四
小隊長ジェイバーに続き、戦場には突撃の声があちらこちらから聴こえて来た。
ダンカン隊も勇猛果敢に攻め立てる味方兵達の後を追った。
強兵オークの軍勢が背を向けて逃れ始める。
オークキングの城は平城だった。高く頑強な城壁があるのは勿論だが、周りに堀が無かった。
オーク達は今にも閉ざされようとする大きな門扉目掛けて殺到している。が、そんな僚友を背にし武器を構えて陣形を整え迎え撃つ隊もあった。
決死隊だ。命を捨てて仲間の退却を援護しようとする者達だった。
士気が高い。
その壁にこちらの兵達は次々打ち掛かって行き斃れた。
「崩せ! どんどん当たって行け!」
中隊長オザードが叱咤する声が轟き、兵達は雪崩れ込んでゆく。
死屍累々の中ダンカン隊の番も回って来た。
「みんな、行くぞ!」
ダンカンは声を上げる。そしてオークの前衛とぶつかった。
剣戟の音、断末魔の声が絶え間なく続く。疲労は感じなかった。今は死への恐怖か熱い血潮に覆い隠されているのだろう。
オーク隊は壁を崩さなかった。乱戦にはならず一対一の戦いが繰り広げられている。
考えたものだ。非力な人間が多いため、一対一ならオークに分があった。ダンカンも剣を振るい、繰り出される槍を避け、腕を断ち切り、敵の首を跳ねた。だが、オークの新手が勢い勇んで現れる。これでは城への道のりは遠かった。
ふと脇目で部下達の様子を確認する。フリット、ゴブリンのゲゴンガが苦戦しているが、副官のノッポのイージスは両手剣を振るい、オーガーのバルドは左右にそれぞれ持った斧で力闘を演じていた。
しかし、斃しても斃しても現れる新手を前に騙し騙しやり過ごしていた疲労が鎌首をもたげ始めた。
その時だった。
「前列交代じゃ!」
小隊長の老将ジェイバーの声が轟いた。
ダンカン達の脇から押し入る様にして後続の兵がオークと打ち合った。
ああ、下がって良いのだ。
「ダンカン隊、後退せよ!」
ダンカンが声を上げると四人の部下は素早く指示に従った。
そしてこちらの隊列が物の見事に整えられている様を見てやや感動を覚えた。
「後ろに下がれ、休んでおれ!」
馬上のジェイバーがダンカンに向かって言った。
「はっ、小隊長殿!」
ダンカン達は最後尾に移動し、中隊長オザードの側に来た。
漆黒の鎧と黒塗りの大剣を手にした馬上の主はダンカン達を軽く労うと、戦場へ目を向けた。
髭面で荒くれ者の風貌があった。しかし外見からの想像とは裏腹に落ち着いている。
「分隊長、確か、ダンカンだったな。ジェイバーじいさんのお気に入りの。どうなってるのか見て見るか?」
荒い呼吸を整えているとオザードがダンカンに声を掛けて来た。
「見る?」
ダンカンが問うと中隊長は馬から下りた。
「では失礼します」
ダンカンは察して馬に登った。
戦場が良く見える。
オークの厚い壁が真一文字に端から端へ続いている。こちらの軍勢はその壁を躍起になって崩している。ダンカン達と同じだ。交代し新手を繰り出しながら挑んでいる。
ダンカンは馬から下りた。
「忌々しい壁だ。オーク共だからできることだ」
オザードが言った。
と、馬に乗るや彼は声を上げた。
「扉が閉まった!」
これで外に残されたオーク達は文字通りの決死隊となったのだ。兵として正直その忠勇には感服すべきところもあった。動揺も無く戦いは続いている。
ダンカン達も列に加わり横並びに並んだ。
突如として列がグングン進み始めた。
「ちっ、オーク共め、壁際ギリギリまで下がる気だな。そうなると城壁にいるダークエルフの弓矢が援護してくるだろう」
オザードは悩むように言ったが、敵を殲滅しなければならない。例え矢が降ろうと、攻城戦へ移行するための障害は排除しなければならない。
ちなみにダンカンにとって初めての攻城戦だった。遥か昔の群雄割拠の時代を元にした小説でしか攻城戦は知らなかった。
壁に梯子を掛けて落とされながらも幾度も城壁上へ侵入を試み、あるいは、衝車の破城鎚で城門を破る。それぐらいしか載ってなかったが、時代は進みこちらには大砲がある。それに渡し橋のある長い櫓。これには弓兵を満載して城壁上の敵を排除する使われ方もある。これらがどれだけの力を発揮するのか。
程なくして矢が降り注いで来た。
長い矢が、重く鋭いヤジリを下にしこちらを貫こうとする。
周囲から悲鳴が上がり、列が散り散りになろうとした。そこをオークの決死隊が自らの花向けの死に場所として決め、一気に押し返してきた。
