第2話 2つの仕事の依頼

「あ、いらっしゃいませー!」


 さくらは割烹着姿のままで飛び出し、とびっきりの笑顔で客を出迎えた。

 訪れたのは近くにある櫻田神社の神主だった。


「やぁ、お久しぶりです。神主さん」


 朧木は立ち上がって挨拶をした。さくらは神主を応接室の席へ案内する。神主はロングソファーの中央に座った。


「やぁやぁ、朧木さん。ご機嫌いかがかな。本日は折り入って頼みがあってやって来た」

「おや、僕にお願いとは何か困りごとですか?」


 朧木は神主の対面の椅子に座った。そのタイミングでさくらはすかさずお茶を差し出す。


「そうです。実は・・・うちの神社にあった刃物の一部がなくなりまして・・・」


 朧木は意外そうな表情をする。


「刃物? 詳しく伺えますか?」


 神主は頷いた。


「ええ。まぁ、なんと言いますか、古くからある刀でして…」

「どのような刀です?」

「銘は加州清光。その切っ先だった物なんです」


 神主はそういうと写真を一枚出した。そこには折れた刀の切っ先が写っていた。朧木は写真を覗きこむ。


「これはまた変わった失せ物探しですね」

「そう思いますでしょう。うちの神社に縁のある方の所持品だったものであるため好事家も多く、もしや盗まれたのではないかと考えまして・・・」


 朧木は顎に手を当てる。しばし思案する。


「ふぅむ、なるほど。探すのに苦労しそうな一品ですね」

「謝礼は弾みますので、引き受けてくださいませんか? ・・・これは前金で」


 神主は札束を三つほどテーブルに置いた。朧木はそれを見てキリッとした表情をした。


「引き受けましょう。色々失せ物探しのつてもありますので、お任せください」


 朧木はにっこり笑った。


「なるほど、話は早い! ではお任せしましたぞ! 失せ物は大事な奉納品だった物ゆえに、野放しにはできんのです」

「ほぅ。奉納品、ですか」

「まぁ、朧木さんにお任せする流れでうすうすご承知でしょうが、『発生する出来事への対処』も含めてお願いいたします」

「・・・それはどういう・・・」


 朧木が何かを言いかけようとしたところ、神主は立ち上がる。


「では、わたくしは折れた刀のもう片方の鎮護の役目がありますのでこれで」


 神主はそういうとそそくさと事務所を出て行く。


「ありがとうございましたー」


 玄関をくぐって出て行く神主にさくらはそう声をかけた。


「なにやら含みのある依頼内容だな。羽振りが良いだけになおさら気にかかる」


 朧木は顎に手を当て思案にふける。どうやら引っかかる点があるようだった。

 さくらが手の付けられていないお茶を片付ける。


「お話はあっという間でしたね。朧木さんはこの仕事は解決できそうなんですか?」

「なんとも言えないな。犯人がただの好事家ならば、似たような仲間内で自慢をすると思うから探しやすいんだがね」

「報酬を前金で頂いちゃって大丈夫なんですか?」

「必要経費込みで置いて行ったようだ。駄目もとで探すつもりのようだな」

「盗難なら警察に届け出ればいいのでは?」

「・・・恐らくはその上で僕のところに来たのだろう。まずはその手のマーケット辺りを探してみるか・・・銘を聞いてピンと来たよ。確かにこれはあの神社には重要なシロモノかもしれない。これはあの有名な・・・」


 と、朧木が何かを言いかけた時、再びチリンチリンとドアの呼びベルが鳴った。

 訪れたのは男一人と女一人。男は黒いスーツを着た恰幅の良い姿で、頭髪は整髪料をたっぷり使っているのだろうオールバックだ。手にはビジネスバッグをぶら下げている。…中間管理職クラスのサラリーマンを思わせるような全体像だ。かたや女性は白と紺色の修道女のような姿だった。顔立ちは美しく、日本人離れしていた。わずかに覗く髪の毛は亜麻色で、どうもハーフかなにかであるようだ。彼女は鞘に入った剣とマスケット銃らしきものを持っている。…一見すると何かしらのコスプレのように見えなくも無い。

