15話「2人分のお弁当」






   15話「2人分のお弁当」




 色との時間が残り3週間になった。

 寝不足な日々が続いており、仕事にも迷惑を掛けてしまうし、色にも心配をさせてしまっているようなので、昨日はいつもより早めに寝ることにした。

 そのためか、寝起きもよく、いつもより顔にも明るさかが戻った気がしていた。

 気分もよかったので、久しぶりにお弁当作りにも気合いが入り、ついつい多めに作りすぎてしまった。



 「んー、朝ごはんにも多いし………休憩が一緒になったスタッフに食べてもらおうかな。」



 出来上がったお弁当からは、おいしそうな香りが漂ってくる。2個のお弁当をもって、喜んでくれるだろうスタッフの誰かの笑顔を想像して、翠は楽しみにしながら家を出た。



 その日は、とても空いており店内はゆったりとした時間が流れていた。そんな時は、常連様の誕生日をお祝いする手紙を書いたり、店内のディスプレイをチェックしたいしていた。



 すると、お客様が来店したのか岡崎が対応する声が聞こえた。挨拶をしようと店内を見渡すとそこには、スーツ姿で背の高い男性がいた。

 

 全身が真っ黒だったが、おしゃれな華やかで明るい緑色のネクタイがとてもよく映えており、有名なモデルが着てきそうな服装に見えた。それを着こなす男性は、切れ長の黒の瞳としっかりと整えられた黒髪が特徴的な大人の男性だった。

 そして、それは翠が想い続けている人でもあった。



 「冷泉様!!」

 


 翠は驚きのあまり大きな声を出して、駆け寄ってしまうと、岡崎はそれを見て苦い顔をした。「one sin」のスタッフとして見苦しい行動をしてしまったことに気づき、その場で小さな声で「失礼しました。」と謝罪しながら、色と岡崎の元へと近寄った。



 「冷泉様、いらっしゃいませ。」


 

 冷静を装いながら、翠は色に丁寧にお辞儀をして挨拶をする。するの、「あぁ。お邪魔してる。」と微笑みながら返事をしてくれた。仕事用の笑みだったかもしれないが、笑顔の色に会えてことが嬉しくて、翠もつられて微笑んでしまう。

 

 そして、何よりも嬉しいのはスーツ姿の色に会えた事だった。いつもの着物姿もとても素敵だが、スーツ姿も凛々しくて色の男らしさを更にあげてくれていた。着物ではわかりにくかった、手足がすらりと長いところや、細身だけれど男性らしいがっしりとした肩は、見ているだけでドキドキしてしまう。

 頬が赤くなってしまいそうで、なるべくは色を見ないようにしていたかったが、どうしても彼を見つめていたくて……気持ちと体が矛盾してしまい、どうしていいのかわからなくなっていると、「一葉さん、大丈夫ですか?」と隣の岡崎さんに小声で注意をされてしまった。

 ドキリとして、色を見ると面白い物を見るようにニコニコと微笑んでいるし、岡崎は困った顔をしていた。



 「……すみません…!冷泉様、今日は何かお探しですか?」



 冷静さを取り戻しつつ声をかけると、色は「いや。」と返事をすると持っていた紙袋を翠に差し出した。



 「こちらは………?」

 「少し前に大量に取り寄せをお願いした礼だ。遅くなってしまったが受け取ってくれ。あの時は、助かった。」

 「そんな!お気遣いいただき、ありがとうございます。」



  翠は両手で紙袋を頂いた。受け取った瞬間、甘い香りが翠の鼻先に届いた。ハッとした表情でそれを見つめていると、「うちの料亭で出している和菓子だ。よかったら、みんなで食べてくれ。」と色は言った。

 家庭教師をしている料亭で食べる夕食には、必ずデザートがあった。フルーツやシャーベットもあったが、時々和菓子も出ることがあったのだ。それをいつも「おいしいです!」と喜んで食べていたのを色は覚えていてくれたのだろう。

 色のその気持ちが嬉しくて、その紙袋を大切に抱き締めるように抱え「ありがとうございます。」と彼にお礼を言った。

 翠はスタッフとしての綺麗な挨拶ではなく、翠として自分らしく伝えると、それが色にもわかったのが、とても嬉しそうに微笑んでくれた。



 「私からも全スタッフの変わりにお礼をさせてください。お心遣いありがとうございます、冷泉様。」



 岡崎も店長としての挨拶をしていた。色も、しっかりと顔をみて「あぁ。これからも、よろしくお願いします。」と返事をしていたけれど、翠はどことなく色の顔が固かったように感じた。

