二十一
今日は休日と決めた。
だが、実際どうやって一日を過ごそうか思いつかなかった。
ダンカンは訓練場にある井戸へ行き、他の分隊が稽古をしている中、バケツに水を汲んで城壁の上へと向かった。
城壁では見張りの兵達がダンカンに気付き敬礼した。
「お久しぶりですね、ダンカン分隊長殿」
見知った警備の兵がそう言った。
「そうだな、しばらくここには来ていなかったな。場所を借りるぞ」
ダンカンは城壁の真ん中付近に腰を下ろした。そして剣を抜く。涼やかな陽光がカンダタを照らしている。ダンカンは剣を水で濡らした布で拭き始めた。
やはり俺にはこういう休日の過ごし方しか無いか。何か他に趣味でも見付かればな。
イージスが横にいないことに多少の寂しさは感じたものの、いつの間にかダンカンは無心になって刃を、鎧を磨き清掃していた。
「ここに居たのね」
どれぐらい時間が経っただろう。女の声が耳に飛び込んできてダンカンは顔を上げた。
そこには新しい副官カタリナが立っていた。
カタリナが隣に座った。
本能を刺激するようないいにおいが漂ってくる。
ダンカンはイージスの忠告を思い出した。カタリナをものにしようと狙っている者が何人もいることこをだ。
「フリット君に尋ねたらたぶんここだろうって」
カタリナが微笑んだ。
「そ、そうか」
ダンカンは彼女の顔を真ん前で見るのが恥ずかしく思い目を逸らしていた。
これでは駄目だ。あの世のイージスも肩をガックリ落としているだろう。
するとカタリナが長い鞘から剣を抜いた。
それを見てダンカンはカタリナに対する恥ずかしさなど吹き飛んでしまった。
見事な両手剣だった。だが、鋭利な刃の反対側はノコギリ状になっていた。
「珍しい剣だな」
ダンカンは思わずそう言った。
「そうでしょう?」
カタリナが再び微笑んだ。彼女は嬉しそうだった。
「セーガって言うの。スリナガルの作品よ」
その言葉はダンカンの度肝を抜いた。
名工スリナガル。彼の生み出す武器は戦士にとって最上の憧れその物だ。太守バルバトス・ノヴァーの両手剣ネセルティーもスリナガル作だという。
まだこのヴァンピーア城が敵のヴァンパイアロードのものだった時、スリナガルは最前線のリゴ村に滞在していた。そして時折行われる、彼が打った武器の競売が滞在する戦士達の楽しみの一つだった。しかし、スリナガルは旅に出てしまった。今はどこにいるのだろうか。と、言ってもダンカンの手持ちの金では彼の打った武器には手が出なかった。競売を煽る小人のブリー族の二人の掛け声も懐かしかった。そう、その当時ダンカンはヴァンピーア城を攻略する際の兵として中央から派遣されてきたのだった。
確か雪だった。あの時の様子が少しずつ思い出されてくる。先代の大隊長クエルポという大斧を得物とする剛力の戦士がいた。猪突猛進の型の戦士で彼に従い幾ら危い目にあったか分からない。その頃はバルバトスは既に名剣ネセルティーを手にし、武勲を立て勇者と呼ばれていたが、ただの弓兵隊長だった。そういえばリゴにはあの頃、幾つかの飯屋があった。それをローテーションで巡るのも楽しみの一つだった。今もあるのだろうか。
「隊長の剣も立派ね。鎧だってそう。しっかり手入れしているのね」
感心するようにカタリナが言い、ダンカンは昔の思い出から我に返って応じた。
「前の副官がこういうことに関してマメでな。俺も負けてられぬと見習ったのだよ。片方がピカピカの鎧に剣で、もう片方がみすぼらしい格好をしていたら、どっちが隊長か分からなくなるだろう」
「だったら私も負けてられなわいね」
「ん?」
「今度は私が隊長のライバルになるわ」
そう言って布切れを取り出し、バケツの水に浸してカタリナは剣を拭き始めた。
その様子をダンカンは呆然として見ていた。
「隊長、手が止まってますわよ」
「あ、ああ」
カタリナに言われダンカンは我に返って鎧を磨き始めた。
初めは落ち着かなかった。だが、ダンカンもそのうち鎧を磨くことに集中し始めていた。
そして太陽が真昼の位置に登ったころ、ようやく一息吐いたのだった。
カタリナが溜息を吐いた。
ダンカンはドキリとした。そして考えた。この後は昼食だ。兵舎の広間で取るのが普通だが、それではあまりにも味気ない。工夫が、何か工夫が必要だ。しかし、俺に出来ることといったら――。
「カタリナ」
相手の名前を口にするのはとても勇気が必要だった。
相手が振り返り、ダンカンは安堵した。だが、勝負はこれからだ。
「どうだろう、城下のどこかで昼食を取らないか?」
「うふふ」
カタリナがおかしそうに笑った。
「ど、どうした?」
「訓練の時と違って、隊長、目が泳いでるわよ。真っ直ぐ私のことを見詰められない?」
「で、できるさ」
ダンカンは努めてカタリナの顔を正面から見た。
綺麗な顔が僅かに微笑みを残している。ダンカンは目を落とした。と、薄手の黒い衣服の下で隆起している豊満な二つの丘が目に入った。ダンカンは慌ててカタリナの顔に目を戻した。そして僅かにでも胸を注視し、よこしまな思いに駆られそうになったことを悟られぬため、早口で尋ねた。
「そ、それでどうなんだ?」
「ええ、御一緒させて頂くわ」
相手の返答にダンカンは再び安堵し、イージスに尋ねたい気持ちだった。
これで一歩前進したのだろうか? と。
二
一旦分かれて集合となった。
ダンカンは数枚しかない自分の衣服の中から厳選して、衣服を選ぼうとしたが、どれも彼の性格が出ている抑え気味の色の服ばかりだった。だが、この年で鮮やかな服装というのも問題があるだろう。
ダンカンは急いで着替えると部屋を飛び出した。思ったよりも時間を浪してしまった。カタリナを待たせるわけにはいかない。
待ち合わせ場所の城門へ行くと、既にカタリナは着ていた。深い紫色の上下の服装だった。下はスカートでは無くズボンだった。
ダンカンはカタリナにピッタリの色合いだと思った。その落ち着いた色合いが彼女の妖艶さを際立たせているように思えたのだ。
「待たせてすまなかった」
「今来たところよ」
ダンカンの謝罪に相手は薄く笑みを浮かべて応じた。
するとカタリナが吹き出した。
「隊長、ズボンの裾が靴下の中に入り込んでいるわよ」
「何っ!?」
ダンカンは慌ててズボンを引っ張り上げた。
「そんなに慌てることも無かったのに」
カタリナが言った。
「いや、まぁ、とりあえず行こうか」
俺がエスコートするんだ。しかし、何処へ入れば良いのだろうか。飲み屋で大丈夫だろうか?
手を握るのはまだ早いだろうな。もう少し親密になってからだ。そうだろ、イージス?
不安に思いながら、ダンカンは彼女を連れ出して歩いていた。
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