老化だ、わっしょい

 膝が痛い。

 腰に負担が。

 手がこわばる。

 いったんしゃがむと、一苦労。

 

 って、老人かっ!

 そう、老人だ。

 そしてこれらは全てキッツに起こっていること。

 皮膚筋炎という病気は、老人の苦悩を体験できる病気なのだ。


 病院の待合室でご老人が切に語る、ご自身のコンディション。

「布団から起き上がるのに、一苦労じゃよ」

「階段を上がるのに、足が上がらなくてねぇ」

「何もないところでつまづくんじゃけど、あれはなんじゃろうなぁ」

「うどんなら、すすっと飲み込めるかと思ったけど、つゆが喉につまって咳き込んじまって」

 

 以前通っていた整体師曰く、

「筋力の低下・イコール・老化」

 なのである。

 まさにその通りで、病気によって筋力が極端になくなったキッツは、日々の生活で色々と不便な状況に遭遇していた。健常時には考えることもなく、すんなりとこなせていたことが、病気発生後には、すすすっとは出来なくなった。杖、手すり、人の手。自分の筋肉で自分を支え切れない代わりに、何かで補う。

 

 二本足で歩く脚力が十分にないため、杖を使う。玄関でしゃがんで靴を履いたあと、手すりにつかまり立ち上がる。椅子から立ち上がる際、人に支えてもらうまたは、ひっぱってもらって立ち上がる。

 寝床から立ち上がる時、横向きになり、いったん四つん這いになる。そこから両腕の力で体を支えて立ち上がる。ヤンキー座りのようにしゃがむと(発症初期にはそんな体勢もとれなかったが)両手を床につき、体重を前にかけつつ腰を上げてから立ち上がる。

 盲点だったのが、寝転がる時だ。お腹周りの筋力が弱いため、ゆっくりと寝そべることが出来ない。普通に横たわったつもりが、かなり勢いよく寝っ転がってしまうのだ。勢いよく寝そべって何が悪いかというと、頭を床に強打してしまうのでとても危険なのである。健常者は、意識しなくても腹筋や背筋で調整し、頭をゆっくりと床に着地させている。筋力がない人は、後頭部打撃に要注意だ。

 食べ物を飲み込むにも、喉の筋肉が必要で、十分に筋肉がないと簡単に喉に食べ物が詰まる。餅を喉に詰まらせて亡くなる老人の話は耳にするが、餅でなくとも食べ物は簡単に喉に詰まることがよくわかった。

 手のこわばりや膝のこわばりは、朝の寝起きが一番酷い。手のひらをグーパーにするストレッチと膝の曲げ伸ばしのストレッチは欠かせない。こういった関節痛には温泉が効くということも実体験した。昔からある湯治というのは、実際に効くからこそ現代にも続く習慣なのだと、しみじみと感じた。

 やはり人間は自分が経験すると、より一層深く、その状況を実感できるものだ。

 キッツは今回皮膚筋炎になったことで、老化というものを体験した。年を取ると、日々の暮らし自体が大変になるものなのだ。ただ老化の場合、歳を重ねるごとに体の衰えが増すため、老化現象を自覚しづらかったり、自然と受け入れていったりする。しかし皮膚筋炎で老化現象が起きた場合、先週まで何の苦もなく出来ていたことが、今は出来ないとなり,、混乱する。急激な変化を受け入れるのが難しい。それこそ意識せずにできていた階段の上り下りといったことさえも、今は意識して一段一段ゆっくりと手すりにつかまりながら登らなければいけない。意識の切り替えが必要だ。その脳の切り替え作業に、ある程度の時間と努力が必要とされる。

 このように、老化と皮膚筋炎の症状はとても似ている。しかし純粋な老化と病気の皮膚筋炎で決定的に異なるのは、皮膚筋炎は回復する、ということである。

 老化は回復しない、とまでは断言したくないが、生物である以上死に向かって体が衰えるのは避けられない。ある程度健康なままで最期を迎える方はもちろんいるが、それでも彼らの筋力は10代の若者のようにとはいかないだろう。

 けれど皮膚筋炎で落ちた筋力は、健常者に近い状態まで回復する可能性が大きい。

 キッツの場合、発症後約7カ月の時点で、杖なしで30分歩くことが出来るようになった。階段も手すりにつかまることなく上り下りが出来る。自転車も少しは乗れる。病気発症前の状態には戻っていないが、確実に回復はしている。特にステロイド投薬を10㎎切ってからは、体力がついてきたという自覚があった。

 皮膚筋炎は、回復可能な病気なのだ。

 光が射した。

 良く晴れた日の海辺。

 遠い空には、少しだけ白い雲。

 その隙間を、太陽の光が斜めに差し込みキラキラと光る。

 そんな状況。

 そんな気分。


 何よりも良かったのが、今回の一連の疑似老化体験により、これから本物の老化が始まった時、慌てることなく対処が出来るであろうという自信がついたこと。

 あ、これこれ。前にやったやつ。

 そうなるだろう。

 一度体験していることは対処しやすい。回復しなくても、状況維持、ちょっとした改善は出来るに違いない。

 40年後の先取り。

 ラッキー。

 そんな風に思うキッツなのである。


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