第二章 朧木良介の受難

第20話 家の怪異 1

 それはいつもの如くなった探偵事務所の様子。暇をもてあました魔紗が、これまた退屈している丼副さくらと談笑している。他にいるのは床で寝そべっている猫まんだけだった。

 ご機嫌で話しているのはさくらである。


「この間猫まんの餌を買いにペットショップに行ったんですよ。その時に私もペット飼いたいなと思って、店内を色々見て回ったんです。犬や鳥、猫・・・はこいつがいるからいいや。とにかく今いろんな種類のペットがいるんですね。爬虫類は苦手なので、小動物がいいなと思って色々みていたら、運命の子がいたんです! 一匹だけ売れ残って、やさぐれた態度で過ごしていたハムスターちゃん! 思わず買っちゃいました!!」


 さくらの台詞に、魔紗は怪訝な表情を浮かべた。猫まんは一瞬「猫まんの餌」と言うさくらの台詞のキーワードに眼をカッと見開いたが、餌の時間ではなかったと知るやすぐに寝た振りを決め込んでいた。


「やさ・・・・・・ぐれた? どういう選考基準であんたはペットを選んでいるわけ?」

「きっと、他の子と離れ離れになってやさぐれていたんです。つぶらな瞳で足を投げ出して、ペットケージでデデンと座っていた姿が可愛いのなんのと」

「うーん、時々あんたの事がわからなくなるわ。可愛いの定義が私と違いそうな気がする。あと、なんかあんたダメな男に引っかかりそう」

「えー。私、所長のような人はタイプじゃないですよぉ」


 さくらがないないと身振り手振りでアピールする。


「ふーん、あんたの朧木に対する評価はそんな感じなんだ」


 魔紗はとても意外そうな表情だ。


「だって、先行き怪しい探偵事務所の経営者じゃあ将来性も危ういですし、仕事に消極的で展望も望めないですからね」

「そのダメな所長は今なにをしているのよ」

「なんでも、表の御仕事があるとかで出払っています」

「そこが私には意外なのよね。朧木くらいの腕があれば、退魔業だけでやっていけると思うのだけれど」

「うーん、なんでなんだろう。聞いたことないです。というか、私は退魔業の御仕事をしているところを見たこと無いのでなんともいえないです。所長が転生者と呼ばれている方々を妖怪以上に敵視していたような記憶しかないです」

「へぇ、そこのとこ、あんたは何か話を聞いていないの?」

「残念ですが詳しい事は聞いてないですね。猫まん。何で所長が転生者を嫌っているか理由を知っている?」

「・・・・・・知ってはいるが、本人のいないところでべらべら話すのもなんだねぇ」


 猫まんはそ知らぬ顔でぺろーりぺろりと毛づくろいを始めた。


「猫まん。餌の買い置きに猫缶も買っておいたんだよ」

「この子ったら、大事な話は先にするもんだねぇ。・・・・・・そうさねぇ。良介には古い友人がいてね。良介に月魄刃という術を教えた人物なんだが、彼は転生者でね。ただ、その人物と仲違いしてしまってねぇ。ひどい喧嘩で良介はこっぴどくやられてしまったんだよ」


 急に饒舌になった猫が朧木の過去を暴露する!


