第7話 冒険の書

 今日はギルド(自社)で、先日の討伐クエスト(お客様との仕様書レビュー)の後処理(指摘事項を仕様書に反映)だ。

 戦闘記録(議事録)は後輩に任せる。


「それじゃあ、書けたら教えて」

「は~い」


 間延びした喋り方は後輩の悪癖だ。

 だが、戦場(客先)ならともかく、普段から硬いことを言うつもりはない。

 戦力になり、TPOをわきまえることができるなら、個性のうちだろう。


☆★☆★☆★☆★☆★


「できました~」

「ありがとう」


 書けたようだ。

 連絡を受けて、内容を確認する。


~~~~~後輩の議事録 ここから~~~~~

 2016年10月10日

 晴れのちくもり


 今日は課長と先輩と一緒にお客様のところに仕様書レビューにいきました。

 お客様は佐藤さんと鈴木さんでした。

 会議室は119でした。


 佐藤さんがXXXと言いました。

 それを聞いて先輩がYYYと言いました。


 ~中略~


 最後に先輩がZZZと言って会議が終わりました。


 途中、仕様変更が起きそうになりましたが、結局、無くなりました。

 変更しようとすると面倒な部分だったので、無くなってよかったと思います。

~~~~~後輩の議事録 ここまで~~~~~


 ・・・呪文書?


 一瞬、内容が理解できなかった。

 異世界の言語で書かれているのかと思った。


 いや、何をイメージして書いたのかは解るのだが、なぜそれをイメージして書いたのかが判らなかった。

 日記を書いてどうする!と言いたい衝動が沸き上がったが堪えた。

 なんとか、ポーカーフェイスも保てたと思う。


「もう少し、ビジネス文書らしく書いてくれるかな」

「わかりました~」

「お客様にも送るから失礼のない文章にしてね」

「は~い」


 ここで怒ったり、自分で書き直したりするのは簡単だ。

 だが、それでは後輩が育たない。

 ほめて伸ばすのが、自分のポリシーだ。

 幸い、修正を指示しても嫌な顔はしない、性格は素直なようだ。


☆★☆★☆★☆★☆★


「直しました~」

「ありがとう」


 1回目より時間がかかった。

 書き方を調べたりもしたのだろう。

 今度は大丈夫だろうか。

 内容を確認する。


~~~~~後輩の議事録 ここから~~~~~

 拝啓 


 貴社ますますご盛栄のこととお喜び申し上げます。

 平素は格別のお引立てを賜り、厚くお礼申し上げます

 

 先日の会議でご指摘いただいた内容につきまして、以下のように記録いたしました。


 ~中略~


 まことに厚かましいお願いとは存じますが、ご確認して頂きたくお願い申し上げます。


 今後も皆様のご指導を仰いで、いっそうの努力をいたす所存でございます。

 ご支援、お引立て賜りますようお願い申し上げます。

 まずは、略儀ながら書中をもってお礼申し上げます。


 敬具


 2016年10月10日

~~~~~後輩の議事録 ここまで~~~~~


 ・・・古文書?


 一瞬、解読できなかった。

 古代語で書かれているのかと思った。


 ある意味惜しい!と言いたかった。

 確かに、要求(ビジネス文書、失礼のない文章)は満たしている。

 努力したことも伺える。

 でも、欲しいものとは、ちょっと違う。


「う~ん、ビジネス文書にはなっているけど、議事録の書き方になっていないかな」

「そうですか~」

「前に別の会議で作成した議事録があるから、同じような書き方にしてくれるかな」

「は~い」


 記録はきちんと取っているようなのだ。

 重要なポイントはきちんと書いてある。

 努力は認めたいと思う。

 お手本を見せれば改善すると信じたい。


☆★☆★☆★☆★☆★


「今度はどうですか~」

「確認するよ」


 ・・・・・


「うん、だいたいいいね」

「やった~」

「あと、こことことだけ直してくれるかな」

「は~い」


 ふぅ。

 後輩が席に戻るのを確認してから溜息を吐く。


 海外に行くと、自分が常識だと思っていたことが、相手に通用しないことがあるという。

 それは、自分や相手がおかしいのではなく、文化や価値観の違いなのだという。

 しかし、同じ地域で育ち、年代も近いはずなのだが、なぜこれほど文化や価値観の異なる人間になるのだろうか。


 世界は神秘に満ちている。

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