三十九

 他の分隊と合流しダンカン達は喧騒の出所へと急いだ。

 今は暗い影を落としているが大通りの元は商店街と見られるところで、戦端が開かれていた。

「援軍を寄越してくれ!」

 そう叫ぶ声が次々に聴こえる。

 相手は歯牙に掛かりヴァンパイアとなったこちらの兵士だった。

 赤い目を光らせ、凶暴な叫びを上げて得物を振るい、驚異的な身体能力で建物の屋根伝いに飛び移り攻撃をしかけてくる。

「あ、あ、あ!」

 ダンカンの目の前で元兵士だったヴァンパイアがこちらの兵士を押し倒し、大口を広げて伸びた牙を首筋に突き立てようとしていた。

「ちいっ!」

 ダンカンは聖水に濡れた剣でヴァンパイアを一刀両断にした。

 耳をつんざく様な悲鳴を上げてヴァンパイアは灰となって零れ落ちた。

「ありがとうございます」

 助けた兵士が礼を述べた。

「どういう状況なのだ?」

 ダンカンは尋ねた。

「サルバトールが突然現れて二つの分隊をたちまちヴァンパイアに変えてしまったようです。そこから次々ヴァンパイアとなる者が増えて」

 兵士が言った。

「サルバトールは……あの向こうか」

 兵士達の激戦の先の先を見詰めてダンカンは言った。

「隊長、サルバトールの相手をできる戦士は限られているわ。私なら奴と対等に渡り合える自信があるわ」

 カタリナが聖水の滴る片刃がノコギリとなった両手剣セーガを引っ提げてそう言った。

 確かにカタリナなら止められるかもしれない。無論、誰かを助勢に入れる。あのエルド・グラビスでも引き分けたのだから。

「俺達は敵の首魁を狙う。このような惨事を広げるわけにはいくまい!」

「はい、隊長!」

 アカツキが頷いた。

「では行くぞ!」

 ダンカン隊は、他の隊がヴァンパイアと化した元兵士達と剣を交えている間を潜り抜けて行った。

 すると前方に燕尾服を身に纏った長身のヴァンパイアがしもべと化した兵士達に守られ立っていた。

「新たな獲物か。ヴァンパイアの恐ろしさを思い知らせてくれる。行け!」

 しもべ達が襲い掛かってくる。

「隊長、副長、行け!」

 バルドが言い、ゲゴンガ、フリット、アカツキを率いてしもべとぶつかった。

「奴らの目は見るな。動きを封じられる」

 ダンカンは仲間達に向かって言った。

「行くわよ!」

 するとカタリナが突進し、ヴァンパイアの首魁に躍り掛かった。

 鋭い剣閃をヴァンパイアは残像を残して避けた。

「女、少しはできるようだな。我がしもべとしてくれるのが楽しみだ」

「そうはさせん!」

 ダンカンはヴァンパイアの首魁に斬りかかった、軽々剣で受け止められ、蹴られて転倒した。

「隊長!」

 カタリナが呼んだときは既に遅かった。

 倒れたダンカンにヴァンパイアは牙を剥き出して力強く覆い被さっていた。

「くそおっ! こんなところで俺は!」

 凄まじい力でがっしり押さえられダンカンは動けなかった。

 ヴァンパイアが口を開き長い牙がダンカンの首筋に迫った。

 その時一陣の風と共にヴァンパイアが後退した。

「サルバトール! かつて我が領地を二度に渡って荒廃せしめ、民衆を殺戮した恨み、亡き民達に変わって俺が討ち晴らしてくれる!」

 それはサグデン伯爵だった。

 伯爵は黄金色に輝く鍔のある太い両手剣を手にしていた。

「この剣の名は聖剣セラフィム。ヴァンパイア殺しのために教会より譲られし剣だ。これを持ってお前を討ち滅ぼす!」

 齢五十も越えたと思われるサグデン伯爵は衰えの見せぬ動きと覇気でヴァンパイアに斬りかかった。

 サルバトールも剣を振るい両者は睨み合った。

 ダンカンもカタリナもいつでも助けに入れる構えを見せて、戦況を見守った。

 サグデン伯爵は次々打ち込み、ヴァンパイアを翻弄していた。

 サルバトールは舌打ちし、近くの家屋の上へ跳躍した。

「ここで時間を食われるわけにはいかない。私にはこの戦況を覆すためにここを地獄と化さねばならぬ使命がある。阻止したければ私に追い付いてみせるのだな」

 サルバトールは屋根伝いに跳び、影となり姿が見えなくなった。

「逃がしたか」

 サグデン伯が口惜しそうに肩を震わせて言った。

 程なくして不意に再び城下のどこからか悲鳴が上がった。

「また犠牲が出たようだ!」

 そして伯爵はダンカンを見て言った。

「分隊長、この場はお前に任せるぞ。俺は奴を追う」

「はっ!」

 ダンカンは敬礼した。

 サグデン伯爵は四人の部下を率いて去って行った。

「カタリナ、言われた通りだ。俺達はこの場にいるヴァンパイアを一人たりとも逃さずに討滅する!」

「了解よ」

 そして二人はそれぞれ仲間や他の分隊の兵士達の助勢に入り、聖水に浸された剣で次々ヴァンパイアを滅していった。



 二



 悲鳴は続いた。

 ダンカン達が追いつくと、そこにサルバトールの姿は無かった。

 だが、歯牙に掛かりしもべとなった者達が大勢待ち受けていた。

「ダンカン、来たか」

 老将ジェイバーがいた。

「ヴァンパイアの首魁はここにはいないようですね」

「そうじゃな」

 そして再び町のどこからか悲鳴が上がる。サルバトールは町中を跋扈し、散らばる分隊を着実に歯牙に掛けつつある。このままでは敵の大軍勢ができてしまう。

「ダンカン隊、お主らに命じる。速やかに敵の首魁を探し、討て! この場はワシらで何とかなる」

「わかりました。ダンカン隊は、敵の首魁の捜索と討伐に当たります!」

 ダンカンは部下達を振り返った。

 彼らは頷いた。

 悲鳴が聴こえる。

 ダンカン隊はその声の示す方角へ急いだ。

 広い城下ではヴァンパイアとなったしもべとこちら側の分隊が所々でぶつかっていた。

「ダンカン!」

 バーシバルがヴァンパイアを斬り裂き、灰とし、こちらを呼び止めた。

「バーシバル! 俺達はジェイバー様の命令でサルバトールを追っている。いずこか知らぬか?」

「最後の悲鳴は北の方から聴こえたぞ」

 バーシバルが言った。

「分かった」

「生きて戻れよ、ダンカン!」

「ああ、お互いにな」

 ダンカンは部下を率い大通りを北へと向かったのだった。

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