第26話 恋愛成就の呪い 前編

 その日は例の如く魔紗が朧木探偵事務所を訪れていた。ヴォルフガングは狼の姿をとっており、寝そべって魔紗の相手はしていない。主に話し相手になっているのはさくらだ。彼女たちはロールケーキを食べながら御茶会をしている。


「まぁ狼男が元気にしているようでよかったわ。現存するキリスト教の歴史にも関わる西洋妖怪ですもの、いつか必ずバチカンまで連れ帰ってやるんだから」


 魔紗が決意を新たにぐっと拳を握っている。


「魔紗さんは狼男さんにご執心なんですね。ヴォルフガング君の果報者ぉ!」


 きゃっきゃと囃し立てるさくらであったが、ヴォルフガングとしてはとてもそんな気にはなれなかった。


「で、朧木良介。いつになったら狼男を引き渡してくれるわけ?」


 魔紗がくるりと所長デスクの方を向いた。その椅子では朧木がうたた寝をしていた。


「ごめん。呼んだ? 眠りかけていて話を聞いていなかった」


 朧木がはっと目を覚まして辺りをきょろきょろと見渡しながら言った。


「はぁ~、この探偵事務所。所長がこんな感じで大丈夫なのかしら」


 さくらが腰に手を当ててこめかみに手を当てている。


「そういえば亜門がうちのエクソシスト達に声をかけて回っているみたいだけれど」

「魔紗さんの教会にはエクソシストがたくさんいるんですか?」

「普通はそんなにはいないわよ。エクソシストはそれなりに修練を積まないとなれないんだから」

「魔紗さんも特殊な訓練を受けたりしてたんですか?」

「していたわ。それはもう幼少期の頃からね」


 さくらが感心している。


「いいなぁ。私も魔法の訓練とか受けたかったな。もしかしたら大魔法使いになっていたかも!」

「魔術はあまり感心しないわね。教会側としては基本的に禁止してきた歴史があるし」

「へぇ。そうなんだ。最近は乙女の間でも魔術のようなおまじないが流行ってますよぉ」

「・・・・・・魔女の量産される時代なんてとんでもない話ね。どんな魔術なのよ」

「それがですねぇ。深夜0時に針の頭を咥えて、水の張った洗面器を覗き込むと、なんと水面に将来結婚する運命の相手が映るという噂なんですよ!」


 さくらは興奮しながら語った。どうもこの噂話にかなり入れ込んでいるらしい。


「それはまた乙女チックな魔術ね。・・・・・・という噂という話しぶりからするに、あんたはまだ試していないみたいね?」


 魔紗は噂にはさほど興味なさそうだった。


「えぇ、そんな事で将来の相手を知ってしまってもつまらないと思って。未来はわからないから面白いと思うんですよ」

「へぇ。あんたにしてはしっかりとした考えを持っているのね。かしこいわね。その通りよ。人生一寸先は闇の道を切り拓くもの。起こることが全てわかっていたら退屈でしょうね」


 魔紗にとってはさくらの回答は意外だったようだ。考えなしに何でもかんでも行うイメージを持っていたのだ。その評価が多少変わった程度だが好転している。


「友達の中には試したけれど何も出なかったという子がいて、これってやっぱり魔術的な素養が無いとできないものなんでしょうかね。私の周りはあまり運命の相手が見れたって子がいなくて。美人の人も何も映らなかったって言っていて、でもその人が生涯未婚のままともとても思えないんです」

「私は魔術には詳しくないからなんとも言えないわね。朧木がわかるんじゃない?」


 急に朧木に話が振られたが、今度はきちんと話を聞いていたようだった。ただ、その表情はあまり面白そうではなかった。


「遊び半分に魔術を行うのは感心しないな。将来の相手を占うような魔術の類も珍しくは無いが、魔術の中には代償を必要とするような危険なものもある。少なくともよくわからないものを試すものではない。丼副君の友人がうまくいかなかった原因は、魔術そのものの精度が低いからか、手順を間違えたか、運命の相手が映る条件があると見た。それにしてもどこか不穏なものを感じさせる方法の魔術だな・・・・・・」

