4.俺たちの敵は、何者だ

 気を失ったシィナをおんぶして、アパートに戻って来た。

 とりあえずベッドに寝かせたけど……。


「何だったんだろうなぁ、あれ……」

「……」


 思わず呟いたが、ユズはそれには答えなかった。

 見ると……頭を抱えてガックリと床に膝をついている。


「ユズ! どうした?」

「ごめん……。ちょっと、休ませて……」


 ユズはそれだけ言うと、そのまま倒れ込んでしまった。


 気を失ってしまった二人をしばらく茫然と眺めていたが……ハッと我に返った。

 ユズをこのまま床に寝かせておいちゃ駄目だよな。


 俺はユズをそっと隅の方に動かすと、布団をもう一組出した。準備ができて、ユズを布団に寝かせる。

 顔色は……特別悪くはないが、ひどく疲れているようだった。

 二人を眺めながら……俺は先ほどの出来事を思い返した。



 男との闘いに夢中で気にも留めなかったけど……ヤツが途中で何回か吹っ飛んだのって、何だったんだろう?

 ……シィナだろうか。

 シィナが叫ぶたびに、何かが起こっていた気がする。

 それに、シィナが現れた場所とあの男が帰った場所……多分、同じだ。

 だから、あの男の目的はシィナで……。

 いや、違うな。一目散にユズに近づいた。あの男の目的は、ユズだ。

 じゃあ、ユズとシィナは何か深い関わり合いがある……?

