王への叛逆

 目の前に律華がいた。

 神楽の容れ物としての彼女ではなく、それは形骸などではなく、彼女の魂そのものだ。

「志郎さんは命知らずですね」

「すまない。自分ではもっとうまくやれるつもりだったが、やはり強いな」

「相手は数世紀に渡って人類を蹂躙してきた帝王ですよ。対抗できるなんて、」

「あぁ、思ってはいけなかった。悔しいが俺も蛮勇でしかなかったわけだ」

「一緒に戦ってくれる人が必要でしたね」

「背中を預けられる人が欲しかった」

「土御門家にはいなかった」

「律華を傷付ける輩だけだ。どのみち、一緒には歩めない」

「志郎さんの切り札も神楽の前には通じなかった」

「奴は不死だ。律華の秘術を継承しても、殺せない因果にあった」

 だけど、と志郎は否定して、嬉しい誤算がひとつだけあったと律華を引き寄せた。

 頭の上から被さるように、背中に手を回して律華を抱き寄せる。存在を確かめるように、胸の中に律華を埋めていく。律華は少しだけ躊躇うように肩を震わせてから、抱擁に応える。

「律華が生きていてくれた」

「……はい」

「律華がここにいてくれた」

「はい! 私はいます! 志郎の隣に、志郎と一緒に戦うことができます!」

 志郎の言葉と、律華の言葉に嗚咽が混じる。二人は留まるところを知らずに咽び泣く。

 不死であり続けるためだけに神楽が残した律華という魂の欠片。

 ちっぽけな残滓が、搾りかすが、二人が再び結び付くことを許してくれた。

 けれど、喜びを噛み締める一方で志郎は律華を引き離した。

「ごめんな。ここから先は、律華だけの戦いだ。俺はもう関与できない」

「充分です。もう、充分すぎるほどに志郎さんは私のために戦ってくれました。命を賭してくれました。少しくらい一人で晦冥を進むのだとしても、これまでの八年間に比べればなんてことないです。一人で生きてきた八年間は、志郎さんと過ごした日々に劣ります。それに、信じていますから。どんな形であれ志郎さんは私の隣にいてくれて、私に力を貸してくれるって」

 恥ずかしくなり、志郎は苦笑した。そして、もちろんだと付け加える。

「俺の全てを律華に託す」

「信じていてください。私にも、できるって」

 志郎は手を差し出した。律華はそれに応え、二人は繋がる。

 二人の目に暗闇は落ちていない。

 失望は巣食わず、彼等はただ未来のみを見つめていた。

「始めよう、王への叛逆を――」

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