「所長が試せばうまくいくって感じです? 所長、独身だからまだ試せるでしょ♪」


 さくらは興味津々だ。この手の話が本当に好物なのだろう。


「僕は試さないよ! というか、その魔術。既婚者が実践したらどうなるんだろうね」

「水面に映ったのが結婚相手じゃなかったらどうなるんでしょうね!? セカンドラブの始まりを教えてくれたりして」


 さくらは真剣に考え込み始めた。そんなに重要なポイントだったのだろうか。


「丼副君の周りで実践者が出たようだが、それだけこの噂話は信憑性を持って広まっているという事なのだろうな。出所不明の魔術を試すというのはどうしてもいただけないが」

「口コミで広まった噂なんです。どこから始まったのかは私も知らないです」


 さくらの説明に魔紗は考え込む。


「やはり感心しないわね。魔術は魔術。素人が使っていいものではない。特に実戦的魔術はね。宗教的な理由もあるけれどさ。朧木と同意見で、私もやはり危険だと思うわ」

「えぇー、運命の相手を知るためのささやかな魔術じゃないですかー!」

「ささやかに見えるが、それは運命変転を可能とする恐ろしい魔術だぞ。未来を知るというのはそういうことだ。丼副君、君は魔術を知らなさ過ぎる」


 さくらはしゅんとなった。乙女のささやかな遊びとして広まっているおまじない程度の話をしたつもりだったが、本業魔術師やエクソシストからの反対を受ける形となってしまった。


「ヨーロッパで魔女と呼ばれた女性たちも、もとをただせば一般女性。興味本位で黒魔術に手を出すような人もいたでしょうね。それが時代によっては裁かれる時もあったくらいだったというのは知っておいて欲しいわね」


 魔紗の言葉もなかなかにきついものであった。ともあれ、オカルト専門家達が危険と判断するのならば触れないに限る。


「わかりました。私も周りの子達がやるのは止める事にします」


 さくらもおとなしくいう事を聞くのであった。


「それがいい。丼副君、恋愛を成就する悪魔召還とかももってのほかだからな!」

「えっ、所長。そんな悪魔もいるんですか!?」


 さくらの食いつきはこの日一番のものとなった。前のめりの姿勢になって尋ねている。


「いるわよ。ソロモン七二柱の魔神のレライエ。恋愛、復縁、禁断の恋となんでもござれよ。それから男性視点の話になるけれど、女性からの愛を得る術を授けるというゴモリーという名の悪魔もいるわね。・・・・・・朧木、この子にそんな話をするのは逆効果だったんじゃあないかしら」


 さくらはメモ帳に魔紗の話を熱心に書き込んでいる。後でどうするつもりなのだろうか。


「うーむ、女性の恋愛にかける情熱と言うものを侮っていたかも知れんな」

「実践はしーまーせーんー。後で調べるだけです♪」

「余計な知恵を付けさせるものでもなかったな」

「大変な従業員をお持ちのようで。さて、私はそろそろ教会に帰るわ」

「君もいつもなにしにここに来ているのかね。丼副君と仲良くおしゃべりをしているところは良く見かけるのだが」

「何って狼男の様子を見に来ているに決まっているでしょ。ちゃんと餌はやっているかとか気になることは多いんだから」


 ヴォルフガングは床に寝そべったままだ。彼は一貫してエクソシストの相手はしていない。


「魔紗君。君、ヴォルフガング君に避けられてないかい。片思いが過ぎるというものだよ」

「私は仕事でやっているだけよ。ちゃかさないで」

「はいはい。僕も丼副君をとやかく言えんな。ともあれ、ヴォルフガング君は非常に優秀なうちの従業員だ。彼が滞在を望む限りは、僕は彼を手放すつもりは無いぞ」


 彼が望む限りは、と付け加えてあるのが重要だ。狼男の意識を尊重している。一応妖怪にも人権はあるので、とても重要な事だった。


「それならそれで仕方が無いわね。それだけ私もここに長居する機会が多くなるという話よ。諦めないから。それじゃ、また」


 魔紗は悠々と帰っていった。


「まったく、とんだ客人だな」

「私は魔紗さんを頼りにしてますし、遊びに来てくれるのは嬉しいですけどね」

「一応、ここが職場なのは忘れてくれないでくれたまえよ・・・・・・。まぁ彼女も超常現象対策のエキスパート。僕の仕事がらみの付き合い相手はあるのだが」


 朧木にも魔紗という女はなんとも言えない相手なのだ。フェイと同じで対立構造の人間関係にあるにもかかわらず、朧木探偵事務所に出入りしている。


「さぁて、今日も御仕事終わっちゃいました。何もないから時間が長く感じるの何のと」

「暇させているのは僕が悪いんだけれどね」

「じゃあ、お先に失礼します」


 さくらも帰り支度を整えて帰宅していった。事務所にはヴォルフガングと朧木だけが残る。そのヴォルフガングもあくびをしている。寝ているように見えてエクソシストを警戒していたらしく、ずっと目を覚ましていたようだった。