 でもユズはシィナに初めて会ったようだし、シィナもユズよりは俺に懐いている気がする。


 何だ何だ。全然わからないぞ。

 ……とりあえず、飯の準備をしよう。いつ起きるか分からないけど、腹が減るだろうし。


 俺は台所に行くと、なるべく音を立てないようにしながら準備を始めた。




 それから真夜中になっても、二人は目を覚まさなかった。

 夕飯は先に食べて、二人の分は残しておいた。本当は食料とか買い出しに行きたかったけど、二人を置いていく気にはなれなかった。

 だって……あんな空間の途中から消えたり現れたりするんなら、ドアに鍵をかけたって無意味だろうし。

 でも、ずっと目を覚まさないようなら二人とも病院に連れて行った方がいいだろうか……。

 寝顔を見る限り、身体の具合は悪くなさそうなんだけど……。


 俺は録画してあったテレビ番組を見ながら、静かに眠り続ける二人の様子を見守っていた。



「ん……」


 深夜2時ごろになって、ユズが目を覚ました。


「あれ……」

「起きたか。……何か食べるか?」

「ん……」


 ユズはぼけーっとしたまま返事をすると、シィナを見て目を見開いた。

 夕方の出来事をいろいろと思い出したのかもしれない。

 そしてシィナは、まだ眠り続けていた。

 そっと近づこうとしたので、俺はユズを制した。


「心を読もうとしたのか?」

「うん……」

「心を読むと疲れるって言ってたじゃないか。お前、倒れたんだから余計なことはしない方がいい」


 そう言うと、俺はユズにお茶を渡した。

 ユズは諦めたらしく、俺からおとなしくお茶を受け取った。

 俺は台所に行くと、作っておいたおかずを出し、ご飯をよそった。


「頭は痛くないか? 倒れたとき、頭を抱えてたから……。正直、病院に連れていくかどうか悩んだぞ」

「大丈夫、病気じゃないよ」


 ユズがポツリと答えた。


「ただ、力を使ったから……疲れただけ」

「力?」


 俺が聞き返すと、ユズがハッとして口元を押さえた。どうしたものか、という顔をしている。


 俺はユズにご飯とおかずを出すと

「ところでさ」

と話題を変えた。

 言いたくないなら、聞き流した方がいいだろう。


「あの男、ユズを狙ってたみたいなんだが、顔見知り?」

「いや」


 ユズは首を横に振った。


「全く知らない」

「どうなってんだろうなぁ」

「……」


 ユズは黙ってご飯を食べている。


「俺はてっきり、シィナを狙ってるんだと思ってたけど」

「……僕も……」


 ユズがボソボソと言う。

 ということは、やっぱり隠してるとかじゃなくて本当に知らないんだな。


「狙われる心当たりは、あるのか?」

「……」


 ユズは何も答えなかった。


 心当たり、あることはあるんだな。聞いていいんだろうか……。

 いや、駄目だろうな。待ってくれって言ってたしな。


 俺はしばらく黙って、テレビを見ていた。

 ユズもそれ以上何も言わず、黙々と箸を動かしていた。



「ごちそうさま」


 俺が用意した食事を食べ終わると、ユズは手を合わせて丁寧にお礼を言った。食べ残しも無し、と。

 これだけちゃんと食べられるなら、本当にもう大丈夫なんだろう。


「どういたしまして。……どうだ? 少しは落ち着いたか?」


 俺は食べ終わった茶碗などを流し台に持っていきながら、ユズに聞いた。


「……うん」


 ユズは俺の後をついてきた。


「あの……トーマ。少し話してもいい?」

「……おう」


 茶碗を洗いながら返事をする。

 多分、がっつり向かい合って話をするよりこっちの方が話しやすいだろう。


「僕……去年ぐらいから、新しい力が使えるようになったんだ」

「へえ……」


 さっき言いかけたやつかな。


「あの……男を吹き飛ばしたやつか?」

「違う。あれは僕じゃないから、トーマじゃないなら……」

「俺の訳がないだろ」

「なら、シィナだと思う」


 ふうん……。

 つまり、二人は特殊な力を持つ者同士ってことか。

 シィナに関係あるかもって言ってたのは、このことかな。


「トーマ、これなんだけど」


 ユズの手には折れた竹刀と鉄の棒が握られていた。

 俺が男と闘ったとき、ユズが俺に渡してくれたやつだ。


「ああ、それ。放り出しておくのもなんだから、持ち帰って来たんだよな」

「……見てて」


 ユズはそう言うと、両手に竹刀と棒を握った。じっと見ていると、それらはすっと消えて無くなってしまった。


「えっ!」


 慌ててユズの手の周りをじろじろ見る。


「……どこにいったんだ?」

「……僕の中」

「は?」


 意味が分からない。

 いやそもそも、竹刀と鉄の棒をどこから用意したのかも、そういや全然わかってなかった。

 ユズが自分の中から出したっていうことか?


「……ちょっと違う」


 俺の心を呼んだらしいユズが答えた。


「僕は、自分の頭の中で想像した物体を具現化することができるんだ」

「……???」


 全然わからん。


「あのとき、トーマには武器が必要だと思ったから……竹刀をイメージして、具現化した。竹刀よりもっと固いもの……と思って、鉄の棒を出した」

「じゃあ、それが倒れた理由?」

「そう。初めてまともに使ったから……こうやってすぐ戻せば、まだよかったんだけど」


 確かに、ユズの顔色は倒れた時よりも良くなっていた。

 自分のエネルギーみたいなものを置換しているんだろうか。


「……そうだね、多分」

「ふうん……」


 茶碗を洗い終わると、俺はユズと共に部屋に戻った。

 シィナはまだ眠っていた。


「何で話そうと思ったんだ?」

「これから、またああいうことがあると思うから……」


 ああいう……つまり、誰かがユズを狙ってやってくる、ということか。


「トーマ……もう僕に関わるなって言っても、多分聞かないよね?」

「聞かない。当たり前だろ」


 ユズは困ったような顔をしていた。が、長い付き合いだから俺がそう答えることは分かっていたようでもあった。


「……本当は危険なんだけどね」

「関係ない」


 俺がちょっとムッとして言うと、ユズは声を出して笑った。

 ……かなり久し振りに、笑い声を聞いた気がする。


「それでね。そうなると、トーマの剣だけじゃ太刀打ちできないこともあるかも知れない。僕も、自分に何ができるかちゃんと考えようと思うんだ、これから。そして……シィナも、努力しなければならないと思う」

「シィナ……?」


 何でここにシィナが出てくるんだろう。

 まぁ、でも、シィナが来てから何かが変わり始めているのは確かだし。


「さっき言ったよね。男を吹き飛ばしたのはシィナだって。だから、力を使って疲れてしまって……倒れたんだと思うんだ」

「なるほど……」

「多分、シィナも、力の使い方を学ばないといけないんだよ。事情は全然わからないけど……逃げて来たのであれば、ただ逃げてるだけじゃ何も解決しないんだ」


 眠るシィナを見つめながら、ユズが妙に力強く言った。

 その言葉には妙に重みがあって……ユズも、今までずっと何かから逃げていたのかな、と思った。


「……今話せるのはこれくらいなんだけど」

「十分だ」


 俺はユズに頷いて見せた。

 ユズはホッとしたように息をつくと、少し嬉しそうに笑った。

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