「へぇ、所長ったら喧嘩で負けて根に持ったんだ。転生者嫌いは他の人への八つ当たり? 見損なったな・・・・・・」

 さくらがすごく残念そうにつぶやいた。猫まんは無言で目を細めて、そんなさくらの様子を見ている。


「・・・・・・まぁ、根に持つだろうねぇ。その人物とは現世にて決定的に決裂してしまったんだねぇ」

「猫ちゃん。朧木と喧嘩したというその転生者もオカルトドラッグの使用者だったわけ?」


 魔紗も興味津々に尋ねた。


「いや、違うよ。生粋の天然の転生者。術者としても良介よりも上だった。・・・良介は善戦した方さ」


 猫が無表情で遠くを見るような眼をした。猫なので何を思っているのか読み取りづらい。


「へぇ。高名な術師の転生者なわけ? それなら朧木がこてんぱんにやられたとしてもおかしくはないね。まぁ、彼がそれで根に持つというのは意外だけれど」


 魔紗は軽く朧木をフォローした。


「そんなところだよ。さて、餌の時間はまだかねぇ」


 猫には餌の事にしか興味はなかった。気がはやる猫まんはそわそわしている。


「猫まん。ご飯はまだまだだよ」


 さくらは笑顔で答える。すぐにはやらんと言う意思が見て取れた。


「うーん。絵に描いた餅だねぇ。まぁ、楽しみに待っておくよ」


 猫まんはコロリンと寝転んだ。


「朧木のことはいいけれど、狼男はどうしたのさ! 私は彼の様子を見にきたんだよ。つい談笑しちゃったけれど」

「魔紗さん。狼男のヴォルフガング君は普段は事務所にはいないですよ。と言うか、今日は所長の御仕事の手伝いをしています」


 ちょうどさくら達がそんな話をしていた頃、朧木は街中にいた。人間の姿をとっている狼男のヴォルフガングも一緒だった。

 朧木の表情は真剣そのものだ。気配を隠して注意深く様子を伺っている。


「ヘイ、メイガス。首尾はどうだい」


 ヴォルフガングも気配を隠している。元々狼なので気配を隠すのもわけはなかった。


「うん。ターゲットに動きがあるかもしれない。もう少し様子を見よう」


 朧木の視線はとある喫茶店へと向いていた。彼は注意深く出入り口を見張っている。


「なぁ、今回の仕事に俺は必要だったか?」

「ヴォルフガング君。君の追跡能力は今回の仕事にとても向いている。まかり間違ってターゲットを見失ったとしても後を追うことができるだろう」

「あんたも手広く仕事をやっているのさな。不貞行為の調査なんぞ、術師がやる仕事じゃねぇだろうによ」


 ヴォルフガングの質問はもっともだった。朧木は術師としての能力は高い。それは朧木と戦ったヴォルフガングもよく理解していた。朧木は何かを使役するサマナーのような戦い方であるが、とても戦い慣れていると感じたくらいだった。


「一応僕の仕事は探偵なんでね。表向きの仕事もきちんと請けている。迷い猫探しもやったなぁ。前回の事件も失せ物が発端だったんだ」

「しかしよぉ、メイガスと狼男が揃ってやる事かい? なんだかオレは気乗りしねーよ」


 ヴォルフガングは呆れ顔だ。


「僕はこういう仕事も市井の皆様の為になる大事な仕事だと思っている。超常現象の対応が必要な仕事なんてのはそうそう発生しないしね。それに妖怪相手に切った張ったばかりなのもねぇ」


