十二

 今日もダンカンは城壁の上にいた。揃ってイージスがいて、両者は腰を下ろして剣を磨いていた。

 ダンカンは先日フリットが射止めた女性タンドレスのことを考えていた。

 おおよそ美しい女性とは性格の悪いものだ。と、ダンカンは決めつけていたが、彼女のことを見てその考えに疑問を感じる様になったのだ。

 タンドレスは戦乙女の様な美しさを兼ねながら、愚直なほど真っ直ぐな性格に見えた。彼女が他人をネタにし、他の者達と噂をし合い陰で哄笑するような下劣な者でないことは分かっていた。

「綺麗な上に、性格も良いか」

 ダンカンは己のつぶやきを聴きしまったと思った。

「フリットが攻略したタンドレスのことですな?」

 イージスが尋ねて来た。予想に反してイージスは真面目な顔をしていた。その顔は己の剣を磨く腕に向けられている。刃は陽光を反射し鏡の様な輝きを放っていた。

「まぁな」

 ダンカンは頷き話すべきか迷ったが言葉を続けた。

「俺はタンドレスを見るまで、天は二物を与えずと思っていたのだ。つまり綺麗な女性はどうしても性格が悪いとな」

「なかなか酷い偏見ですな」

 イージスが愛用する両手持ちの剣ビョルンの刃をあちこちから眺めながら微笑んで応じた。

「やはり偏見だと思うか?」

「思いますとも。その御様子だと、大方、城中の侍女どもを御参考になさったのでしょう」

「うっ」

 ズバリ当てられダンカンは思わず驚きに呻いた。

 イージスはカラカラと笑い声を上げた。

「兵糧も潤ってきている故、戦が近いでしょう。外泊届の申請は却下されると思いますが、せめて今日ぐらい城下でも散策なさってはいかがです?」

「何故だ?」

「城の空気ばかりでは身体に悪いですよ。第一、この城には性格破綻者の美人揃いしかいないことは隊長の方がよく御存じのはず。少し違った外の空気をお吸いになられませ。心に一石を投じるのですよ」

「心に一石をか……」

 ダンカンは考えた。確かに立場上、このところ城に留まっていた。宿舎も城にある。久々に酒場の喧騒を聴きながら一杯引っ掛けるのも良いだろう。凝り固まった考えや、迷いを払しょくできるかもしれない。

 ダンカンは俄然体力が漲るのを感じた。

「そうだな。今日は城下で悠々として来よう」

「了解です。あとのことはお任せください」

 イージスが満面の笑みで応じた。



 二



 下々の暮らしというのを忘れかけていた。

 石畳の通りが伸び人々が平和に闊歩し、談笑している。

 ダンカンはそんな様子を見ながら街中を歩いていた。

 と、路地裏から子供が二人飛び出してきた。

 兄弟だろうか。木剣を持って振り回して遊んでいる。ダンカンは思わず呼び止めて剣の構え方を教えたい気分に駆られたが、その前に女の声が響いた。

「こら、アンタ達、今日はお店の仕事を手伝う約束でしょう!?」

 二十歳ぐらいの女が路地裏から続いて現れた。肩まで伸ばした短い赤毛を手で撫でつけ、ふとこちらを見る。

 美しい顔をしていた。気が強そうだが、面倒見も良さそうに思えた。だが、ダンカンには娘過ぎた。

 ダンカンはニッコリ微笑み足を進めて行った。

 さっそく才色兼備の女人と出会ってしまった。

 これはもしかしたら自分好みの女性に出会えるかもしれない。

 ダンカンは張り切って足を進めた。

 店が軒先を連ねる通りは人に溢れていた。

 果物屋の女が目に入った。おそらくは年の頃二十五ぐらいだろうか。服こそ地味だったが清楚な印象で綺麗な声をしていた。顔もなかなかだった。と、女性がこちらが見て微笑んだ。なかなかの顔立ちは天使の微笑みに変わった。

