11.僕が、失ったもの -ユズside-

 僕にすべてを打ち明けた母さんは……ぽろぽろと涙をこぼしていた。


 母さんの予知は絶対だった。今まで、外れたことなんてない。

 自分が死ぬことが視えたというなら、きっとそうなのだろう。

 足元が真っ暗闇に吸い込まれるように感じた。


 母さんのいろいろな経緯は、正直言ってこのとき、頭の中には入りきらなかった。

 僕は、母さんが春には死んでしまう、ということで頭がいっぱいだったから。


「ユズル……自分の身を守るためには、あなたが自分の力のことをちゃんと理解することが必要なの。あなたは、他人の心を読むこと以外にもできることがある。それを、一つ一つ教えていくわ」


 それ以降……僕は受験勉強の傍ら、母さんに力の使い方とウルスラの言葉を習った。

 こうなってしまったらもう学校とか受験とかどうでもいいと思ったけど、母さんはこの世界で僕が平和に生きていくことを望んでいた。

 ちゃんとこの世界の人と混じって生きていくためには、そういうことも必要だ、と。


 話がぶっ飛び過ぎてるし、自分でも理解するのにかなり時間がかかったから、トーマには結局何も話せなかった。

 それに、母さんがこれだけ必死に僕に身の守り方を教えるということは……これから何かが起こる、ということだと思う。

 そのときに、トーマを巻き込みたくなかった。



 そして時は流れ、3月。僕もトーマも、大学に合格した。学部は違うけど、同じ大学だ。

 そして僕は、18歳の誕生日を迎えた。

 結局……僕にある力は、相手の心だけでなく記憶もすべて読みとれることと、思念の具現化、そして自分自身を隠蔽カバーすることだけだった。

 攻撃する手段はなく、身を守るには心もとない。


「大丈夫よ、ユズル。視えたから。どれだけ後のことか分からないけど……あなたの笑顔が。トーマくんがきっと、あなたの力になる」

「トーマ?」


 僕は驚いて母さんの顔を見た。


「そりゃトーマは剣道の有段者だけど、普通の人間じゃないか。それに僕はトーマを巻き込みたくないよ」

「どういう形かは分からないけど、絶対、支えになる。そしてあなたが、トーマくんの力にもなるの。お互いがお互いを守る……そんな感じ。だってユズルに笑顔をくれたのも、トーマくんだもの」


 母さんは幸せそうに微笑んだ。

 ――しかし次の瞬間、胸を押さえて……身体が大きくぐらりと傾いだ。


「母さん!」

「ごめん……なさい……」


 慌てて母さんの身体を支える。

 母さんは荒い息をつきながら俺の手をとった。


「もっと……ずっとユズルと一緒にいたかったのに……ごめんなさい……。逃げることしかできなくて……ごめんなさい」

「母さん……」


 母さんの紫色がかった瞳が涙に濡れていた。


「母さん……喋ったら……」

「いいえ」


 母さんが強く首を横に振った。

 そして、じっと僕の顔を見つめた。

 薄く少し濁っていた母さんの紫色の瞳が、急に煌めきだした。


「あなたには器がある。いちかばちかだけど……時の欠片をあなたに託す」

「時の……欠片……?」


 僕の疑問には答えず――母さんは僕の手を取り、ぎゅっと目を瞑った。

 母さんの手から、何かきらきらしたものが自分の手の中に吸い込まれてきたのが分かった。

 それは……僕の身体を駆け巡り、全身に行き渡る。


「あなたは男だから、この力を引き出すことはできないかもしれない。でも必ず、あなたを守ってくれるはず。これさえあれば……誰もあなたを傷つけることはできない」


 ふーっと息をつくと、母さんはゆっくりと僕に身体を預けた。


「私は……あなたのことを守りたかったの。今の……そして、未来のあなたも」


 母さんはにっこりと微笑んだ。

 それが、母さんの最期の言葉だった。

 母さんは笑顔のまま……ひっそりと息を引き取った。




 ――その後のことは……正直、あまり覚えていない。

 たまたま家に来たトーマが、おじいさんに知らせてくれて、いろいろ動いてくれた。

 僕はただ茫然と、座り込んでいた。

 これからどうすべきなのか……全く見えなくて、何も考えられなかった。


 大学の近くに借りるアパートを探してきてくれたのは、トーマだった。

 そして、母さんと十年間住んでいた家を処分する手助けをしてくれたのは、おじいさんだった。

 そうだ……僕はちゃんと、二人にお礼を言えたのだろうか?

 あの頃は、そんなことも考えられなかった。

 僕は――まさに、「生ける屍」だった。


 1か月が過ぎて……大学が始まって……僕にできることは、誰とも関わらずひっそり生きていくことだろうか、と思ったりした。


 これから何があるか分からない。

 力を引き出せない僕は、予知ができない。

 これから何があっても誰にも――トーマには、絶対に迷惑をかけたくなかった。


 でもトーマは、やっぱり母さんを失った僕を放っておくようなヤツじゃないから何かと気にかけてくれる。

 それが嬉しくて、でも怖くて……どうすればいいのか、全くわからなかった。

 そんなある日……トーマが、シィナを拾ってきた訳だ。


   * * *


 僕はトーマを巻き込みたくなかったのに、何故こんなことになったのか……。

 でも、これで母さんの心配が現実のものになった訳だから、ちゃんと考えなくてはならない。


 シィナが現れて、僕は母さんが話していたことをもう一度じっくり考えてみた。

 シィナが最初に口走った言葉は、母さんが教えてくれたウルスラの言葉に近い、と思った。

 一瞬すぎて、聞き取れなかったけど。

 半信半疑だったけど……『ミュービュリ』という言葉が出た以上、シィナは母さんが言っていた『ウルスラの民』なんだろう。

 でも、確かゲートを越えてまでは追ってこれないと言っていたのに。


 だが……母さんが知っているウルスラから、千年もの年月が経っている。

 母さんの件でウルスラもミュービュリを調べ、覗き方やゲートの越え方も確立されたのかもしれない。

 そして、時の欠片が僕に継承されたときを見計らって事態が動き始めたのだとしたら……。

 だとしたら、シィナは女王の血筋の人間なんじゃないか。


 僕を攫おうとしている連中との関係はわからないけど、シィナの力の強さは肌で感じる。

 母さんが言っていた、器の意味が何となく分かる。

 シィナが来た目的は、恐らく僕だったはずだ。


 なのに……覗いたシィナの記憶の欠片には、僕もいたけど大半はトーマだった。シィナの記憶には頑丈なロックがかかっていて、少ししか視えなかったけれど。

 でも、とにかく――シィナは、トーマに会いに来たんだ。それが、シィナにとっての一番強い想いだった。それだけは間違いない。


 母さんの行動と似ている。気持ちが理屈を越えて、シィナを動かしているに違いない。

 でも、その先にあるのは……破滅じゃないのか?

 ゲートは誰もが越えられるものではないだろう。

 きっと、トーマには無理だ。

 そしたら、二人は結局傷ついて……離れるしかないんじゃないのか?


 僕はそれを、黙って見ている訳にはいかなかった。

 何も知らないトーマと、記憶を失っているシィナにはきっと理解できない。

 どうにか……二人が傷つく前に、僕がどうにかしなければ。

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