城の稽古場には夜間以外は剣戟の音が絶え間なく響いていた。

 刃の潰れた訓練用の剣を手にダンカンは、フリットの相手をしていた。

 同じ片手剣同士ということもあり、上達ぶりが手に取る様に伝わってくる。

 若者の繰り出す剣術には鋭い旋風が宿っているかのようだった。

 ダンカンはそれらを的確に受け止め、弾き返す。若者はめげずに打ち込んでくる。

 フリットの双眸はいつにも増して生真面目で、気迫のある目をしていた。

「フリット、頑張るでやんす!」

 外野のゴブリンのゲゴンガが彼なりの声援を送る。

 バルドが隣に並び生来の鬼のような表情でこちらを眺めている。副官のイージスもいた。

「フリット、早く隊長から一本取らないと遅れちまうぞ」

 イージスが言った。

 と、フリットが焦る様にして猛攻を仕掛けて来た。

 だが、荒いだけで隙だらけだった。ダンカンは若者の腕に剣の刃を落とした。

「あっ」

 フリットが声を上げる。

「また隊長の勝ちでやんすね」

 ゲゴンガが残念そうに言った。

「それで一体何に遅れるというんだ?」

 ダンカンは仲間達に尋ねた。

「ハハハッ、隊長、それはですね、補給隊に兵士の女の子がいるんですよ。名前は確か」

「副隊長!」

 からかうように説明を続けるイージスに向かってフリットは抗議の声を上げた。

「タンドレスでやんす。なかなか有名でやんすよ」

「ゲゴンガ!」

 ゴブリンの言葉に若者は怒りか恥か顔を真っ赤にして声を上げた。

 事情は分かった。これ以上、若者を引き留めるのも可哀想だろう。

「フリット、行って良い」

「え!? で、でも、隊長から一本も取ってませんし……」

「そんなことを言ってみすみす機会を失うのか? 行って来い」

 ダンカンが言うと若者は敬礼した。

「隊長、ありがとうございます!」

 そうして若者は足早に去って行った。

 補給隊は度々前線を訪れる。だが、傭兵でもなく女の兵士がいるとは思わなかった。

「さて」

 イージスが立ち上がる。バルドも同様に腰を上げた。

「隊長、次は我々が腕慣らしをします」

「分かった」

 隊随一の剛剣の使い手イージスと、荒れ狂う獣のような獰猛さと並外れた力を持つオーガーのバルド。両者は今日の訓練の白黒をつけるために手合わせをしようというのだ。

 残念だがダンカンでは二人の相手をまともにできなかった。イージスには手加減され、バルドには吹っ飛ばされる。上には上がいるものだ。

 刃の潰してある両手剣をイージスは握り締め、訓練場の砂地へ歩んで来る。バルドも同じく刃の潰された、こちらは二刀流の手斧だった。それを手にしてこちらへ来る。

「では、両者準備は良いな。構えて」

 ダンカンは審判を務めた。

 ノッポのイージスに、戦うために生まれて来たような身体つきの良いバルド、両者は睨み合ったが共に刃を下ろしたままだった。いつものことなのだ。自分やフリットの様に真剣に剣を構えたりはしない。この二人は静かで悠然としている。そして……。

「始め!」

 ダンカンの声と共に両者はぶつかった。甲高い鉄の音が鳴り響く。早いのだ。早い上に力もある。

 イージスも飄々とはしていなかった。真面目な表情でバルドの連撃を捌いている。そして二つの斧諸共吹き飛ばそうと薙ぎ払いを放つがバルドは斧一本でイージスの両手の力を受け止めた。

 一際激しい剣戟の音を聴いて、周囲で訓練していた兵士達の手が休んだ。全員がこの戦いに注目している。

「二人とも頑張るでやんす!」

 ゴブリンのゲゴンガが応援する。すると兵士の一人が声高にどちらの勝利に賭けるのか叫んだ。兵士達が口々にイージスとバルドの名を述べる。その間も両者の嵐の様な猛攻と、間一髪の防御が続いていた。

 ダンカンはいつも思う。自分は部下に恵まれていると。フリットもメキメキと成長を見せているし、ゲゴンガはクロスボウの名手だ。

 イージスの一刀両断をバルドは両方の斧を使って受け止めた。そして弾き返し、懐に跳びこもうとする。だが、イージスがそれを許さなかった。牽制しバルドのタイミングを崩すと、ここでイージスが動いた。

