第10話 悪戯

通天で景雪が立ち寄るのは 前宰相の朴典保の義理の弟にあたる櫂陵才の処だと、泉李が予測した。

泉李の旧友でもあるので連絡なしで急に訪れたのだが、驚いた事に来るのが分かっていたかの様な歓迎ぶりだった。


「俺たちが来るのが分かっていたようだな」

「ええ。景雪殿から2日前にご連絡頂きました。あばら家ですが、どうぞごゆるりとお寛ぎ下さいませ」

 陵才が恭順の態度を示した為、桜雅が少し慌てた。


「陵才殿、此方こそ大勢で押しかけ申し訳なく思っているのだ。私は一介の官史に過ぎないのだから、どうか気を使わないで欲しい」

「桜雅様……。ご立派になられましたね」


微妙な立場にいる桜雅だったが、今の彼を見ていると随分と成長したように思えた。

かなりしごかれたのだろうと祇国の誉と言われている2人を生温かい目で見ていると、突然振り返ってにっこり微笑みをかえされた。



「結局、全てあいつの読み通りってわけか」

「その様ですね。まぁわかってましたけど。陵才殿、景雪はいつ着くと?」

「木の曜には着くとの事です。さぁどうぞ、お部屋にご案内致します」


「明後日には景雪と会えるのか」

部屋に通され一息ついた頃に桜雅がつぶやいた。

「なんだ。らしくもない。緊張しているのか?」

質問に答えず、ただ苦笑する桜雅の髪を泉李はクシャッと撫でた。


「三つ子の魂なんとやらだな。お前はガキの頃から兄貴とあいつに絶対的な力の差を見せつけられているからなぁ。どうやっても敵わない存在として意識下にいっつも居るんだろう」


「そうだな……」

桜雅がうなづく。

「兄上も景雪も、俺にとっては雲の上の存在で、目標だった。今でも尊敬しているし、かなわないと思っている」

 そう言いながら桜雅は泉李と莉己を見つめて微笑んだ。

「お前たちもだよ」


 景雪と同期だった2人が、どれほど優秀な人材であるか知っているつもりであった。この約4年間、共に旅をした事で、それが骨身にしみ、2人が自分に仕えてくれている重みを感じない日は無かった。


4年前、政権交代したばかりの朝廷は、まだまだ落ち着くとは言えない状況だった。そんな中、新王となった兄にとって優秀なだけでなく気心知れた官史は、1人でも多く側で仕えて欲しかったに違いない。


それなのに、国内および近隣の諸国の視察を任命された桜雅に仕えるようにしてくれてのだ。


 感謝していると礼を言う桜雅に

「朝廷勤めは性に合わねぇんだよ。それに兄貴分としてまだまだ負ける訳にはいかねーしな」

 と泉李は笑った。


「そのとおりです。あなた方はこの4年、よく頑張りましたけど、まだまだ足りません。もっと貪欲になりなさい」


早く追いついて来いよと聞こえ、言葉に出来ない感謝の気持ちを 桜雅はただ、うなづく事でしか表せなかった。


そんな不器用で素直な桜雅を内心とても可愛く思っている2人の瞳は優しい光を湛えていた。


実は彼らは進んでこの役を引き受けた。本人は気付いていないが、兄をも超えるかも知れない天性の将としての才能を 誰よりも認めていたからだ。

そして、桜雅の 国を、兄を想うひたむきで純真な心を大切にしたかったから。


その時、隣室から悲鳴に近い声が聞こえた。

「……あのっ……クソ馬鹿あにき……!」


3人が顔を見合わせて隣な部屋に行くと、飾ってあった肩幅ほどの大きさのりっぱな壺を両手に持ち、プルプル震える もう1人の可愛い弟分、桃弥がいた。


「どうした?」

顔色も悪いので、桜雅が素直に心配して駆け寄った。


骨董品の大好きな桃弥が、通された部屋にそうそうお目にかかれない壺があったら、する事は1つだ。

実際、眼をキラキラさせてその壺に近づくところまでは目撃していた。


「景雪のやつまた何かやったな」

「一体何を仕掛けたのでしょうね?」

泉李と莉己の顔が緩んだ。


桃弥に言われて壺の裏底を覗いた桜雅は思わず吹き出していた。


『着いた早々、他人の家の品を、鑑定するな。因みにこれは正真正銘本物だ』


小さな紙に達筆で書かれていた文句はいかにも景雪らしい。

そう思い、笑いながら桃弥の顔をのぞきこんだ桜雅が笑うのをやめた。


様子が変だ。

この位の事でここまで落ち込む筈は無い。数々の経験をしてきた桃弥は身も心も強くなっているはず、である。


ならば、他にも何か仕掛けがあるのだろうか? そう思い、壺に手をかけようとした時だった。


「触るな!!」

桃弥が壺を高く上げて叫んだ。


シーンと沈黙が流れる。


やがて3人の視線に耐えられなくなった桃弥がポツリと言った。

「……離れなくなった」

「えっ?なんだって?」


「…………」


桃弥がキレた。

「手が離れないって言ったんだー! あのクソ兄貴っ 壺に何か塗りやがった!」


桃弥の気持ちを考えると、笑ってはいけないと桜雅は必死で耐えた。

隣の莉己は後ろを向いてはいるが、肩が震えている。その様子をみて、泉李が耐えきれす、せめて後ろを向いた時だった。


「待てっ 桃弥! 早まるな!」

桜雅の声に振り向くと、桃弥が壺を持ち上げ叩き割ろうとしていた。


「おっおわっ ちょちょっと まて!それ本物だろう! 目玉飛び出るほど高いんだろう!?」

泉李が飛んでいき、桜雅と2人で桃弥をとめる。


耐えきれなくなった莉己が、二つ折りになって大笑いしてのは言うまでも無い。

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