一人ぼっちの天才魔術師

しみしみ

プロローグ

 鈍い頭痛で目を覚ます。

 長い夢を見ていたような気がする。

 仰向けに寝ているのだろう、木の天井が見える。

 随分と古びた家――いや、小屋だな。

 手足の痺れが酷い。

 かろうじて手足があることがわかるくらいで、動かすことができない。

 いや、本当にあるのか? 不安になって目を向けてみる。


 するとどうだろう。

 そこに手足はなかった。


 まだ、というのが正しいか。

 というのも、渦を巻くように徐々に自分の手足が完成していっているのだ。

 そして完成した部分の感覚は次第に戻ってくる。

 不思議だ。

 ぼーっと自分の手足が完成するのを待つ。

 こんな非日常の体験をしているのに全然焦りや不安がないのはなんでなんだろうな。

 夢の内容が少しずつ鮮明に頭に浮かびだしてきた。

 真っ赤な花畑の中に白髪の少女が立っている。

 可憐だがどこか不気味さを感じる後ろ姿は、まるでこの世の住人ではないような。

 って、そもそも夢だからこの世の住人ではないか。

 あと、そうだ。

 リア。


 リア。


「リア!!」


 上体を起こして叫んだ名前は、誰の名前か最初はわからなかった。

 でも、今ならわかる。

 なんで忘れていた、なんで、なんで。

 こんなにも、大事な人なのに。

 見渡すが、この部屋には俺が寝ているベッドと、机、その上に一冊の本。

 それだけだ。

 リアの姿はない。


「リア、どこにいる、リア!」


 その言葉を口にする度に、記憶がごっちゃりと頭に流れ込む。

 俺は、死んだはずだ。

 その事実に気付くとともに、嫌な予感が胸を押し広げていく。

 まさか――



 ――死者蘇生を行ったのか。


 そうであれば、神の水はどうやって手に入れたんだ?

 あれから、何日、いや何年経った?

 手足がようやく完成して、身体が自分を取り戻したところで、真っ先に机の上の本に向かって歩く。

 本の表紙には、ヒューズへと書かれていた。

 ぱら、と一枚ページをめくって読んでみる。


 おはよう、目が覚めた?

 きっとあなたが目を覚ます頃には私はいないだろうな。

 あなたがいない世界は退屈だった。

 不死身の体なんていらない。

 あなたがいればそれでいい。

 そんなことに今気付いたって遅いよね。

 私はあなたに生きてほしい。

 あなたに笑ってほしい。

 だからこの命をかけて、あなたを生き返らせます。

 ごめんね、わがままだね。

 これが最後のわがままだから、どうか許してください。

 じゃあ、先に寝ることにするね。

 おやすみ。


 胸を締め付ける、なんとも表現できない感情。

 最後のわがまま? ふざけんな。

 俺だって君がいないとだめなんだ。

 君に笑ってほしいんだ。

 最後になんてさせない。

 絶対に、絶対に。

 本を置いて、ドアを開けて、靴を履いて、歩きだす。

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