 とても奇妙な組み合わせだった。

 さくらは客人を応接室の客席まで案内した。

 朧木は居住まいを正して所長椅子に座りなおしていた。

 さくらはお茶を淹れ直して客人に出した。玄米薫るお茶だった。

 そしてさくらは朧木の席のそばに向かった。さくらは声量を落として朧木に話しかける。


「今日はこれ以上の来客の予定は無かったはずですがー」

「ふむ、ご一緒の女性が誰かは知らないが、お客様の話を聞かせてもらおう」


 朧木は面倒くさそうに頭を掻いた。どうやら男の来客の方は朧木の知り合いだ。

 朧木が応接室で客人の正面に座り語り掛けた。


「お久しぶりです。亜門さん。怪貝原議員はお元気ですか?」


 来客の一人、男の名を亜門という。

 亜門は怪貝原議員という男の秘書だった。客人はすすっていたお茶をテーブルに置いた。


「すこぶる元気だとも。朧木さんと会いたがっていたよ」

「是非そうしたいもので。さて、本日は何か御用があってこちらに?」


 朧木の言葉に亜門は頷いた。


「そうだとも。仕事上で君の元に訪れる用件に、今までおめでたいものはあったかね?」


 朧木は亜門の言葉を受けてしばし考える。


「ははぁ、ないですねぇ。つまりは良い知らせではないわけですね」

「そうだとも、そうだとも。我々としても朧木さんを必要とするような出来事など起きないほうが望ましい」


 亜門はあえて権力者の側に立ち、『我々』と強調した。自らを誇示しようとする意思があったのかないのかはわからない。


「確かに、僕の仕事は誰かが困る事で仕事を得る訳ですから。暇なのは世の中が平和だと言う事に相違ないですね」

「困りごとと言う事は時として誰かを必要とすると言う事。誰かの助けを必要とすること。助け合いとはすばらしい。仕事とは必要とする者があって初めて生まれるわけだ。私は怪貝原議員に必要とされる議員秘書であることを誇りに思っているよ」


 亜門は自分が議員秘書であると言う事に特別な優越感を持っているようだった。肩書きで自分自身を勘違いしている人種である可能性は高い。


「誰かにお力添えできる事は僕にとっても望ましい事ですから。しかし、確かに誰かが困る事で必要とされるなんて、卑しい仕事かもしれませんね」

「おっと、職業の貴賎の話をするつもりはなかったが」


 亜門は自分が望んでいた方向に話が進んだ為、ニヤニヤしながら話しをしている。どうやら亜門は朧木良介を好んでいないようだ。もっとも、朧木の方も歓談を飛ばしていきなり用件を尋ねていた辺り、亜門を好んではいなかった。


「いやいや、怪貝原議員の秘書である亜門さんのおっしゃり通りかと」


 朧木良介が亜門の肩書きを口にした辺りで、亜門は満足そうな表情を浮かべた。


「人に必要とされるというのは実に重要だ。朧木さん。あなたが必要となったのは裏と表、どちらの用件だと思うかな?」

「わざわざこうして亜門さんが僕の元を訪れるくらいですから、裏でしょうな」


 朧木は亜門を軽く持ち上げながら話を進めた。本人としては面倒くさいと思っているかもしれないが、必要な時には必要な行動は取る。二人の力関係は立場の差で現れていた。朧木にとっては『クライアント』の使いでしかない。朧木には亜門のことなどどうでもよかったが、怪貝原という男はそうではない。従って朧木は亜門の扱いは丁寧にせざるをえなかった。