「ヴォルフガング君、たまには一杯どうかね」

「酒かい? メイガスも好きだねぇ。オレはよしておくよ」

「そうかい。そいつは残念だね」


 ヴォルフガングはすっくと立ち上がった。


「今夜は用事があるんでな。悪いがまた今度頼むぜ」

「おや、そうかい。珍しいね」


 ヴォルフガングも事務所を出て行った。後には朧木一人が残った。


「見越し入道を退治して以降は大きな事件もなくなった。何事も無い日々は悪くないさね」


 朧木は過去に取り扱った事件ファイルを開きながらそう言った。長年の活動の履歴だ。そこには彼が戦った妖怪の記録が残してある。転生者として事件を起こした者の記録も残っている。

 ぱらぱらとページがめくられる事件ファイル。朧木は特に意識せず事件ファイルを机に置いた。その時、とあるページが開かれる。


 三枝聖。東西問わずあらゆる魔術に精通。朧木良介(後述を記録者とする)と交友を持つ。ある日、突如転生者として覚醒。人類救済の妄念に駆られて行動。記録者はこれと交戦、敗北する。その後、対象の行方は知れず。現在も人類救済を目的に行動していると思われる。記録者は現在もこれを追跡中。


 朧木はその記録に目を留める。一人の男の写真も添付されていた。優しそうな表情をした男性。朧木はその写真を苦々しそうに見ている。


「三枝・・・・・・今お前はどこで何をしている・・・・・・」


 朧木はぱたりと事件ファイルを閉ざす。ふぅとため息一つ吐いた。

 その後、朧木は事務所の戸締りをして退所する。

 朧木は夜道をふらりふらりと歩く。彼の足はいつもの如く女狐CLUBを目指していた。朧木の行きつけの店である。

 からんからん、店の扉の鈴がなる。


「あら、良介ちゃん。お久しぶりね」


 迎えたのはバーのママであるジュリアだ。


「あぁ、いつものをロックで頼む」


 まだまだ空いている店内。その日は他に女性客が訪れていた。店の水晶占い師目当てに女性客も訪れるのだ。朧木は迷わずカウンター席に座った。

 カウンターにコトリと置かれるロックグラス。朧木は琥珀色の飲み物が注がれたグラスを手に取った。


「今日もお仕事お疲れ様」

「疲れるようなことはなにもやっていないがね。ははは!」

「自慢できる事じゃないでしょうに。あなたも相変わらずね」


 いつものように御決まりのような言葉を交わす。ジュリアも普段は朧木が暇しているのは知っていた。

 朧木の息抜きタイム。それは静かに夜が更けていくと思われた夜の出来事。

 からんからん・・・・・・入り口の鈴がなる。誰か他の来客があったようだ。いつもの事なので朧木は気にせず酒を呑み続ける。と、朧木とは一つ席を空けて女性がカウンター席に座った。どうやら一人客のようだった。ジュリアは後から来た女性の接客に入る。

 女狐CLUBに来る女性はただの女性ではない。店は女狐や悪女と罵られる様な女が集う魔の巣であった。だからというわけではないが、朧木はこの店で女性と関わろうとはしない。わけあり女が多すぎるので詮索も危険である。

