十九

 ダンカンはするべきことをした。

 イージスの奥方に直筆の手紙と夫が愛用していた剣を送り、後は部下に謝罪する代わりにひたすら鍛錬に打ち込んだ。

 この歳でどれだけ武術の技量や力が付くかはわからない。しかしやらねばならんのだ。部下を護る為にも率いて行くにも、率先して強くなければ駄目だ。難題とは思うが、ダンカンは打倒暗黒卿を胸に秘め、バルド、ゲゴンガ、フリットを相手に日夜鬼のように戦った。

 部下達も不平不満も言わずに朝から夕暮れまでダンカンに付き合ってくれた。

 順調に思えたが、ヴァンピーア全体として一つの問題が浮上していた。

 先の戦で、オークの民兵の女子供、老人構わず殺戮をしたことを亜人達が不満に思い、実に九割方の亜人達がヴァンピーアを去って行ったのだ。曰く、自分達は光も闇も信仰していないことを述べた。

 亜人達の抜けた穴は大きかった。多くの分隊が豪傑や優秀な射手を必要とする事態となった。王国はヴァンピーアへの募兵の条件を良くし、兵力を集めようとあちこちの町や村に使者を走らせ看板を設置したとのことだった。それにつれてダンカン達の待遇も少々良くなった。

「オイラは隊長についてゆくでやんすよ」

「俺もだ」

 隊の亜人二人はそう述べた。

「すまんな。我々人間の定めし争いに命を投げ出してくれて」

 ダンカンは心の底から二人に感謝していた。

「さて、再び鍛錬に付き合ってくれ」

 部下達は嬉しそうに頷いた。

 そしてダンカン達はどの隊よりも気迫溢れる修練振りを見せた。

「ダンカン、精が出るな」

 修練の途中、名を呼ばれダンカンは振り上げた剣をそのままに声のした方を見た。

 そこには太守バルバトス・ノヴァーが立っていた。

「これは太守殿」

 ダンカン隊は慌てて敬礼した。

「同じ城内に寝泊まりしているのにこうして会うのは久しぶりだな」

 バルバトスが言った。もう齢は五十を過ぎているだろう。だが砂色の髪はさらさらとし、双眸ははつらつとしている。背は高く体格も良く、煌めく甲冑に身を包んでいる。それに心に響く声。まさに英雄の面影がある。会うたびにダンカンは彼を王として崇拝したい衝動に駆られていた。

「太守殿、何か御用でしょうか?」

 ダンカンが尋ねると、バルバトスは少々表情を暗くして言った。

「蒸し返すようだが、イージスの事は残念だった」

「はい、彼は大切な戦友であり盟友でした。ですが我々ならもう心配いりません」

 ダンカンは胸を張って応じた。

「そうか。実はな、ダンカン、お前の分隊に新しい副長候補を連れて来たのだ」

 ダンカンは多少驚いた。配属されるのは兵卒だとばかり思っていたからだ。それに序列というより強さでいけばバルドが順当にその位置に収めるべきものだとずっと思っていたのだ。

 そしてバルバトスの後ろから人影がスッと姿を現した。

 肩まで伸びた黒い髪に青い瞳。軽装の鎧に身を包んではいるが綺麗な顔立ちをした女だった。

 女が微笑んだ。彼女は決して若くなかったが、どこか妖艶な魅力があり、ダンカンをドキリとさせた。

「ダンカン分隊長、初めまして。カタリナと申します」

 女は心地良い声でそう言った。

「実力の程は直に確かめてみればいい。それで異論があるならいつでも俺に言ってくれ」

 バルバトスはそう言うと去って行った。

 カタリナとダンカン分隊は見つめ合っていた。

 カタリナがおかしそうに笑う。

「私の顔に何かついているかしら?」

「いや、そうではない」

 ダンカンは咳払いした。自分と仲間の紹介をしようと口を開きかけた時、バルドが進み出て来た。

「女が弱いとは思わぬ。事実我らオーガーの女は強い。だが、実力も確かめずにいきなり副官の立場に収まることが俺には納得できない」

 面々を見渡す。ゲゴンガが頷き、フリットは困った様な顔をしていた。

「そうね、あなたの言う通りだわ。バルバトス様もおっしゃっていたけれど、実力の程を直に確かめてそれで不満があるなら、一度この話は白紙に戻しましょう」

 カタリナが言った。

「良い覚悟だ」

 バルドが練習用の重厚な手斧を二本それぞれの手に取った。

 カタリナは両手剣を選んだ。ダンカンはそこで運命めいたものを感じた。イージスも両手剣の使い手だった。

 両者は訓練場の真ん中で対峙した。

 他の分隊の者達が興味深げにその様子を見ている。

「バルド、頑張るでやんす!」

 ゲゴンガが声を上げた。

「贔屓は良くないよ」

 フリットが咎めた。

 ダンカンは審判を務めた。

「両者、準備は良いな?」

 二人が頷く。

「始め!」

 ダンカンが告げると、オーガーのバルドは猛然と距離を詰め斧を高々と振り上げて、カタリナに躍り掛かった。

 風を切る重い音が一つ響き、もう一つは鉄と鉄がぶつかり合う音になった。

 片腕とはいえ、バルドの強靭な膂力の乗った手斧をカタリナは両手剣で受け止めていた。

 そしてカタリナが押し返した。

 刃が煌めきバルドの足を狙うがバルドは抜かりなく応対した。しかしそこからはカタリナのペースとなっていた。両手剣の打ち込みが素早かった。バルドはその速さについてゆくのがやっとだった。

 だが、膂力はどうだろうか。バルドを押し返したとはいえ、もう一度、彼女の腕の力がどの程度かダンカンは知りたかった。

「さぁ、後が無いわよ」

 バルドが壁際まで追い込まれていた。

「ぬおおおっ!」

 バルドが斧を振り下ろす。しかし違ったタイミングで振り下ろされた手斧はカタリナの剣の煌めきの前にそれぞれ宙へ舞い上がっていた。

 バルドがガックリと跪く。

 バルドの斧をまた弾き飛ばしたか。ダンカンは彼女の膂力を認めた。

「勝負あり。カタリナの勝ちだ」

 ダンカンが言うとゲゴンガが飛び出してきた。

「納得いかないでやんす! 次はオイラが相手でやんすよ!」

「良いわよ、相手になるわ」

 カタリナは強気の眼光を向けてそう言った。

 ゲゴンガが距離を詰めて来る。彼は短剣を手にしていた。

 だが、繰り出された短剣はカタリナの一撃の前にまたもや宙に舞う始末となっていた。

「負けでやんす」

 ゲゴンガが跪いた。

「あなたはどうするの?」

 カタリナが優しい口調で言いフリットを見た。

「や、やります! うおおおっ!」

 フリットが襲い掛かったが、カタリナに良いようにあしらわれて眼前に剣を突き付けられ幕は閉ざされた。

「カタリナを副官として認める。異論のある者はいるか?」

 ダンカンが問うと部下の三人は頭を振った。

 周囲からはカタリナの腕前を絶賛する声が聴こえていた。

 ダンカンも彼女の腕前を申し分無しとした。

 それにしてもカタリナはダンカンほど身長は無いもののスラリとした背の高い女性だった。実力と言い、愛用する剣と言い、まるでノッポのイージスの再来だった。

 その綺麗な青色の瞳がダンカンに向けられる。

「これからよろしくね、隊長さん」

「あ、ああ、よろしく頼む」

 彼女が微笑んだ時、ダンカンは思わず目を泳がせてしまった。

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