「果物はいかがですか?」

「いや、今は間に合っている。また今度、失礼」

 ダンカンは丁寧に頭を下げて道行く人々を不器用に避けながら歩き始めた。

 しかし、幸先が良い。美しい上に器量良しと二人も出会ってしまった。

 それからというもの行き交う者の中に美人で性格も良さそうな女人をダンカンは何人も見つけた。

 城下は宝の山ではないか。

 と、思った。だが、出会う者全てがダンカンにとっては若すぎた。

 磨かれるのを待つ原石か。熟れるのを待つ果実か。だが、時は誰にでも平等に流れる。自分だって平等に年を重ねるのだ。

 階段に腰を下ろしている老爺がいた。

「御老体、どうかなされたか?」

 ダンカンは不安に思い尋ねた。

「いやアンタも隣に座りなされ」

「んん?」

「まぁ、良いから良いから」

 老爺に勧められ、ダンカンは腰を下ろした。

「この高さだと道行く女性の尻ばかりが良く見えるのよ」

 老爺はニヤリと微笑んでそう言った。

「それにのぉ、何処からどう見ても休んでいるようにしか見えぬのじゃ。ここで獲物を待つのよ。極上の尻をの」

「御老体は女の尻がお好きなのか?」

「そうじゃとも。ワシは尻で美人とそうでないとの見分けがつけられる力を持っているのじゃ。ん? おおっ、あの尻はこの間の、待ちわびたぞい!」

 老爺はそう声を上げると道行く人々の中に、その外見とは裏腹に力に満ちた走りで飛び込んで行った。

「尻か」

 ダンカンは老爺がそうしていたように石段に座った。確かに目線は変わる。ダンカンはあらゆる女性達の尻を目で追ったが溜息を吐いた。自分は尻にさほど魅力は感じないらしい。

「あの、大丈夫ですか?」

 不意に声を掛けられ見上げると、女性が心配そうにこちらを見下ろしていた。

 三十代だろうか。美しく落ち着いていて優しそうな顔立ちをしていた。

 おお、これは、女神だ! ダンカンは心がときめくのを感じた。

「いや、少々歩き疲れて休息をとっていたところです」

 まさか女人の尻を品定めしていたとも言えずダンカンはそう答えた。

「そうでしたか。どこかお加減でも悪いのかと思いました」

 優しい心根の持ち主の様だ。黒髪を後ろで一つで束ねていてそれが肩に掛かっていて、より妖艶な魅力を際立たせていた。

「御心配いただいてかたじけない」

 ここだ。せっかくの機会。ここで掴まないでどうする。勇気を出せダンカン!

「あの、もしよろしければ、この後、私と――」

 ダンカンがそう言った時だった。

「母上!」

 行き交う人々の間から四、五歳ぐらいの男の子が飛び出してきた。

 ダンカンは苦笑した。確かにこのような女人を世の男子が放って置くわけがない。

 だが、待てよ? そうだとすると、俺好みの女性は全て人妻になっている可能性が高いでは無いか!?

「それでは」

 女性が子供と手を繋いで去って行く。ダンカンは溜息を吐いた。

 この年だと選り好みする立場にはなれないのかもしれない。だったらこのまま独り身を貫いた方が気楽では無いか。

 ダンカンは立ち上がり、昼間の人のいない酒場に入って酒を少々嗜んで城へ帰った。

 城門を潜り、回廊でイージスと再会した。

「おや、随分お早いお帰りですな」

「まぁな」

「それで首尾はどうでした?」

 その問いにダンカンは苦笑して応じた。

「もう良いのだ。俺は結婚なんぞ視野には入れん。お前と城壁の上で剣と鎧を磨いている時間さえあればそれだけで幸福で恵まれている。そう痛感した」

「そうですか」

 イージスは少々残念そうな顔をした。ダンカンは正直に話した。

「俺は二十代の娘達には心がときめかん。だが、それより上となると既に誰かの手に貰われている。俺は面食いな上に器量良しにしか好きになれない。そんなわがままな男なのだ……。すまん、今日は酒も飲んだしもう宿舎へ帰る」

「そうですか。分かりました」

 イージスが頷いた。

「すまんな、イージス」

「いえ、こちらこそ何とおっしゃれば良いのやら、申し訳ないことをしました。御許し下され」

 神妙な顔でそう言う副官の肩をダンカンは笑ってバシリと叩いて宿舎へ戻って行った。だが、その途中、あの子連れの長い黒髪の人妻の事を思い出し、気持ちが昂るのを感じた。

 もし彼女が俺のものだったら。

 実に何十年ぶりかの忘れていた気が狂いそうな熱い感覚が目を覚ます。今日はこの野放しにしては危険な野獣の様な昂りを静めなければなるまい。

 ダンカンは足早に自分の部屋へ向かったのだった。

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