんなの覚えていないさ。ここじゃああっという間に時が過ぎ去るからね」

「その間に現実のあなたは昏睡状態の患者となっていますよ? ここにこのまま滞在しているのはよくない」

「良くないって、何が良くないんだよ。くそったれな現実なんかより、やり太陽にやっていられるドリームランドの方が遥かにすばらしいじゃないか! なんだ、あんた。俺を現実に連れ戻しに着たのか? 帰れ帰れ! 俺はここから出ないからな!」


 客は朧木の話を聞く気はないようだった。相手の剣幕に、朧木はそれ以上口を挟み込めないでいる。

 そこにウェイターがすっと現われた。


「お客様。他のお客様のご迷惑ですので、店内での現実への勧誘はお控えください」

「むぅ、そこはしっかりと仕事をするんだな! 夢の中なのに不思議だ!」


 ウェイターは朧木を押し出すように店の外へと出した。

 店から追い出された朧木が頭をかいた。


「所長、追い返されちゃいましたね」


 さくらが笑ってみている。


「ふむ。あの分ではここにいる客の側は同じような気持ちなのだろうな」

「そうでしょうね。現実の方が大事なら、さっさと自分で帰っていることでしょうから。現実なんかよりも幸せな夢を見つけちゃったのなら、そこから離れる道理はないですよ」

「これでは被害者は増えるばかりだろうな。この場所は問題だな」


 朧木がううむと唸る。ドリームランドの人口が増えていく一方なのは目に見えていた。


「所長。所長もいいじゃないですか。ここで幸せになりましょうよ。辛いだけの現実なんかに戻る必要なんかないですよ」


 さくらが朧木を夢の奥深くへと誘う。


「丼副君。君が言うほど、僕は現実に悲観なんかしちゃいない。失望もしていない。だから断る」


 朧木はきっぱりと明確にさくらの誘いを断った。


「ははぁ、さてはこんな娯楽なんかじゃ満たされないんですね? 仕方ないですねぇ、所長は。・・・・・・ねぇ、所長。私とこの世界で過ごしませんか?」


 さくらの目が妖しく輝く。


「うっ・・・・・・」


 朧木の意識か混濁し始める。


「所長・・・・・・ずっと前から所長の事が好きでした。ここで私と永遠に過ごしましょう?」


 さくらの手が朧木の頬を撫でる。

 朧木は困惑の表情を浮かべた。これが自分の願望なのか? さくらをそのような目で見ていたつもりはなかったが、夢の中のさくらは現実のさくらと異なっている。自分の夢の仲の住人は明らかに己を性的に誘ってきていた。


「何もかも忘れて、私に溺れてくださいよ。所長・・・・・・」


 さくらが朧木にしなだれかかってくる。そして口付けを迫ってきた。

 ぐるぐると回る朧木の思考回路。夢の中だからはっきりしないのか。だが、朧木はその混濁した意識の中で、はっきりと感じたものがあった。

 夢の中の丼副君より、現実の丼副君のほうが遥かに好感を持てる。

 その意識が朧木の意識を覚醒させる。


「そこまでだ。今の君に好感を持てそうにない。やめるんだ」


 朧木は制止の手を掲げ、相手の動きを押し留めた。拒絶される夢の中のさくら。


「そんな、ひどいじゃないですか。所長、私の事が嫌いなんですか?」


 さくらが押し留める朧木の手を押し返そうとする。


「これは悪い夢だ! 目覚めなくては!」


 朧木は今見ている光景が夢であった事を思い出す。しかし、夢だと認識しても、一向に夢から醒める事はない。


「ふふふふ、言ったでしょう? ここは二度と目覚める事のない理想郷だと!」


 さくらの瞳が暗く輝いた。・・・・・・それは魅了の魔眼だった。


「むぅっ、その瞳、どうやら魔力がこもっているな? 君は一体何者だ!」


 朧木がバッとさくらから離れた。


「何者って、それは所長が思う丼副さくら。あなたの夢の中の住人ですよぉ」


 朧木はさくらが自分の夢の中の住人だと思って意識していなかった。しかし、明確な意志を持ってドリームランドへと誘った。ならば、このドリームランドと何かしら繋がりがあるのかもしれないと感づく。そして警戒する。先ほどは明らかに悪意を持って魔眼を自分に向けていた。・・・・・・ならば、この丼副さくらはただの自分の夢の住人なんかではない。

 朧木は三度自分の歯を噛み合わせる。天鼓と呼ばれる所作。


「あっと、私をそこまで拒絶するんですね? 仕方のない人だなぁ、所長は!」


 さくらが身をよじるようにすると、彼女の着ていた服がすとんと地面に落ちる。そしてあらわになるランジェリー姿。・・・・・・彼女が手を掲げると、すうっと顔が変わった。丼副さくらの顔からまったく見知らぬ女の顔に。