 亜門のような男を雇っている怪貝原と言う男の人格や能力、責任を問う者がいるかもしれないと思う。だが、亜門も元々はこのような接し方ではなかった。

 政治的都合。いわゆる大人の事情である。


「さて、朧木さん。その『裏』の話となる。この話を聞いた段階であなたは引き受ける義務があるが、もちろん構わないね?」

「えぇ、いつものように事を運びますとも。なにより怪貝原議員のご指名であるならば、僕が断るはずがない」

「そうだとも、そうだとも。怪貝原議員は今から自分が話す内容は朧木さんが処理するのが適切と判断された。超法規的措置に基づいて行われる極秘の話だ。構わんね?」


 亜門はちらりとさくらの方を見てからそう話した。


「あぁ。彼女でしたらつい最近雇った事務員ですのでお気になさらず。守秘義務の件もきちんと雇用契約書と共に交わしておりますもので」

「ふむ。最近、この霞町で通り魔事件が発生しているのは知っているかね?」

「えぇ、夜間人気のいない所で、刃物で襲われる人が相次いでいるとか」

「そうだとも。よりによってこの霞町でそのような不届きな真似をする輩がいるとは許せん!」

「亜門さんのおっしゃる通りで。警察の活躍が望まれますね」

「そうだとも、そうだとも。市井の者であるならば誰もがそう思うだろう。そして不安で眠れぬ日々を過ごしている事だろう。平穏な日常が壊されるという一大事だ。私も議員秘書として、一刻も早くこの事件の解決を望んでいる一人だ」

「僕としても協力できるならそうしたいところで」


 朧木のその言葉に、亜門の声がトーンダウンする。


「そうだとも。そこであなたの出番となった」


 朧木は意外でもなさそうであったが、あえて聞き返す。


「これは警察の管轄の問題でしょう? 僕が出張っていって良い理由があると?」

「ある。というより、前日にそのようになった」


 亜門はタバコを取り出した。朧木はさくらの方に目配せする。さくらは気を利かせて灰皿を持ってきた。尚、普段は館内禁煙である。亜門がタバコに火を灯した。


「そのようになった、とは?」


 朧木は亜門が一呼吸置いているのを察し、落ち着いた頃を見計らって切り出した。恐らくはこれから話す内容は亜門にとって朧木には依頼したくない事なのだろうと察している。

 亜門が一服してから口を開く。


「つい先日も一人の男が通り魔に刃物で襲われた。その光景を目撃していた者が、『狼男が逃げていくのを見た』と証言した」


 亜門の言葉を聞いた朧木は一瞬「ん?」と意外そうな表情をした。


「狼男、ですか」

「そうだとも、そうだとも。意外に意外。なんとこの霞町に狼男がいるときたものだ」


 朧木が「ふーむ」と考え込んだ。そして亜門に尋ねる。


「その目撃情報は確かな話で?」

「そうだ。その目撃証言によって超常現象のエキスパートの出番となった。…怪貝原議員のお抱え退魔師の君に声がかかったのだよ。これからは警察との合同捜査だ」

「つまり、これは公の機関からの正式な仕事の依頼、というわけですね?」

「そうだとも。これは町議会でも議決された問題だ。怪貝原議員より直接の依頼でもある」


 怪貝原議員は町議会議員だ。霞町の町議会はかなりの予算を持っていて、行使力も強い団体だった。地元への影響力も当然強い。つまり、その議員の意向はかなりの力を持っていた。


