悪夢

「おはようございます、勇者様」

「勇者様、今日のご予定は――――」

「今日も王国のためにお仕事をしましょう」


「あ、あれ? ここは…………?」


 気が付くと、リーズは自分の家ではないところにいた。

 そして、周りを見渡してみれば――――リーズは豪華なベッドに腰かけていて、今住んでいる家よりも広い大きさの部屋には、豪華な調度品が所狭しと並んでいる。いくつもの宝石がはめ込まれた、贅の限りを尽くしたシャンデリアは煌々と輝き、自身が来ている服も、一流の職人が仕立て上げた最上級のもの。

 普通の人ならば、まさに「天国」と思えるような素晴らしい光景――――のはずだった。


「な、なんでっ!? リーズはもう王国から抜け出して、シェラと一緒に幸せに過ごしてたのに!?」


「何をおっしゃいます勇者様、ここは勇者様の家ではありませんか」

「国王陛下や王子もお待ちかねです。お急ぎください」


 そう、ここはかつてリーズが1年ほど過ごしていた王宮内の一室だった。

 確かに王宮での生活は何もかもが最上級のもので満たされ、自分が何もせずともすべて周りがやってくれる夢のような環境ではあった。


 けれども、リーズはそうは思わなかった。

 ここには全く自由はなく、リーズは常に「勇者様」の仮面を被り、一挙手一投足マナーにのっとって動かなければならなかった。

 リーズには何も決める権利がなかった。予定は王国にすべて決められ、プライベートの時間は一秒もない。彼女はそんな生活が嫌で嫌で仕方なくて、いつか自分が自分ではなくなってしまうのではないかと恐れを抱いていた。

 リーズにとって、王宮での生活は監獄同然だったのだ。


「やだっ! リーズはこんなところに戻りたくなかったのっ! シェラは? シェラはどこっ!?」


 周りを見渡しても、アーシェラの姿はなかった。

 そのかわり、顔がぼやけてよく見えない侍女たちが、リーズを王宮への生活へ引き摺り戻そうと手を伸ばしてくるではないか。


(シェラ……どこにいるの? シェラと離れ離れになるのはもう嫌なのっ!!)


 リーズはこの世界から逃げ出そうと、分厚い木の扉を開いて外に飛び出した。

 だが、そこには――――国王や王子、それに王国貴族たちがずらっと並び、リーズを逃がさぬよう迫ってきた。


「勇者よ、よくぞ戻った! さあ、今日も王国のために働いてくれるな?」

「待っていたぞ勇者リーズ! そろそろ俺と結婚する気になったか?」

「へへへ、勇者様、今日もご機嫌麗しゅう」

「さ、勇者様こちらに! 王国の人々は勇者様を待っております!」


 誰もかれもが、下心満載の笑みを浮かべてリーズを取り囲む。

 リーズは、彼らを剣で斬り捨ててでも脱出したかったが、彼女は何も武器を持っていない。このままでは彼らにつかまってしまう。そうなれば、二度とアーシェラのところに戻れないような気がして…………


「シェラ……助けてよ、シェラっ! どこにいるのっ!? リーズはお家に帰りたいっ! シェラぁっ、助けてっ!」


 リーズは必死で愛する人の名前を叫び、助けを求めた。

 体は恐怖で固まり、絶望で目の前が真っ暗になる。

 無意識に手を天井に向けて伸ばし、まるで溺れた子供のように、掴む物を求めた。



(大丈夫だよリーズ、大丈夫。僕はここにいる。君がどこにいても、僕が守ってあげる。だから、泣かないでリーズ)

  

 声が聞こえた。

 いつもの、優しくて暖かい声が―――――


「そこまでだ。リーズを悲しませる奴は僕が許さない」

「……っ! シェラっ!」


 リーズの前に、アーシェラの大きな背中が現れた。

 突然現れたアーシェラの姿に、王国の人々は恐れおののいてその場から数歩後ろに下がった。


「シェラだぁっ! えっへへぇ~、シェラ…‥助けに来てくれたんだ♪」

「もちろんさ、リーズ。僕はずっと君の隣にいる。だから、ね……安心して」


 アーシェラは、リーズを庇うように抱きかかえ、にっこり笑った。

 彼の笑顔を見たとたん、リーズの不安は瞬く間に晴れ、胸の鼓動がどんどん高まった。


「愛してるよリーズ。今度は……いい夢を…………」

「うん♪ リーズもシェラを愛してるよ♪」


 アーシェラが手に持っている杖を掲げると、周りから王国の人々が消えていった。


 こうして、リーズを苦しめていた悪夢は消え去った。

 目が覚めれば、きっと愛する人の笑顔が出迎えてくれるはずだ。

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