 朧木の近くに座った女性も陰気な雰囲気を漂わせていて近寄りがたいものがあった。ただ、その女性はその店に訪れるタイプ以上に輪をかけてただならない存在だった。

 女性は酒を呑むたびため息を吐く。そのため息が炎となっているのだ。度数が高すぎるアルコールを呑んでいるわけではない。彼女は生きた人間ではなかった。幽霊なのだ。

 しかし、これまたジュリアは慣れたもので普通に接客していた。ジュリアも普通の人間ではないのだ。全く問題視していないらしい。

 落ち着かないのは朧木だった。隣で火を吐く女がため息混じりに酒を呑んでいる。その女が酒を飲み干し、グラスの中でころりころりと氷を転がし始めた。

 ジュリアがグラスにお酒をついで女性へと差し出した。


「御隣のお客様からです」


 女性は怪訝な表情でそれを受け取った。そして横にいる朧木に視線を移す。


「・・・・・・・・・いかが致しました?」


 朧木は椅子の上で足を組み、女性にそう尋ねる。僅かながらに興味が勝ったのだ。朧木は根負けして火を吐く女性に酒をおごって話しかけたのだった。


「えっ、・・・・・・私?」

「そうです。ため息が多く、何かあったのではないかと思いまして」

「たいした問題じゃあないわ」

「そうですか、だいぶ思いつめていた表情だったので気になりまして」


 女性は朧木に話しかけられて困惑していた。特に話す気もなさそうであったので朧木も余計な深入りはせず、自分の酒に戻ろうかと思った時であった。


「そうね、聞いてくださるなら話すことも吝かではないわ」


 女性は重い口を開いてくれるのであった。


「ええ、私で出来る事なら何でも。話を聞くくらいであればできますし」


朧木もジュリアに追加のお酒を頼んだ。そして女性はつらつらと話し始める。


「私は生前とあるホストに貢いでいたの。それはもう何百万とね。その時は後悔をしていなかったわ。相手の人の役に立っているって嬉しかった」


 朧木は話の始まりから既に何かどろどろした物を感じ取っていた。既に話のオチまで予測している。だが、黙って聞いていた。時折相槌を打ちながら。


「でも、ある時そのホストが他の女と歩いているのを見てしまって。つい飛び出したわ。その女は何!? ってね。でもホストにとってはその女の方が本命だったみたい」


 朧木はその本命と思われる女性もそうじゃないのではないかと疑った。だが、疑うだけで特に何も言わなかった。


「私は必死になってホストに食い下がったわ。でもダメね。都合よく捨てられちゃった。失意のどん底にいた時に、無理してお金を稼いでいたのが祟っちゃってね。倒れちゃったのよ」

「それはつらい時に大変だったんじゃあないですか。苦しかったでしょうね・・・・・・」


 流石にここは朧木も同情した。泣きっ面に蜂というやつであろう。


「そう。とても辛かったわ。でも一向に体が良くならなくて、結局死んじゃったの」


 自分で死んじゃったという女性はしかし、さしてそのことは気にしていない風であった。


「それはまたご愁傷様でした」


 当人にかける言葉なのかどうかはわからなかったが、朧木はそう言った。


「失意のうちにこの世を去って、はじめは呆然としていたわ。死んでも死に切れなくて街中をさまよっていたら。なんとあの男を見つけたの。高級車を乗り回して助手席に女を乗せていて・・・・・・見かけたらなんだかどす黒い感情がわきあがってくるのを感じて、たたり殺してやろうとホストの車のボンネットに張り付いたの。彼、ビックリしていたわ・・・・・・」


 ボンネットに女性が急に張り付いてきたら、相手が生きていようがそうでなかろうが仰天するだろうなと朧木は思った。


「後一歩のところで私は車から振るい落とされちゃって、腰を強く打っちゃったの。目的は果たせないわ、腰の痛みはひどいわでどうすることも出来なくて、仕方なく生前に良く通っていたこの店にやってきたのよ」


 流石の朧木もこんな話のオチは予想していなかった。なんともかける言葉が見つからない。


「それはなんと言ってよいのやら・・・・・・」


 朧木は言葉を濁すばかりである。


「なんだか話を聞いてもらったらすっきりしちゃった!」


 女性の幽霊はなんとも明るい雰囲気になった。死んでいるのに元気はつらつである。


「あぁ、僕がお役に立てたのなら何よりです」


 特に何かしたわけではないが、とりあえず朧木はそう言っておいた。


「えぇ、助かったわ。大事なのはこれまでよりこれからの話よね! 一度祟るのに失敗したからってなんだって言うのよね。レッツポジティブシンキング! 人生トライアンドエラーよ! 何が何でもあのホストを祟ってやるんだから!」