 そういう朧木の表情はとても真剣なものだ。自分の考えに一縷の迷いさえ感じさせない。


「ま、たしかに危険もない楽な仕事だから良いけどよ」


 その点にはヴォルフガングも納得がいったようだ。モンスターではあるが彼は好戦的ではない。積極的に人に害を為そうとするものでもない。


「おっ、ターゲットが動き出した。僕らも後を追おう」


 朧木達は動き出す。会話の最中にも注意を怠ってはいなかった。

彼らが成果を出すのはその数時間後だった。ターゲット達があるホテルから出てくるところを写真に写す。


「これでよし。最低限の成果はあがったぞう! これも狼男君のおかげだな」


 朧木は上機嫌だった。ターゲットを追跡してそれなりの日数が経過していたのだ。


「へいへい。お役に立てたようで何よりだ」

「では一旦事務所に戻ろう」


 ひと仕事終えた彼らはいつもの場所へと帰る。戻る二人をさくらが出迎えた。


「おかえりなさーい。今日も魔紗さんが来ていらっしゃいましたよ」

「おやおや、ヴォルフガング君。ほんと君は彼女に熱烈に愛されているねぇ」


 朧木の台詞にヴォルフガングは露骨にいやな顔をした。


「勘弁してくれよ。生きた神秘の証跡としてバチカンの地下に幽閉されるんだろう? だまったもんじゃねぇ。あの女のは狩人のしつこさだぜ」

「ともかく今日は御疲れ。ヴォルフガング君はもう上がってもいいよ」

「そうさせてもらうぜ。じゃあな」


 ヴォルフガングは颯爽と探偵事務所を出て行った。彼は自由気ままな狼が本性だ。規則だとか役割とかで、何かと縛り付けておくものではないという朧木の気配りだった。


「ところで所長。御仕事の方はどうでした?」

「あぁ、物的証拠を押さえられたよ。何とか依頼人の要望を果たせたな」


 さくらは難しい表情だ。何かが納得いっていないようだ。


「所長。依頼された段階ではまだ不貞があったかは確定じゃあなかったんですよね。本当なら何もなかったのが一番だったんじゃぁ・・・」

「ふむ。丼副君の言いたい事もわかる。だがね。僕のところに依頼が来る段階で、依頼人の中では既に確信があったからなんだ。そうじゃなきゃ高額な調査依頼なんてやらないさ。裁判にまで持っていくつもりだから僕のところまで来たんだよ」

「そういうものなんですか?」

「残念ながらね」

「でも、所長。不貞行為を働いている人達も市井の人なんじゃないんですか。所長は市井の人々の安寧を護るとか普段から言っているじゃないですか」


 朧木は苦笑した。


「そこはほら、僕は真っ当に生きる人々の味方だからさ」

「じゃあ、その真っ当な市井の人に御仕事の成果があったご連絡を差し上げておきますね」

「あぁ、頼むよ。あぁ、疲れた。尾行は見つからないように、見失わないように気を張り詰めたままになるから大変だよ」


 朧木はドカッと所長用の椅子に座った。

 そんな時である。コンコンと事務所玄関の扉がノックされた。


「はーい」


 さくらが応対しようと玄関口まで出て行く。扉を開けた先にいたのは亜門だった。


「やぁ、朧木さん。突然ではあるが失礼するよ」

「これはこれは亜門さん・・・。御忙しい中ご足労頂きありがとうございます」


 朧木は丁寧に挨拶していた。本来なら面倒な仕事を終えて帰ってきたばかりなのだから息抜きをしていたかったであろうに、である。なお、さくらは亜門を見るなり嫌そうな顔をしていた。彼女はまだまだ若い。

 亜門は応接室の椅子に座る。朧木も対面の椅子に座った。


「仕事のほうは順調かね?」


 亜門はまずは世間話から入るようであった。急な来訪であるから何か大事な用事があるであろうが。


「最近は平和そのもので、裏の仕事は全くありませんな。今日も表の仕事で食いつないでいましたよ」

「平和なのは良い事であるが、やはり仕事と言うものは選ぶべきだとは思わんかね。下賎な生業を持つのはどうかと思うのだがね」


 亜門が朧木を嫌う理由の一つに表稼業の件があった。亜門は朧木の表の仕事を見下している。だから自分の主の怪貝原議員と懇意にするのは非常に問題があると考えていた。


「・・・それも市井の皆様の為ですので」

「君がそうやってのほほんと過ごしている間に、怪貝原議員のライバルである山国議員は陰陽寮の立ち上げの為に前身組織を作ろうとしているぞ。中華系道士が台頭し始め、日本人の門下生も持ち始めた。いずれは大きな障害となるであろう」


 それは朧木には初耳だった。だが考えてみれば当然だ。公的機関である陰陽寮に外国人をつけるというのは考えにくい。だから彼らの元で人材育成を始めたのだ。朧木はフェイ・ユーを思い出す。彼はとても実戦的だった。場数も踏んできているようだ。何より彼らにも歴史と伝統がある。技術として体系立っているのだ。日本人道士を生み出すのもそう遠くはないだろう。


「・・・その中華系道士の集団には覚えがあります。彼らならそれなりの日本人道士を生み出すでしょう」

「だが、それでは困るのだ! 怪貝原議員のライバルが力をつけてしまう。このままではパワーバランスを覆されかねん。そうなってからでは遅いのだ。こちらもそれなりに人数を揃えなくては。怪貝原議員は君の事を信頼しているが私は不安しかない」


 亜門は堂々と朧木への不満をあらわにする。


「そう言われましても僕は弟子をとらない主義でして。そもそもうちは一子相伝の秘伎。僕の術も一朝一夕にできるようなものではなく…」


 朧木は弁明するが亜門は聞くつもりがないようだった。


「ならばいかに彼らに対抗するつもりかね。・・・私はバチカン系カトリックのエクソシスト達の協力を仰ごうと思う。異論はないかね?」


 亜門は朧木が人材育成向きの人間ではないことを承知の上でこの話を持ち出したのだ。朧木には当然反対できるわけがない。だが・・・。


「亜門さん。術師というのは数がいれば良いというものではありません。大事なのは質です。優れた個人の能力は1000人の凡庸な術者に勝ります。このことを念頭においていただければ、僕は亜門さんの意見には反対致しません」