 それが、年上の男性に対しての対応だったからなのか、他に別の理由があるのかは、翠にはわからなかった。



 「実は急な話があるんだが、時間はあるか?」

 「今ですか?……あと少しで休憩時間ではあるんですが、冷泉様にお待たせしてしまいます。」

 「少しぐらい待てる。昼食の時間付き合ってくれないか。」

 「わかりました。」



 そう返事をしたが、すぐに岡崎が「今日はお客様も少ないし、一葉さんの担当の方も予約は入ってないから、先に休憩に入って構わないよ。」と、言ってくれた。翠と色は、岡崎の好意に甘えて、早めのランチをすることになった。




 

 準備を整えてから裏口から店を出ると、前に車を停めていた場所に、色が立っていた。スーツ姿の彼は見慣れないため、やはりドキリとしてしまう。



 「急に悪いな。………おまえ、何か食べたいものあるか?」

 「あ、特には…….。あの冷泉様、私、実はお弁当を持ってきていて。」

 「あぁ。そうだったのか……じゃあ、天気もいいからその辺の外で食べるか。俺も適当に何か買ってくる。」



 車に乗り込もうとする色を「あのっ!」と声を掛けて引き留めると、色は不思議そうな顔で「なんだ?外は嫌だったか?」と聞いてくる。

 翠は首を横に振って、持っていたバックを少し高く持ち上げて、色に見えるようにした。



 「今日作りすぎてしまって……お弁当2個あるんです。もし、よかったら、冷泉様、食べてくれませんか?」



 翠はおそるおそる、彼にそう提案した。

 大企業の社長が、プロでもない素人のお弁当からなんて食べるのだろうか?それに、告白された女からの手作りなんて怖くて食べれないかもしれない。やはり、お弁当は隠してお店に食べに行くべきだったかもしれない。……と、一人で悩んでいる間に、色はヒョイと翠の持っていたお弁当入りのバックを持上げた。



 「じぁあ、もらっとく。」



 散々悩んでいた翠だったけれど、色はさっさとお弁当を受け取って歩いて行ってしまう。 

 大好きな人が自分の作ったお弁当を食べてくれるという、思いがけない出来事に翠はニヤけてしまう口元も隠せないまま、色の後を足早に追いかけた。



 



  翠の職場の近くには、緑が多い比較て大きな公園があった。休日は、イベントをしていることも多かったが、今日は平日のお昼前。犬の散歩や、子ども連れ、翠達と同じように外でランチをとっている会社員などがいた。7月には入り、暑くなってきたので直接太陽の光が当たらない木陰のベンチに、ふたりは腰を下ろした。


 持ってくれていたバックから弁当を広げようとしている色を、まじまじと見ながら翠は彼に声を掛けた。


 「あの、冷泉様がこんなところで食事をしていてもいいんですか?」

 「何でだよ……なにも問題ないだろ。俺だって、外で食べたり、コンビニのおにぎり食べたりする。」

 「そうなんですか!?なんか、あまり想像つかないです。」



 信じられないと言わんばかりに驚きながら見つめる翠を、色は呆れ顔で見返した。



 「俺を何だと思ってんだよ。」

 「いえ………。あ!それに、私となんかといて大丈夫ですか?!」

 「……………俺は、別に芸能人でも有名人でもない。」



 不機嫌そうに色が返事をした。翠は心の中では「有名人ですよ!」と、言い返していた。


 

 「ぐたぐたとうるさい奴だな。勝手にしゃべってろ。俺は先に食べる。」

 「あぁー!ちょっと待ってください…………!」



 翠が悩んでいる間に、色はさっさと弁当を取り出して、しっかりと手を合わせてから、からあげを1つ、上品に箸で摘まんで、口に運んだ。



 料理には自信があったけれど、好きな人に初めて手作り料理を食べてもらうとなると、さすがに緊張してしまう。それに、彼は日本料亭の社長だ。舌も肥えているはずだ。

 じっと、彼が食べている様子を緊張しながら見つめていると、色は面白そうにそれをみて笑っていた。


 「ど、どうでしたか?」 

 「……………。」

 「え、冷泉様!?なんで、黙るんですかー?」

 「……………上手いよ。おまえは、料理上手なんだな。」



 ニヤリと企んだら笑みを見せながらも、翠の料理を褒め、箸を止めていつものように、優しく頭を撫でてくれた。


 ほっと安心しながらも、暖かくて優しい日差しと、彼に幸せを貰いながら、翠は穏やかな昼休みを過ごしていた。


 ランチを終えて、色から本題を聞くまでは………。




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