18話「いつもと違う誕生日」






   18話「いつもと違う誕生日」




 今年の誕生日も、ここ数年と同じようにスタートした。

 ゆっくりと起きてから、友達からの数件のバースデーメールに返信をし、ご飯を食べて、家事をする。その後は、好きな事をしてのんびりと過ごすのだ。

 今年は、ギリシャ語の勉強をしたり、色から貰った写真集を見ようかと考えていた。


 テーブルに置いてある写真集を取ろうと手を伸ばすと、右手の薬指にあるエメラルドの指輪がキラリと光った。おばあちゃんが、お祝いをしてくれているように感じて、ついつい笑顔になる。



 「おばあちゃん、また、1つ大きくなったよ。ギリシャ語の勉強も頑張ってるよ!もっと、上手になるから見ていてね。」



 指輪に語り掛けながら、休みの午前中をゆったりと過ごしていた。



 本屋さんに行ってギリシャの本を見たり、小説を選んだりしているうちに、お腹が空いてきたので、家に帰ってホットケーキを作って、まったりと過ごした。その後は、日頃の寝不足がたたって、うとうととしてきてしまった。寝たらダメだと思いながらも満腹感と心地がいい気温に後押しされて、翠はベットに横になってしまう。


 (贅沢な休日だな…これで、冷泉様に会えたら最高なのにな。)などと思いながらも、すぐに眠気に負けてしまったのだった。





 懐かしい夢を見た。

 小学生の頃、体が弱く田舎の祖母の家で過ごした事があった。その時、翠は、祖母と一緒によくギリシャ語遊びをしていた。1日ギリシャ語しかしゃべらないという遊びで、日本語をしゃべってしまったら、祖母のお手伝いを1つするというものだった。手伝いも好きだったため、全く苦にならなかったし、何より魔法の言葉だと思い込んでいた翠は、早く祖母のようにギリシャ語を話せるようになりたくて、必死にしていた。


 祖母は、エメラルドが大好きで、指輪を大切にしていた。そして、翠の名前や碧眼も気に入っており、始めは翠の事を「エメラルドちゃん」と呼んでいたが、長かったためにいつの間にか「エメル」と呼ばれていたのだ。


 「エメルちゃん。」と呼ぶ祖母は、とても優しく穏やかな声で呼んでくれた。振り向くと、そこには誰もいない。


 あぁ、これは現実ではないんだ、と夢の世界で思い、そのまま目が覚める。目から一粒の涙が流れた。



 「おばあちゃん、誕生日だから会いに来てくれたのかなぁ。」



 そんなことを思いながら、翠は涙を丁寧に拭った。外はもう夕方になっており、エメラルドの指輪は夕日を浴びてほんのりと赤色に輝いていた。



 それを呆然と「綺麗だな。」と眺めていると、ピンポーンと家のベルが静かな部屋に鳴り響いた。



 来客はほとんどないため、翠は少し驚きながら、インターホンを確認する。すると、写し出された画面には会いたいと願っていた彼の姿があった。

翠は、挨拶もせずにすぐに玄関へと走った。


 鏡で簡単に身なりを整えて、ドアを勢いよくあける。すると、そこには少し驚きながら翠を見る色の姿があった。



 「……おまえ、誰か確認してからドア開けろよ。」

 「………すみません。でも、インターホンで見ましたよ?」

 「だったら、返事をしろ。」

 「冷泉様が見えたので走ってきてしまって………。」

 「ったく、おまえは。……まぁいい。邪魔するぞ。」

 「え??!冷泉様?」



 翠を押し避けてさっさと部屋に入ってしまう色を、翠は戸惑いながらただ見つめていた。

 そして、いつも勉強しているリビングへ入ると、色は大きめな袋を翠に手渡した。



 「えっと……これは?」

 「おまえにやる。誕生日プレゼントだ。これに着替えてさっさと出掛けるぞ。」

 「誕生日プレゼント!?嬉しいです。………出掛ける……?えっと、なんか急に話がすすんで、理解出来てないんですけど……。」

 「いいから着替えろ。」

 「はい……。」



 翠は袋から両手を使ってプレゼントを取って、丁寧に包装を取ると、そこには色鮮やかな花柄の生地が出てきた。淡い黄色のような翠色に落ち着いた色味の花達が描かれている。他にも帯や花の形の宝石のようなものがついた、帯留めに下駄、巾着があった。



 「わぁ………すごく綺麗です!浴衣、ですよね?こんな高価なもの、いただいてもいいんですか?」

 「おまえに合わせて買ったものだ。貰ってもらわないと、ただのゴミになる。」

 


 素っ気なくそう言う色だったが、それでも翠は嬉しかった。

 色がわざわざ自分のために浴衣を選んでくれて、そして誕生日に家まで持ってきてくれたのだ。「生まれてきてくれてありがとう。」を伝える、誕生日のお祝いの日。

 色はどんな気持ちで翠にプレゼントをしてくれたのかわからない。けれども、翠のために考えてくれた気持ちと行動が、とても嬉しかったのだ。



 「冷泉様、本当にありがとうございます。とっても嬉しいですっ!」



 感動して半分泣きそうになりながら、お礼を伝えると、色も少し照れ隠しのぎこちない微笑みで、「あぁ。」と受け取ってくれたのだ。



 翠は綺麗な浴衣を抱き締めながら、何回もその綺麗な緑色の生地を夕日にかざしてか眺めていた。

 キラキラと光り輝いて見えるその浴衣は、翠が今まで見てきたどの浴衣よりも、1番美しい宝石のように見えた。





 

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