「踏ん張れ! 列を乱すな! 矢にビビるな! オークを相手にしろ!」
オザードが声を張り上げる。
頭上では陽の光りを受けて先端を煌めかせた矢が嵐のように降り注いでいる。こればかりは自分達に武運があることを祈るしかない。
兵達が次々蹴散らされ、あるいは矢の餌食となる。
小隊長ジェイバーが剛槍を振るい一人で力闘を演じていた。
「ジェイバーのじいさん!」
オザードが馬に鞭を入れて駆け出した。
小隊長の窮地に中隊長が赴く。ダンカンも声を上げた。
「俺達も続くぞ!」
矢の嵐の中ダンカン隊は怯まず進んだ。
ジェイバーの周囲の敵をオザードが黒塗りの大剣を振るい斬り殺す。
ダンカン達も他の分隊と共にオークとぶつかった。オークがいるためか、ここには矢は降り注いでは来なかった。しかし、後続は矢の餌食となった兵達の死体や、負傷した者達でいっぱいだった。
オークは物凄い気迫だった。
ダンカンの片手剣を幾度も弾き、打ち返してくる。血にまみれたその姿は地獄の悪鬼だった。
悪鬼といえばアッシュだ。ダンカンは青年の頃に読んだ一冊の短い古本に記された物語のことを思い出した。
その主人公は幾本もの剣を身に纏い戦場という戦場を駆け巡り、敵という敵を斬り裂いて、全ての剣も己の身体もいつも血みどろだった。最後は非業の死を迎えるが、その主人公の名前がアッシュと言い、地獄の悪鬼と称され、たった一人の力で全世界の国王、皇帝を恐怖のどん底に陥れたのだ。
俺も今はアッシュのように地獄の鬼と化さねば!
「人間どもを殺し尽せ! 一匹でも多く地獄への道連れにするのだ!」
オークの叫びが木霊した。
「怯むな! 弱気になったら負けだ! 攻め抜け、攻め抜くのじゃ!」
どこかで小隊長ジェイバーの声がした。
と、オークの剛力を受け、ダンカンの手から剣が落ちた。
「分隊長!」
素早く向けられた槍を先を弾き返しフリットが間に割って入った。
ダンカンは素早く剣を振るい、フリットの脇から剣を突き出した。
刃はオークの鼻面に突き立ち、引き抜くとフリットを押しのけて剣を旋回させた。
オークの首が飛んだ。
「おのれ!」
新手が飛び出してくる。
フリットも野放しにしていた敵と再び対峙した。
「すまん、助かった!」
「分隊長には死んでほしくはありません! いや、俺の仲間は誰も死なせない!」
ダンカンが剣を振るいながら言うと若者も応じた。
強靭なオーク達も疲労が濃くなって来たのか動きが悪くなった。
するとその様子を察したのか声が上がった。
「誰ぞ、オークが末将このゲムゲベンと勝負する勇気のある者はいるか!?」
喧騒にも負けず大音声が木霊した。
「ワシが相手になってやる!」
小隊長、老将ジェイバーの声が轟いた。
両雄ともこちらから姿を見ることはできなかった。
ダンカン達は無言で汗を撒き散らしながら疲労に揉まれつつもオークの肉壁を突破しなければならなかった。そうしなければあの世へ行くのは自分達だ。
「うおおおおっ!」
ダンカンは気合いの雄叫びを上げオークの剣を受け止め、巧みに弾き返し、その首を跳ねた。
と、横から何者かが突進しオークの首を次々と刎ねてきた。
戦場で見かけたあのミノタウロスとトロールのコンビだった。大きな身体には鎧こそ纏ってはいるもののハリネズミの様に矢が突き立っていた。ダークエルフの長弓はクロスボウ並みの威力がある為、おそらく鎧を貫き肉体に達しているだろう。それでも二者は狂戦士の如くオークの身体を腕を首を刎ね飛ばして列を削いでいった。
「敵将、討ち取ったり!」
ジェイバーの声が聴こえた。
疲労困憊のオーク達は最後の突貫を仕掛けてきたが、刃の下に勇ましく果てていった。
「よし、お前ら良くやった! ここは片付いた! 一旦退くぞ! 俺達は働き過ぎた、後ろで少し休憩だ!」
オザードの声が聴こえた。見れば同じく攻め立てていた味方勢が後退を始めている。城壁から降り注ぐ矢の雨は怖かったが、閉ざされた城壁の前に剣一本では何もできない。
「ダンカン隊、退くぞ!」
四つの声が応じた。イージス、フリット、ゲゴンガ、バルド。全員いる。
すると入れ違いに台車に乗った大砲や櫓などを動かす大部隊とすれ違ったのだった。
ダンカンは振り返る。
本格的な攻城が始まろうとしていた。
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