 朧木は条件を出した。すなわち少数精鋭とすること、である。それともう一つ朧木には懸念があった。


「亜門さん。いまひとつ。怪貝原議員は仏教系の人であります。その点、今回外部宗教の協力を仰ぐ上で問題になるのではないならば、僕は構いません」

「なに。昨今は様々なタイプの術師達がいる。キリスト教と仏教の間に宗教対立はない。特に何も問題はなかろう。・・・それにこれは怪貝原議員から伺った話であるが、前回の事件を持ってしても総本山は動かなかった。ならば、この先介入してくる事もまずあるまい、とのことだ。ゆえに私が動いたのだよ」

「・・・そうであるならば、僕は一向に構いませんよ」


 恐らくは今後朧木の立場が危うくなるであろう提案ではあるが、朧木には亜門の意見に反対する理由はこれ以上出てこなかった。

 亜門がにやりと笑う。この話の行き着く場所は最初から彼の想定されたとおりであったのだろう。このような手腕について亜門は優れていた。


「そうであろう、そうであろう。幸い私には魔紗君というコネもある。早速話は進めさせてもらおう」


 今回の話。亜門なら朧木に無断で進める事もできたはずだ。だが、敢えて朧木に苦汁を飲ませる為に話を持ち込んだのだ。それくらいには彼は陰湿だった。

 やむをえないという表情の朧木に対し、亜門は満足そうに頷いた。朧木の政治的な立場の苦境は、実は前回の事件の時とそれほど変わってはいなかったのだ。目先の事件をただ解決していればよいというわけではなかった。

 亜門はそれを承知の上で・・・。


「しかしだ。君にも役割がある。ないがしろにするわけにもいかん」


 亜門はニヤニヤしながらそう切り出した。


「と、おっしゃいますと?」


 朧木は亜門の腹積もりを探りながら返事を返す。


「君に仕事の話を持ってきた。話の出所は児童相談所であり、とある問題から力を借りれないかと相談を受けている。もっとも、今回の件はさすがに怪貝原議員の御手を煩わせるものとも思えぬゆえ話は通しておらんがな」


 つまり、こなしたところで朧木は恩人の覚えがめでたくなるわけではないと暗に伝えている。そして・・・。


「朧木さんに仕事の話というのは、児童相談所で相談を受けていた児童の一人が行方不明になったというのだ。この街中で。これはテレビ等のニュースにもなっている」


 朧木は記憶を遡る。確かに児童が行方不明になったというニュースは少し前に見ていた。


「なるほど、人探しと言うわけですね」

「そうだとも。君は表稼業で人探しもやっている。適任と思ってこの話を持ってきた。なに。きちんとした報酬の出る仕事でもある。君は警察関係者とも懇意にしているだろう。彼らと協力して行方不明になった児童を探してもらえないだろうか?」


 朧木は思わず舌を巻いた。してやられたといった思いだ。亜門は朧木に仕事の斡旋をしているという姿勢は崩していない。その上で対応に時間が掛かりそうな事件の話を持ちかけている。これは亜門が対朧木用の布陣を整える間に他の事ができないように牽制する意味もある仕事の依頼だ。ほんとに困った事に、亜門は朧木と不仲な事を除けば非常に優秀なのだ。

