20話「熱い手を繋いで 前編」






   20話「熱い手を繋いで 前編」




 歩く度に揺れる2つの繋いだ手を見つめ、翠は微笑んでしまう。夏の暑い日に、手を繋いで歩くのはおかしな事かもしれない。

 けれど、翠はその熱さえも今は心地よかった。周りの暑さなんて翠には関係なかった。



 「冷泉様、今からどちらに向かうのですか?」

 「………おまえ、この格好で歩いてたらわからないのか?」

 「お祭り、ですか?」

 「似たようなところだ。」



 2人で歩いていくうちに、他にも浴衣の人が多くなっている。

 それでも、こちらをちらりと見つめる人が沢山おり、翠は気まずい気持ちでいた。


 色を見ていく人は多い。背が高くて、整った顔立ちで、浴衣の着こなしにも慣れており、大人の色気も感じられる。女の人は見とれてしまうのも、翠にはよくわかる。

 けれど、珍しそうに自分を見つめる視線は、いつもより多く、彼と並んで歩くのに躊躇いを感じ始めていた。手を繋いでいる事で、恋人同士だと勘違いされてしまうかもしれない。自分は嬉しいが、色はどうなんだろうか。

 そればかり、考えてしまい、楽しかった気持ちは少しずつすり減っていた。


 お祭り会場に着くと、人はかなり多くなり混雑していた。



 「あ、花火大会ですか?すごい!嬉しいです!何年ぶりかなぁー………。」

 「そうか。…何か買うか?」

 「………お好み焼き!」

 「そこは可愛くりんご飴とか、綿菓子とか言うところじゃないのかよ……。」

 「そうなんですか?お好み焼き、好きなんです。」

 「まぁ、いい。探すか、時間もまだある。」



 人混みの流れに合わせてゆっくりと歩いていく。

目の前には仲が良さそうに歩くかわいい恋人同士がいた。手を繋いで話をしながら祭りを楽しんでいた。いたって普通の2人。周りからも珍しい視線で見られることはない。

 時々、「あの人かっこいいねー……。隣の人、外人さん?」そんな声さえも聞こえてきてしまい、翠は耐えられなくなった。


 突然、翠は振り払うように色の手を離した。

 急になくなった相手の感覚に驚き、色はすぐに怪訝な顔でこちらを見つめた。



 「どうした?何かあるのか?」

 「あの……目的地にもついたので、手繋がなくても大丈夫です。」

 「………おまえな……。」

 「さ、行きましょう!冷泉様。」



 翠は足早に先を歩き、見つけたお好み焼きの出店に向かった。

 誰も並んでいなかったので、お店の人に「すみません。」と声を掛ける。

 すると、隣に色が到着し、「2つください。」

と翠のかわりに言い、そしてお金を出した。

 そして、品物を受けとると、また翠の手を取って歩き始めた。その顔は、憮然としていて少し怒っているようにも見えた。



 「冷泉様、あの………..。」

 「迷子になるかもしれないからダメだ。」

 「迷子って…私は子どもじゃないですよ?」

 「同じようなもんだろ。」

 「そんなに年離れてないですよ!」



 翠が反抗しても、彼の考えは変わるはずもなく、先ほどよりも強く手を握られてしまう。

 きっと翠が強く反発したら、彼は手を離してくれるのはわかっていたが、それを翠はすることが出来なかった。

 甘い誘惑には勝てずに、翠はそっと彼の手を握り返した。



 それから、色は適当に食料や飲み物を買ってくれた。そして、場所を探そうと翠が提案すると、色は「予約席があるから大丈夫だ。」と言った。

 取引先から花火大会の席を譲ってもらったと色から説明をしてもらい、翠は初めて「予約席」というものがあるのを知った。


 到着すると、地面に椅子を置いただけの簡単なものだったが、混雑することもなくゆっくり見れる特等席だった。



 「すごいですね!目の前に遮るものがないです。」



 向かい側の河川敷から打ち上げるようで、その正面に位置する予約席は、一番見やすい位置なのだろう。翠は久しぶりの花火大会であり、特別な席で色と見れることが嬉しくて興奮状態になっていた。


 待っている間、屋台で買ったものを食べたり、他愛もない話をしたり、ギリシャ語で会話をしたり。2人で楽しいを過ごしていたため、花火の打ち上げまであっという間だった。


 

 「そろそろ始まるな。」

 「はい!少し緊張しますね……。」

 「何でだよ。」

 「楽しみにしていたことが始まる直前って、緊張しませんか?」

 「……変なやつ。」



 色は、笑いながらポンポンと翠の頭を撫でる。

 優しい色の顔を見ていると、もう少し甘えたくなってしまう。少し恥ずかしかったが、翠は色にひとつのお願いをすることにした。



 「冷泉様。1つだけ、お願いをしてもいいですか?誕生日プレゼント貰ったけど、あと1つだけ。」

 「なんだ?」


 

 言葉に出す前に、顔が赤くなるのがわかったけれど、辺りは真っ暗。きっと、色にもわかっていないはずだ。


 

 「あの、冷泉様。……………。」


 ドーーーンッッという花火の音が響き渡った。花火大会がスタートしたのだ。

 翠が、夜空を見上げると色とりどりの花火が満開に咲いていた。光輝く儚い花火を見つめながら、「わぁー………。」と感嘆のため息が溢れてしまう。

 初めて間近で見る花火の迫力は想像以上のもので、目と耳から入ってくる花火に圧倒されていた。



 「綺麗ですね……冷泉様。」

 

 と、呟くけれど、もちろん彼には伝わらない。花火の音に邪魔されてしまう。



 「なんだ?」



 と、口の動きで言っているのがわかったので、翠も口パクで伝えようとしたが、長い言葉だったため、色は理解出来なく、首を傾げた。


 翠は、椅子から身を乗りだして、彼の耳元に近づき内緒話をするような格好だったが、大きな声で彼に願いを伝えた。



 「冷泉様!花火大会中、手を握ってください!!」



 1度拒絶したのに、今度は手を繋ぐことを望んでしまう。自分の気持ちの矛盾は理解していたけれど、それでも彼と手を繋ぎたかった。

 今はみんな花火を見ているし、辺りは真っ暗だ。きっと、2人を見ている人はいるはずがない。そう信じて。


 やっと翠の言葉が色に届いたのか、色はニヤリと笑いながら「バカなやつ。」と口の動きで伝え、自分の手を伸ばし、乱暴に翠の手を掴んだ。

 夏の暑さが増したように感じたのは、彼の熱のせいだろう。

 その熱と優しさを感じながら、花火を満喫した。

 夜空を見ながら、こっそり彼の横顔を見たり、繋いだ手を確認したりしながら、翠は幸せな時間を送っていた。



 ある事に気づくまでは。




 翠は途中で喉が渇き、買ってもらった飲み物を飲もうと、手を繋いでいない方の腕を伸ばした。

 その瞬間、違和感に気づいた。

 いつも、右手の薬指には祖母のエメラルドの指輪が必ずあった。

 だが、今はそれがないのだ。


 それを見た瞬間、翠は頭が真っ白になり激しく動揺し、イスから立ち上がっていた。



 その時の翠の顔は、真っ青になっていた。




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