二十四

 縦に横に剣閃が走る。

 ダンカンはフリットの剣を受け、同じ片手剣を使用する者同士、連日の猛練習でその腕前が着実に上がっているのを実感した。

「良い感じじゃない、フリット君も、隊長もね」

「ありがとうございます」

 手合わせを終えるとフリットがダンカンとカタリナに礼を述べた。

 そして若者は地べたに倒れ込むと、大きく肩を上下させて息をしていた。

 フリットはこの前にゲゴンガとバルドの相手をしていた。すばしっこさのゲゴンガと剛力のバルド、その二人相手では疲れるのも無理は無かった。

「バルド、手合わせ願えるかしら?」

 カタリナが練習用の両手剣を取って言うと、オーガーのバルドは頷いた。

 隊の二強が剣と手斧を打ち合う。カタリナは涼やかで、バルドは落ち着いているが、両者の技の冴えは寸分違わず相手の得物を鋭く打った。

 カタリナに敗北し、副長となれなかったバルドだが、彼も彼なりに地道に鍛えていたらしい。むしろバルドの一方的な展開と言っても過言では無かった。

「二人とも頑張るでやんす!」

 鬼面を上げてゴブリンのゲゴンガが声援を送った。

「そういえば、その面はどうしたんだ?」

 ダンカンは尋ねた。フリットと打ち合う際にゲゴンガはこれを下ろして顔を覆っていた。

「オイラ、なりは小さいし、侮られることが多いでやんす。だからバルドみたいな強面になれば舐められないと思ったでやんすよ」

「そうだったか。よく似合ってるぞ」

 ダンカンが言うとゲゴンガは鬼面を下ろして声を上げた。

「ガオー! オーガー族でやんすぞー!」

「後はたてがみさえ身につければどこからどう見てもオーガーだな」

 ダンカンが言うと鬼面を被ったゴブリンは頷いた。

 カタリナとバルドの戦いは続いていた。

「見事だな」

 思わずダンカンはそうこぼした。

 俺にもこれだけの強さがあればイージスを死なせずに済んだのかもしれん。

「隊長」

 フリットに声を掛けられダンカンは振り返った。

「何だ?」

「イージス副長のことを考えていらっしゃいましたね?」

「ああ。お前でもお見通しか」

 ダンカンは苦笑いした。

「イージス副長の死は隊長だけの責任ではありません。俺もゲゴンガもバルドさえも未熟でした。全員に責任があります。だから今度はイージス副長がそうだったように、仲間を救える剣を、力を、俺達は身につけようと、猛稽古してるのではありませんか。イージス副長のことを忘れろとは言いません。でも彼の死から学ばなければならないことはあるはずです」

 真面目な顔で若者が言い、ダンカンは頷いた。

「そうだな。お前の言う通りだ。感傷に浸るのではなく、イージスが俺達に教え、記憶に残してくれたことを学んでゆかねばならんな」

 前方の戦いは勝敗が決していた。バルドがガクリと片膝を付く。潔いオーガー族の負けた証だ。オーガーだけではなく亜人達は揃って純朴で潔かった。戦闘では無双の力を発揮し、頼もしい相棒達だったが、今は数えるほどしかない。オークの戦後処理の処遇を巡って人間達の元を多くの亜人達が去って行ったのだ。

 王国は慌てて募兵を触れ回っているようだが、人間でさえも兵の集まりは芳しくなかった。

 オークの城を手に入れた魔族達は今頃何をしているだろうか。

「さすがバルドね。疲れたわ」

 カタリナが額の汗を拭って言った。

 するとバルドが立ち上がり、ダンカンを見た。

 相手になると言うのだ。

「よし、頼むぞバルド! 今日こそ、一本取ってやる!」

 ダンカンは力量が上の部下に勇躍して打ち掛かって行った。



 二



 ダンカンは暇を見ては足繁く城下に通った。

 カタリナと訪れたあの武器屋だ。

 名工スリナガル作の短剣、その名もオーク殺しは未だに売れていなかった。だが、人目を引いていた。傭兵や非番の兵士、または民が、武器屋の前で、飾られているその短剣を見上げていた。

「手が届かない値段じゃ無いけど」

 誰かがそう言い、ダンカンはドキリとした。

「でも、短剣じゃなぁ。扱うのも技量がいるだろうしな」

 そう。その通りだ。だから諦めて去れ。

 ダンカンは集まっている人々を見てそう願った。

 カタリナがうっとり眺めていた姿を思い出す。彼女は完全にこの短剣に心を奪われていた。

 何としても俺が彼女に送るのだ。今は、金は無いが……。

「店主」

 見物人が去った後、ダンカンは店の主に声を掛けた。

「おや、またアンタかい」

 どうやら顔を覚えられてしまったようだ。

「よほど、この短剣が気に入ったと見えるね」

 店主が言った。

「ああ。だからこそ、予約するのは駄目だよな?」

 駄目もとで訊いたがやはり店主は渋い顔をした。

「それは無理だね。明日、明後日に買ってくれるのなら考えるけど、それだけの持ち合わせは無いんだろう?」

「まぁな」

 ダンカンは苦笑した。

「こっちも商売だからね。即座に対価、つまり金が欲しい。そうだろ?」

「そうだよな。分かるさ」

 ダンカンは肩を落として帰還した。

 夕暮れ間近だった。

 城の門の前では補給隊の荷馬車があった。

 フリットが休暇を願い出ていたので、この補給部隊に愛するタンドレスがいたことは分かった。

 今頃、二人は城下か。

 何をしているのだろうか。フリットは今日は兵舎には戻らないだろう。つまり城下で宿を取る。

 ん? と、いうことは……。

 ダンカンは溜息を吐いた。

 俺も奴ぐらい真っ直ぐになれればな。そうすれば苦労しない。

 ダンカンは通行手形を門番に見せ、城へ踏み入った。

 風呂に入る前に一汗かくか。

 練習場へ彼は足を運んだ。

 と、先客がいた。

 フリットとタンドレスが打ち合っていた。

 ダンカンは物陰に隠れた。

「良いぞ、フリット! やるようになった! その調子でどんどん打ち込んで来い!」

 タンドレスが言った。

「ああ、遠慮なくいくよ!」

 フリットが応じる。

 両者は薄暗くなった練習場で剣戟の音を響かせている。

 ダンカンは邪魔するのも悪いと思い、風呂場へ向かった。

 二人が宿の一室で愛し合う行為をしている真っ最中だと考えていた自分が愚かしく思えた。

 まさしく童貞の考えることなのかもしれない。そうだろ、イージス。

 ダンカンは一番星を見上げて思ったのだった。

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