神なる鷹


「ふ――ッッ!」


 呼気、一閃。朝霞あさか伝家の無銘むめい〉は本来、これといった逸話も無く、それをった鍛冶師も定かではない、花守の持つ刀の中では他と比べ見劣りがする『性能』の刀霊だ。そしてその主、神鷹じんようも――かこい斉一せいいち百鬼なきり椿つばきが評するように――〈夕京五家〉の、否……他家とさえ比べて劣る霊力の持ち主。一人と一刀、あわせてのの神力で、平時に迷い込んだモノならまだしも、霊境崩壊により〈幽世かくりよ〉からあふれ出た生粋きっすいの霊魔を、果たして討てるものなのか。


 シン、と斜めに走った剣筋に沿い、鬼の上半が滑って落ちる。


 ――


 その刀身にはけがれの一ツさえ沁みかず、残心を解いた神鷹は〈無銘〉を鞘に戻して告げた。


こう」


 おののきではなく、剣術の純粋な美しさに見蕩れていた花守たちが我に返り後へと続く。


 瘴気により淀んだ堀の奥、皇居の正門に立ちはだかった霊魔を討ったところで、神鷹はその理由を考える。


 ……確かに、この皇居を擁する桜路町おうじちょうかなめの土地だ。だがそれは。五家が守護する霊脈はそのすべてが瘴気に堕ちてしまえば幽世に呑まれてしまう。だからこそ深山みやまに端を発する霊境崩壊はのだ。桜路は日ノ国の中心とはいえ他と比べて優先度が低い――ように、思うのだ。黄泉路よみじの向こうに棲む亡者の行いにしては、


(何が狙いだ……?)


 椿が警戒する、――幽世に在りながら、ヒトとしての知性を保っている霊魔。そういった機微を持つモノが裏に潜んでいる、と神鷹は直感した。


 この桜路町は現在最大の戦地であり、だからこそ花守たちの、そして皇族のいのりは作用している。霊魔たちにとってもに変わりなく、生き残った花守が本気を出せばこのように、さらりとは言わないまでも難ありながらも勝利を手に入れられるたぐいの戦場。


 今回の作戦以前からこの地に残り続けていた花守たちの奮戦もあり、桜路の霊脈へはまだ霊魔の侵入を許していない。


 。ならば連中は何を求めて――そこまで考えたところで、神鷹の全身に悪寒が走った。振り返る。突入した花守は凡て神鷹の号令どおりに皇居の制圧に向かっている。後ろには後詰しかいない。


 逡巡、一秒。それ以上の惑いは皆の命に関わると断じ、神鷹は決めた。


「このまま霊脈の確保に向かってくれ!」


「朝霞様!?」


 踵を返し、皇居の敷地から走り去る神鷹に泡を食う傘下の花守。


 つい先ほどは正門に鬼が立ちはだかった。今はその役を、他ならぬ自分が担当することとなっている――此処で迎え、討つ。一歩たりとも進ませない。


 桜路町の……皇族に連なる花守たちは何を護っていたのか。無論霊脈だ。それとは別に、この土地にはしずめるべきモノが在る。


 死後、幽世へと赴くことはなく。この土地に首と魂を遺したままの存在。


 日ノ国に生きる者たちであれば誰しも一度はその名を聞く、その武功。


 ソレが、霊境崩壊に際し途絶えた禱りの隙を突かれ、存分に瘴気を充填された場合どうなるか。


「――いやはや、生きて御身と相対あいたいするは光栄の至り。けれどもどうか鎮まり、今ひとたびの眠りに就いてはいただけませぬか……


 神鷹の首筋を、冷たい汗が流れ落ちる。応える声はない。



 その霊魔は、旧い甲冑を纏っていた。


 その霊魔は、右手に太刀を握っていた。


 その霊魔には、首がなかった。


 桜路の門が死地へと変貌する。連中の狙いはか、と神鷹は鞘を握ったままの左手の震えを、


「すぅ……はぁ……」


 深呼吸一つで、ぴたりと止めた。


 首無し公が、口上を述べぬ代わりに太刀を大上段に構える。


「……〈無銘〉」


 無き銘を呼び、神鷹は右手を柄に乗せた。


 応える声はない。神鷹の乏しい霊力では、この刀に宿る刀霊の声も、姿も知覚することはできない。――それでも。


 共に、今この瞬間まで傍に居てくれている、と神鷹は信じている。信じられた。亡き父・沖鷹ちゅうようの言葉の通りに。――幼い日の、友が教えてくれたように。


〈無銘〉は神鷹を裏切らず、神鷹もまた、〈無銘〉の主に足る自分であろうと努めた。それがを造っている。



「夕京五家、朝霞当主神鷹――して参る」


 応えたものは声ではない。瘴気に侵された霊魔に相応しからぬ純粋な『戦意』がただ、オウと唸って。


 両者は必殺、二振りの太刀が届く距離までの距離を一気に詰めた。


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