 朧木には亜門の思惑が透けて見えていたが、しかし断るような真似等しない。なぜなら、それは困った市井の人間からの相談であるからだ。


「わかりました。御引き受けいたします」


 朧木の返事に迷いはなかった。


「そうであろう、そうであろう。ここに今回の事件のあらましと関係者各位の連絡先がある。君は実に優秀だ。きっとこの事件も解決してくれるであろうことを祈っているよ」


 亜門の腹芸、ここに極まれり。内心自分の策どおりに話が進んで上機嫌でなのである。仕事がうまくいこうがそれは当然。失敗したら槍玉に挙げるつもりなのは明白だ。

 亜門は鞄から書類を取り出して応接用のテーブルの上に置いた。朧木はそれを受け取った。


「・・・亜門さん。毎度御仕事を斡旋して頂きありがとうございます。今後とも御引き立てのほど、よろしくお願いいたします」


 朧木は複雑な胸中であったが、きちんと亜門に礼をした。少なくとも正すところは正す。相手にいささかの問題があろうとも。


「ふむ。・・・これも怪貝原議員を思えばの事。君が活躍すればそれはひいては怪貝原議員の評価ともなるのであるからな」

「亜門さんの怪貝原議員への深き忠誠、並ぶ者はいますまい」


 朧木は亜門の自分への仕打ちも怪貝原議員への忠誠から来ていることは知っていた。だから感心しているのだ。的確適切な選択で自分を追い詰めてくる亜門という有能な男を。そうであるからこそ朧木は亜門と同じ方向を向いて仕事を出来ないことを悲しんだ。


「おだててくれてもこれ以上は何も出んぞ。さて、私は帰るとしよう。では、朗報を待っている」


 亜門は悠々と探偵事務所を後にした。それはすべての策略が思惑通りに進んだ男の凱旋であった。

 静まり返る事務所内。その沈黙を破ったのはさくらだった。


「私、やっぱりあの人嫌いですっ!」


 感情表現がストレートだった。さくらは朧木が冷遇されているのが未だに納得できていないのだ。様々な事件で活躍している朧木を見ているからこそ尚更だ。


「・・・まぁまぁ。こうやって御仕事を運んできていただいているんだから」

「所長は悔しくないんですかっ!」


 さくらの怒りは収まらない。


「僕としても内心思うところはあるよ。だが、亜門さんの考えに間違いは無い。本来は彼こそが怪貝原議員の懐刀と呼ばれるべき存在であるのだろう」

「所長だってたくさん活躍しているじゃないですか?」

「・・・僕のやっている事は与えられた仕事をこなしているだけだ。怪貝原議員の抱える本質的な問題には対応できていない。それをやろうとしているのが亜門さんだ。ほんと、かなりのやり手だよ。あの人は」

「なに怨敵に感心しているんですかっ!」

「怨敵って! ま、今回は僕がやり込められてしまったからね。勉強させてもらおう」


 朧木は早速亜門から渡された資料に眼を通した。

 書かれているのは行方不明になった児童名。家族構成。児童相談所に相談があった履歴。相談を受けていた児童相談所の連絡先と、事件の対応に当たっている警察署の記述、それから事件のあらましだ。

 要約すると、児童相談所に通報のあった一家から、ある日問題の児童が忽然と姿を消してしまったことにある。

 この件では親はあまり慌てておらず、ことを重大視した児童相談所が警察に相談。事件として発覚している。


「家族構成は・・・ふむ。シングルマザー。母子家庭か。行方不明の児童は小学六年生の男児。三週間前に忽然と姿を消す。行方不明事件として地元警察は追っているが、その後の進展なし。・・・三週間か。子供が一人だけで生きていけるような期間ではないな。これは誘拐を疑った方がよいレベルだが、特に怪しい目撃情報や電話もなしか」


 朧木は最後に書かれていた内容に気を取られた。それは、3日前に一家が暮らす街の隣町で児童の目撃情報があったという事だ。それは行方不明児童の同級生が目撃している。だが、その時の児童に同行者がいたと言うような話は書かれていない。


「所長。解決できそうな事件ですか?」

「この情報ばかりじゃあなんともいえないよぉ。そうだなぁ。3日前に目撃情報がある。この地点を重点的に探してみるしかないが、それは既に警察がやっている事だろう。ならば僕が探してもたいした情報は見つけられないだろう。それより気になるのは行方不明児童が単独で行動していた点だ。もしかすると、これは行方不明児童の意思で行方をくらましていると考える事もできる」

「・・・なんですか。それ」

「つまり、家出ってことさ」


 朧木は眉間の辺りを揉み込んだ。少々裏がありそうな事件だった。小学生が自分の意思で行動している。だが、三週間も寝食をする場を持っているのも間違いなさそうだ。第三者の手引きがあった可能性が高い。

 朧木は僅かながらに捜索が難航しそうな予感を感じたのだった。

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