「わかりました。直ちに事件に当たります」


 朧木はあっさりと仕事を請けた。


「そうか。さて、そこで一人紹介したいものがいる。私の隣に座っているのは今回の事件に当たる専門家だ」


 亜門は自らの隣に座っていた女性を指し示した。

 その時に朧木はまたしても意外そうな表情をした。


「おや? この仕事の件で他に外部にも相談しているんですか?」

「そうだ。狼男となると西洋の魔物。君の専門外の可能性もあるのでな。早め早めの対応を取らせてもらった」


 一瞬だけ朧木は何かを言いたそうにしていたが、口にはしなかった。女の方が口を開いた。

「私は魔紗。バチカン秘蹟調査室の特務員だ。現存する怪奇現象の保守保全活動の一環で協力させてもらう。今回は『狼男の確保』が目的だ」


 彼女の声はとても低いトーンであり淡々と語られる。


「・・・『確保』と言うには物騒なものをお持ちのようで」


 朧木は彼女の傍らのロングソードとマスケット銃を見ながら言った。

 朧木がちらりと亜門の方を見るが、亜門は肩をすくめるばかりだった。魔紗は話を続けた。


「私は荒事の範囲内でも活動できる『専門家』だ。ゆえに私が日本に派遣された。要らぬ心配は無用だ」

「いくら超法規的措置の範囲内であるとはいえ、堂々と銃刀法違反はまずいのでは?」

 朧木の言葉に魔紗が「フン」と鼻を鳴らした。


「この国特有の厄介な問題だ。しかし狼人間には銀の弾丸。銃火器の所持はこの国では出来ない。が、抜け道はあった。古式銃の所持に許可は必要ない。届け出のある古式銃であるならば、1869年以前に製造されたものならば、たとえ外国製であっても渡来された製品の物ならば所持は可能だ。少々迂回策を取らせてもらったが、な」


 魔紗がマスケット銃を手に取る。


「狼男退治にマスケット銃とは恐れ入る。しかし、西洋剣の所持は不可能なはずだ」

「ご名答。日本国内で所有が認められるのは日本刀までだ。それも美術品の所持、と言う名目でな。安心するがいい。この西洋剣には刃がない」


 魔紗はすらりとロングソードを抜いた。刃の部分は潰されている。


「なるほど、刃がなければただの鈍器」


 朧木は鈍器のようなロングソードを見て納得した。


「それでも殴られれば痛いがな。これも当然銀製品だ」


 魔紗はロングソードを鞘に戻した。


「・・・中々の念の入れようですな。・・・友好的なやり取りにはならないとお考えのようで」


 朧木と魔紗のやり取りを亜門がニヤニヤしながら見ている。


「そういうわけだ、朧木さん。今回は君に仕事の出番はないのかもしれないな!」


 朧木がマスケット銃とロングソードを持った魔紗を見て、何かを言いたそうにしている。


「朧木とか言ったな。私に何か言いたそうだが、私からも一言言っておく」

「なんでしょうか?」

「私の仕事の足を引っ張るような真似をするなら容赦しない」


 亜門はそんな二人のやり取りを見て実に嬉しそうだ。


「お二方とも挨拶は済んだようですな。うまく協力してやっていただけると何よりだ」


 亜門は心の中ではそんな事などかけらも思っていないことだろう。だが、秘書としての仕事はきちんとやったという建前だけでも取り繕わねばならない。朧木が何らかの理由で仕事を失敗した場合、彼に責任を押し付けるつもりなのだから。

 亜門は朧木の失脚を望んでいた。亜門にとって魔紗は格好の存在だった。現状の雰囲気の悪さも計算の上なのだろう。


「亜門さん。僕は出来る限り尽力しますがね。怪貝原議員にもそうお伝えください」

「いいだろう。怪貝原議員には君が仕事を引き受けた事『は』伝えておく」

 恐らくは魔紗の参入も亜門の差し金だ。亜門は自らの行った不都合な話は伏せた上で、最低限の話だけを自らの雇用主に伝えると述べているのだ。


 魔紗が剣と銃を手にがたっと立ち上がる。


「私は私のやり方で行く。朧木、あんたはあんたで勝手にやっていたらいい」


 そういうと魔紗は朧木探偵事務所を出て行った。


「・・・中々に気の強そうなお嬢さんで・・・」


 朧木は辟易した様子でそう漏らした。そんな様子を見る亜門は上機嫌そうに口を開く。


「まぁまぁ、『専門家』同士、仲良くやっていただきたい。ともあれ、事件が解決してくれるならばどのように仕事を運んでくれてもこちらは構わないがね」

「亜門さん。町議会の議決で僕らが介入する事が決まったんですね?」

「そうだとも。超常現象は君らの管轄だろう。せいぜい怪貝原議員を失望させないようにしてくれたまえよ?」


 そういうと亜門も立ち上がった。


「えぇ、可及的速やかに事件を解決しますよ」

「・・・私もそう願っているよ。では失礼する」


 亜門も朧木探偵事務所を立ち去った。

 来客たちが帰り、朧木探偵事務所は静まりかえるのだった。

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