「・・・・・・ふむ、日本ではあまり馴染みはないが、さては君は夢魔の類だな?」


 朧木は意識を集中させた。混濁していた意識がドンドン覚醒して行き、判断力が向上する。その朧木が偽さくらの正体についてを考察する。


「あなたの夢にやってきたサッキュバスちゃんでーすっ!」


 サキュバスが露骨にその肢体をあらわにする。


「ふむ、飛んで火に入ったのは僕のほうだったか。一体いつから敵に仕掛けられていたのか。今回の相手はどうも僕を狙い撃ったようだね。サキュバスがこんな世界を構築できるとは思わない。君の背後にいるのは一体何者だね?」


 朧木はサキュバスが現われた事から一気に背後関係を洞察する。感じるのは裏で手を引くものの存在。それも明確に自分に敵意を向けている。天の相、地の相、人の相の中の人の相の流れを看破した。・・・・・・このドリームランドは明確に自分を迎えつつ為に用意されている。


「ひどいなぁ。私の背後にいる存在なんか気にしないで、もっと私を見てくださいよぉ!」


 サキュバスがさくらの声色をまねてしゃべる。明らかに挑発しているようだ。


「話すつもりは当然無い様だな。なら、僕から言うべき事も無い。夢魔よ、速やかに祓ってくれよう」


 朧木の気迫にサキュバスが笑う。


「あっははは! ここは夢の中。武器も道具も持ち込めないこの空間で、夢魔とどうやって戦うというの!」


 サキュバスの背中からばさっとこうもりのような羽が飛び出す。そして空に飛び上がった。地面からでは朧木は彼女に攻撃できない。


「ぬぅ、確かに紛れもなくアウェー戦だな。だが、己の魂魄は共にある。喰らえ、月魄刃!」


 朧木が叫び、剣指を振り下ろす。放たれる青白い三日月の刃。


「きゃあっ!」


 サキュバスが悲鳴を上げて羽を羽ばたいた。鋭い刃が彼女の寸前をかすめる。


「むむっ、狙いが逸れただと?」

「残念っ☆ そんなちんけな術にやられるほど、私は安い女じゃないですよぉ、所長!」


 サキュバスがさくらの声色を真似て朧木を挑発する。


「同感だ。丼副君は君みたいな子では無いからな。さて、サキュバスも夜の眷属か。月を象徴する月魄刃とは相性が悪いとみた」


 朧木は冷静に戦力比を分析した。サキュバスが夢、すなわち夜を象徴する妖怪であることを思い出す。以前同じナイトストーカーである吸血鬼と闘った時も効果は半減されていた。どうも効き目が鈍いようだ。魂魄の魄とは人間の陰の気を指す。また、魄という字が月の光、月の影の部分も指す。つまりは明確に月や夜、陰と言う属性を割り振られた術であるのだ。これがこの術の弱点だった。


「やな男。だけど安心して。あんたは趣味じゃないけど無理やり精気を搾り尽くしてあげる☆」


 サキュバスが朧木に投げキッスをした。


「同感だ。僕も君みたいなのは趣味じゃない。そして丁重にお断りさせていただこう!」

「ふふん! 夢の中で夢魔に抗えると思っている浅はかな男! 精も根も尽き果てるまで、棒が枯れ果てるまでなぶってあげる!」


 朧木はさっと間合いを取った。しっかりと北斗七星の形に歩を進める。・・・・・・禹歩である。それは戦いにおいて必ず行われる儀式。


「諸天善神に願い奉る。陰にひなたに歩く道。市井の者の静謐を守らんが為、我が行く手に勝利を」


 朧木が明確に諸天への祈りを口にした。


「あっははは! この土壇場で神頼み? こんな世界、神の目も届きやしないですよぉ!」


 サキュバスが高らかに笑った。

 朧木は式神の召喚符が無い事を思い出した。しかし、式神とは本来は想念。想いから生まれるモノ。ここは夢の世界である。応じる可能性が高い。


「大国に 願いを託す 良夢札 渡る海原 若き侍」


 朧木は和歌を唱えた。それは夢を持って海外へ渡る若者の歌であった。良夢札とは大国主神が御祭神の松島神社で有名なものである。古来より吉日とされている甲子の日に枕の下に大国主神の絵を入れて眠ると良い夢が正夢になるという。それを手にして渡海する者の和歌であった。

