ムーンフェイスにエールを!(ステロイドの副作用)

 ムーンフェイス。月の顔。

 聞いたことがある単語であろうか? はじめて耳にする人もいるかもしれない。これはいったい何かというと、ステロイド投薬の副作用で、顔が丸くなる現象を指す言葉のことである。満月のようにまんまるになるから、ムーン(Moon)だ。医学的には、満月様顔豹と呼び、中心性肥満の一種とある。中心性肥満だと、顔だけでなく、体幹の中心部に脂肪が沈着してしまうのだ。あな、おそろしや。

 ステロイドを大量に投薬する治療をしていると、この副作用に悩まされることが多々ある。特に女性にとっては、顔が丸く、場合によっては顔が大きくなるこの症状は、病気それ自体と同等、もしくはそれ以上に辛いものだ。キッツも例にも漏れず、ムーンフェイスには悩まされている。

 キッツの場合、ステロイド投薬開始後、一カ月半くらいでムーンフェイスの症状が出始めた。頬とあごの下に脂肪がつき、全体的に丸くなる。二重あごのアンパンマンを想像してほしい。元々小顔ではないが、大きくもない顔であったが、この副作用のせいで顔は完全に巨大化した。特に気になるのは、あごから首にかけてのたるみ。あごのとがったラインがなくなり、なだらかに肉が首へと続く。それに引きずられるように、ほうれい線が下へ下へと流れていく。

 さらには、手入れが出来ないからと、ベリーショートにした髪の毛は白髪だらけ。皮膚の病気でもあるので、白髪染めをするのもはばかれる。これまた副作用によって、髪の毛が薄くなったり濃くなったり。1年の間に頭の毛は大分抜け替わった。そこへ追い打ちをかけるニキビ面。これまた、も副作用だ。ハゲ(またはもっさりした頭髪)+ニキビ+巨大な丸顔。一言で言うと、キッツは、とても不細工なのである。

 退院からもうすぐ1年が経とうとしている。復職も間近だ。不細工のまま、同僚や上司に会いたくない。ムーンフェイスは、そういう現象を知らないと、単に太っただけに見えることもわかっている。病気が酷い時には会えなかった友人知人に久しぶりに会うと、かなりの高確率で、「ふっくらしたね」と言われる。他人からすると、ムーンフェイスは病気の副作用ではなく、単純に太って顔が丸くなっただけに見えるのだ。それについて文句があるわけではなく、シンプルにそういうものなのである。病気で運動もできないだろうから、太っちゃったんだね、と思うのは普通の思考だ。そこを変えてもらおうとも、イチイチ説明しようとも思わない。だからこそ、キッツは立ち上がった……!


 フェイスマッサージ!

 リストアップマッサージを、朝晩2回。20回づつやる。両手を合わせ、親指と人差し指で、あごと頬を下から上へと持ち上げる。これだけだ。器具も使わない単純なものだが、このマッサージは病気になる前、31歳の頃から約10年続けていたもので、効果は実体験にて実証済みなのである。ちなみに以前は朝晩10回づつであったが、今回は20回づつに増やした。より高い効果を求めるためである。発病してからは、そんな余裕も体力もなくお休みしていたが、この度復活させたのである。

 そして同時に、体幹を鍛えるストレッチも増やしている。上述のように、体の中心部、具体的にはお腹と肩への脂肪が増えた。筋肉は落ちているから、手足は細くなりがちなのだが、胴体は太る。いわゆるキューピー体型になるのだが、これも出来るだけ解消したい。退院後2ヵ月ほどしてから、簡単なストレッチを毎日行っているのだが、そこに少しの筋トレを追加した。病気になる前に1年ほど習ったヨガも思い出しながら、片足立ちや両足の上げ下げの腹筋運動などをする。もちろん多くはできないし、実際これくらいなら大丈夫だろうとやった運動のせいで、その後数日具合が悪くなったりもした。その辺りは各自、自分のコンディションを見極めながら調整が必要だが、いつまでも肩の盛り上がったキューピーのままではいられない。ステロイドの減薬に(具体的には10㎎以下)よって、ムーンフェイスや体幹の脂肪は減るとは言われているが、キッツの場合はまだまだ症状が残っている。現在投薬量6㎎だ。

 物置にしまってあった、結婚式のアルバムを広げる。ほっそりとした顔。肩紐が食い込まない肩。体にフィットしたドレスラインでも、段々腹にならない胴体。あの頃は綺麗だった。もちろん若さ故、というのは大きい。結婚した時は28歳。今は41歳。あの頃より4㎏太った。この4㎏はどこへついたのだろう。顔やお腹だけでなく、腰回りもひどい。中年体型への入り口。満月様顔豹と相まって、ダルダルの体型になる。

 いやだ、いやだ! このままでは終わりたくない!

 乙女のキッツは、心の中で叫ぶ。

 女性としての矜持。人間としての誇り。

 見た目、というのはとてもとても重要である。

 人は美しいものに惹かれ、評価する。それは悪ではない。評価とは、他者が他者へ行うものでもるが、自分自身が自分へ行うことでもある。評価が上がれば、気分も上がる。気分が上がれは、病気も良くなる。極端に言うと、そういうことだ。

 少しでも細い顔になって、少しでもお腹を引っ込めて、化粧をして背筋を伸ばし、新しい服に身を包み、再び社会へ出ていく。

 キッツ、がんばれ!

 みんな、がんばれ!

 ムーンフェイスに苦しむ全ての人へ、エールを!


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