 下段構えの一撃が重たい風の音を孕みつつも、閃光の様に煌めいた。

 しかし、バルドは受け止めた。イージスが打ち込んで行く。バルドは後退せずそれらを片方で受け止める。

 イージスが必殺の突きを繰り出した。

 だがバルドはそれを避け、イージスに躍り掛かった。

 二つの暴風の後に鉄のぶつかる音が続いた。

 イージスは体勢を戻して受け止めていた。が、バルドがここぞとばかりに膂力溢れる攻勢に転じた。

 イージスはそれを受け止め、後退していた。

 その背がついに壁についた。

 誰もが勝敗の行方を見守る。

 バルドが攻める。イージスが受け止める。

 と、イージスの一刀にあのがっしりしたバルドが仰け反った。

 イージスは距離を詰め、薙ぎ払った。バルドの両手からそれぞれ手斧が吹き飛び、遠く離れた地面に落ちた。

 バルドが潔く屈する。

 イージスは荒い呼吸をしながら剣を地面に突き立て身体を預けていた。

「勝者、イージス!」

 ダンカンが声を上げると、歓声が沸き起こった。無論、バルドの勝利に賭けた者達は悲鳴を上げていた。

「やれやれ、バルドの相手は骨が折れますわ」

 イージスが言った。額には汗が浮き出ていた。

「どっちが勝ってもおかしくない試合だった」

 ダンカンが言うと二人の部下は頭を下げたのだった。



 二



 イージスに言われ、ダンカンは彼の後に着いて来た。

 彼が言うには、良いものが見れるというのだ。

 訓練場を去り城の回廊を進んで城下に出るところで足が止まった。

 城の前には補給隊の荷馬車が延々と連なって並んでいた。

 エーラン将軍達、上層部は再度オークキングに戦を仕掛けようというのだろう。それも早急に。前回の戦で多くの兵も失ったが、それは兵糧もだった。こうして毎度の様に忙しく各所からの輸送隊がヴァンピーアを訪れていた。

「あれを御覧下さい」

 おそらく物資を運び入れいれているのだろう。人の姿が見え無い城前に二つの影があった。

 一人はフリット。もう一人は金色の長い髪をした女だった。

 女の方はフリットよりも年下に見えるが、彼より僅かに背が高い。

 そして驚いたことに両者は剣を交えていた。

 意味も分からずダンカンがしかり飛ばそうと声を上げた時にイージスが手で制した。

「剣で勝てたら恋人になってやるとフリットは言われてるんです」

「なんだって?」

 二人の中年兵士は門扉の陰から両者が剣を振るう姿を見ていた。

 フリットのこの頃の訓練の熱の入りようは凄かった。そういうことなのかとダンカンは納得し、心の中で部下を応援していた。

 が、相手の三連突きをフリットは全て鎧で受けて仰向けに倒れた。

「良い師匠に恵まれてるみたいね。少々腕は良くなった。けどまだまだね」

 相手の女性が言うのが聴こえた。

「もう一本! もう一本剣を交えてくださらないか!? タンドレス殿、お願いです!」

 フリットが敬語を使っている。相手は年上なのだろうか。それともただの兵卒では無いのだろうか。ダンカンは疑問に思ったが確認しようがなかった。

「駄目よ。今やっても結果は見えているもの。無駄な戦いはしない主義なの。じゃあ、さようなら」

 タンドレスは剣をフリットに預けてこちらに歩いて来た。

 ダンカンとイージスは門扉に隠れた。

 タンドレスは長い金髪を靡かせた美人だった。歩く格好が毅然としており、威厳もある。まるで戦乙女のようだった。だが、当然、ダンカンにしてみれば娘のようにまだまだ若く見えた。

「どうです?」

「物語に聴く戦乙女のようだったな」

「隊長の好みでしたか?」

 イージスにそう問われ、ダンカンは溜息を吐いた。

「お前はまたそういうことを言うのか。それに部下が好いている人物を私が掠め取るわけにもいくまい。それにだ、こんなおっさんとは不釣り合いだ。娘みたいな年齢のなのだぞ。しかしフリットには更に厳しい訓練が必要なのが分かった。そちらの方が収穫だ」

「私としても、隊長が年相応の女人が好みだと知れて収穫でした」

「イージス……」

 したり顔で言う副官に、ダンカンは再び溜息を吐いたのだった。

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