 しかし、歌詞には時代性は無い。あるいは江戸時代末期、明治時代に勉学の為に渡海した志あるもののふの歌ともなる。ダブルミーニング。

 それは現実をつまらぬものと吐き捨て、夢の世界を良いものとする夢魔に対抗する和歌。夢を叶えるべく現実で奮闘する者の歌。夢対夢の構図。

 はたして現われたのは、刀を手にした武士だった。


「なぁに? わざわざ召喚した者が、地べたを這い回るしか出来ない者だなんて! あっははは! 笑っちゃうわ! お前の事は用心するように伝えられていたのだけれど、まったく杞憂じゃないの!」


 サキュバスが勝ち誇る。彼女は調子に乗って己の背後関係を露わにしてしまった。それは彼女の失策と言っても良い。しかし、既に勝てる気でいたのでそんなことは気に模していないのだ。サキュバスはひゅんひゅんと腕を振るうと、その手に茨の鞭を手にしていた。


「いや、これこそがお前を滅ぼす必勝の歌なのだ。サキュバスよ、観念するがいい!」


 朧木が式神に指示する。式神は抜刀したままサキュバスに向かう。


「そうら! こちらの攻撃は地に届くが、お前達の攻撃は私に届くまい!」


 びしっ、ばしっとサキュバスが振るう鞭が式神を襲う! 式神は避け、或いは振り払うので精一杯だった。


「予告しよう、サキュバスよ。式神の刀は必ずお前に届くと」


 朧木には勝利の確信があった。その意志はくじけていない。


「バカな男ね! 夢魔を相手にするのなら、ありきたりに獏でも呼んでいればいいものを!」


 ひゅひゅんと飛び交う鞭。それが地面を抉るように振り回される。石畳を打った場所は石が割れている。その一撃は頭蓋をも砕く一撃のようだ。


「勝利への布石は既に行われている!」

「ならば見せてみなさいな。そうら、下らぬ式神を砕いてやる!」


 サキュバスが大きく振りかぶって鞭を振り下ろす。それは絶対安全と思われる場所からの慢心の一撃だった。


「覚えおけ、サキュバス。現代では海を渡ると書いて空をも飛ぶ事を。ゆけ、式神!」


 朧木が式神に指示を飛ばす。式神はそれに応じた。

 渡海した若者が夢を駆け上がるように、式神は夢の世界を駆け上がった。そして放たれる一閃。


「ぎゃあああああああああ!」


 サキュバスの断末魔の悲鳴。それが辺り一面に響き渡る。式神の刃はサキュバスに届いた。ドサリと地面に落ちるサキュバス。


「君は現実がつまらないものと言っていたが、現実がつまらないのは当人の問題と責任だ。世の中は現実で夢を叶えるべく奮起している者もいる。夢魔、現実に破れたり!」

「ぐぐぐぐ、おのれ! ドリームランドに人を捕らえれば、男を食い放題と言われて乗ったが、こんな退魔師がやってくるだなんて聞いていないよ! こんな事ならば、お前の相手は他の者に押し付けるんだった! あぁああああああ!!」


 サキュバスは叫びながら黒いもやとなって消えて行った。

 サキュバスとの戦闘は騒ぎとなっていた。店から来訪者達が顔を見せる。


「あ、あんた。ドリームランドで人気のサキュバスちゃんを倒しちまったのか!! 何て子としてくれたんだ! 城から兵士達がやってくるぞ! 罪人め!」


 来訪者達が明らかに敵意を見せている。これではまずいと朧木がその場を離れる。見知らぬ光景をどこへ行ったら良いのやらわからぬままに逃げ惑う。

 と、そんな最中の朧木に声が掛かる。


「陰陽師どの、こちらです!!」


 そう言いながら、路地裏から手を振る男がいた。


「あ、あなたはイムホテプさん!」


 朧木は来訪者達から石を投げつけられていて、慌ててイムホテプの方へと飛び込んだ。


「あなたはこの街は初めてでしょう。ご案内いたしましょう!」


 イムホテプが率先して朧木を誘導する。朧木はイムホテプについて行くしかなかった。


「イムホテプさん。まさかあなたまでここに来ていたとは」

「陰陽師殿。会話は隠れ家についてからに致しましょう。今は城から兵士達が来るかもしれないから隠れているのが吉でござろうて」


 イムホテプがそういうと、石壁をトントンと叩いた。回転扉がくるりと開いて中に入っていった。朧木も後に続く。

 中も西洋式の洋装の建物だった。明かりはランプで灯されている。


「いやはや、大変な目に遭った!」


 朧木が安全を確保できて、ようやくひと息をついた。


「サキュバスは夜な夜な男共の相手をしていて、彼らにはとても人気が高かったのです。とんでもない事をしでかしてくれましたな」

「倒すより他無いだろう! それにしても助かりました。ありがとうございます!」

「いえいえ、あのままでもあなたなら逃げおおせたでしょうが、お手伝いさせていただきました」


 そういうとイムホテプはにこりと笑うのであった。

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