 女性の背にぼっぼっと人魂が燃え盛る。これからの人生を前向きに考える一人の女性がここにいた。

 しかしこのままでは生者が祟られる事になるので、朧木は女性をそのままにしておくのも躊躇われたが、話を聞けばホストの男の因果応報もあるだろうと思い、そのままにする事にした。


「えぇ、大事なのはこれからどうするかですよ。人生愉しんだもの勝ちです」


 朧木はとりあえずそれっぽいことを言ってごまかした。教唆にならない程度に話を留めておこうと企んでいる。


「花の命は結構長い! こんなもので終わるものですか。私の人生の第二幕の始まりよ! そうとわかったら仕切りなおしだわ。ママ、御勘定」


 この間黙っていたジュリアが会計を進める。話の流れにもどうと思うことも無いらしい。淡々と仕事をこなしている。

 女の幽霊は張り切って店を出て行った。


「良介ちゃん、良かったわね。あの子元気が出て・・・・・・」

「・・・・・・良かった、のかなぁ」

「いいのよ。でも、とんでもない御話だったわね。あの子には悲劇でも第三者にはドタバタコメディにしか聞こえなくて、笑わないようにするので大変だったわね」


 ジュリアはくすりと笑った。朧木は何といったら良いのか必死に考えていたので、そっちはそっちで大変だった。


「流石にあの話の行方は想像できなかったヨ」

「幽霊になる人にも色々いるのね」


 生前からこの女狐CLUBに通っていた女なのだ。ただの女であるわけはなかった。


「あれはいずれ本懐を遂げそうだなぁ・・・・・・止めとけば良かったかな」

「いいのよ。男が悪いんですもの。それはそれとしてもとんだ怪談になったわね」

「故事にもこういう話はあるよ。井原西鶴が俳諧の友と訪れた湯殿山にて遭遇した腰抜け幽霊の話さ。あっちは最近の若い者は幽霊になっても気迫が無いから怨念が相手に届かない、口ばかり達者になって困ったものだという説教話だったけれど、こっちの話は女性の幽霊がパワフルすぎる気がするなぁ。これも時代かねぇ」


 朧木はカランと空になったロックグラスの氷を転がして音を鳴らした。おかわりの催促である。ジュリアはいつものように二つ目のグラスを差し出した。


「女は昔からタフなのよ」

「はいはい。恐ろしい事で・・・・・・それにしても今日は恋愛がらみの話ばかりだな」

「へぇ、どんなどんな?」


 ジュリアはとても聞きたそうな雰囲気であった。


「なんだったかな。確か、深夜0時に針を咥えて水を張った洗面器を眺めていると、運命の相手の姿が見えるとか何とか、そんな魔術が流行っているとか」


 ジュリアが話を聞いて驚いている。


「へぇ、良介ちゃんもその話を知っているんだ?」

「うちの従業員の女の子がそんな話をしていたのさ」

「今女の子の間で話題なのよ。確かな効果があるからって、うちのお店でも噂で持ちきりよ。運命の相手の姿を見た子が何人もいるんですもの」


 朧木は気にはしなかったが、どうも効果の有無は話が広がるクラスターによってちがうようであった。さくらの話では何も映らない子がいたと言う話である。


「女性は恋愛に関しては本当に熱心だよねぇ」

「人生の一大テーマですもの。まぁ、うちのお店に来るような子は色々と大変な子が多いけれどね」


 全うな恋愛話は少ないであろう女狐CLUB関連の女性たちである。


「その子にも言ったんだけれどね。遊び半分に魔術なんかしないほうが良いよって。ジュリアの周りの子にもそう言っておいてあげてくれないか」

「うーん、良介ちゃんがそういうならそうするわね。ただ、一つお願いしたいことがあって」

「なんだい?」

「その運命の相手を知る魔術を使った子の中で何かあったような子がいてね。なにやら体調を崩してふさぎ込んじゃっているのよ」

「体調を崩した? そんな危険な魔術だったのか」

「それが関係があるかはわからないけれど、ふさぎがちになっちゃった子が一人いるのよ。お願いできないかしら。御代はそうね、こちらのお酒でどうかしら」


 ジュリアが背後の棚から高そうなお酒を一本取り出す。


「おっ、こいつはいいや。引き受けた!」


 酒には目が無い朧木良介。話を聞く限りでは面倒ごとではなさそうだったので気軽に引き受けてしまった。それが、結構な面倒ごととなる話であることを彼はまだ知らない。

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