5話 無限の幻影



「えっと……」


 ハルトは美女にいきなり迫られて声を詰まらせる。


 そんな経験は友達も数えるほどしかいないハルトには未経験だ。


「貴方よね⁉︎さっきからここで何かしているのは!」


 言いがかりの様な発言だが、極魔術きわみまじゅつの練習という何かをしていたのは確かだ。


「ああ、ごめんなさい」


 興奮気味だった彼女は少し冷静になりハルトから離れる。


「私はマナ。マナ=エシャロットよ」


 黒髪の美女はそう名乗った。


「俺はハルト。ハルト=キルクス」


 名乗られたら名乗り返すのは礼儀だ。


 ということで、ハルトは学院でも落ちこぼれで通ったその名を名乗った。


「ハルトって……確か、今日表彰されてた……」


 マナは思い出す様に上を向く。


「ということは、あの現象は貴方の極魔術きわみまじゅつのせいなのね」


 そしてあっさりと、ハルトにとって意味不明な一言を漏らす。

 マナは納得した様子でうんうんと頷く。


極魔術きわみまじゅつって……俺、使えないんだけど」

「そうなの?」

「さっきから何回もここで発動させてるんだけど、何も起きないんだ」


 ハルトはこの話をしたら彼女はがっかりするだろうと思った。


 しかし、彼女の反応はハルトの思い描いていたものとは違った。


「なるほど……やっぱり貴方のせいなのね」


 マナは納得したという様子で、先ほどより目をキラキラと輝かせている。


 正直意味がわからない。


「実践して見せた方が早いわね」


 彼女はそう言うと、杖を取り出し、虚空に何かを書き始める。


「貴方も極魔術きわみまじゅつを発動してみて」


 ハルトは言われて反射的に極魔術きわみまじゅつ発動を唱える。


 そして、魔素が魔術に反応する。


 少し遅れて、マナの魔術が完成する。


 しかし、魔素はマナの魔術回路には見向きもしない。


 つまり、マナの魔術が発動しないのだ。


「……君も、魔術が使えないの?」


 ハルトは仲間が出来たかと思って嬉しくなる。


 対するマナはハルトの言葉を聞いて白けたというような表情を浮かべる。


「もう魔術を解除していいわよ」


 マナに言われ、極魔術きわみまじゅつに集中してた意識を分散させる。


 瞬間、マナが先程と同じ魔術回路を完成、マナの杖の上で小さな暴風が吹き荒れる。


「うわっ!」


 マナが発動した魔術は杖の周りに風を集める魔術。


 つまり、さっきと打って変わって、マナの魔術は成功したのだ。


「これと同じ現象……つまり、魔術の不発がさっきから起きてたのよ」


 魔術の不発。


 彼女が言うには、彼女は研究室で自分の魔術の研究に没頭していたらしい。


 すると不定期に魔術が不発する事態があったのだ。


 ハルトほどじゃなくても親魔性の高い彼女は魔素を第六感の様なもので捉えることができる。


 そう言った力を持つ者は彼女も含めて数少ない。

 しかしその話は置いておいて、マナは魔素の乱れを感知し、その発生源であるハルトへとたどり着いたと言うわけだ。


 今の話を総合すれば、つまりこう言うことだ。



 ハルトの極魔術きわみまじゅつは、魔術を無効化する。



 試したくてうずうずしたハルトは、マナの魔術に対して極魔術きわみまじゅつを発動した。



 が、特に何も起こらない。



「あれ?」


 ハルトは首を傾げる。


「どうしたの?」

「今、魔術を発動させたのに何も起こらないんだ」


 マナがキョトンと首を傾げる。


「でも、貴方の極魔術きわみまじゅつって……」


 2人は首を傾げ、頭を悩ませる。


「とりあえず実験よ!」


 やがて、マナがそんなことを叫んだ。




 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆



 ハルトとマナは煉瓦で舗装された橋を歩く。


 時間は夕暮れ時、日が落ち始め、街灯に灯りがともるくらいの時間だ。


 マキリス神命連合国しんめいれんごうこくは一本の河川の分かれ目を中心としてその付近に都市を築いているため、街の中に大きな河川が多く流れている。

 そのため道には必ず街灯があり、街を照らして河川を視認出来るようになっている。


 安全のために付けられた街灯ではあるが、その灯りは河川の水面に反射し、幻想的な風景を作り出す。


 そのため、夜になっても出歩く人は少なくない。


 さて、早速本題に入るが、なぜそんな場所に来たかと言うと。


「街灯の灯りを消してみましょう」

「……本当にやるの?」


 連合国の街灯は全て1つの魔術回路で灯しており、その魔術回路が欠損すれば一気に全ての街灯が消える。


 つまり、ハルトの極魔術きわみまじゅつが成功すれば街から灯りが消失し、大パニックと大事故に繋がる。


「魔術を無効化する魔術なら、一部だけ無効化もできるかもしれないでしょう?それを試すの」

「試した結果失敗したら大事故が起こると思うんだけど⁉︎」

「一瞬だけならきっと大丈夫!さっきだって、貴方の極魔術きわみまじゅつをすぐに解除したら、魔術がすぐに使えたじゃない」


 ハルトの極魔術きわみまじゅつは効果が恒久的に続くものではないことは、たまたまハルトが発動練習をしていた時に実証済みだ。


 ハルトの極魔術きわみまじゅつの効果は、ハルトが魔術を発動している間だけだ。


 つまり、一瞬くらい街灯を無効化しようが、魔術を解除してしまえばすぐに街灯はまた灯る。


 もし魔術解除の魔術だったとしても、街灯の魔術回路は常に完成された状態にあるため、すぐに灯るはずだ。


「……そう言うことなら」


 渋々ではあるが、ハルトは街灯に対して魔術発動を意識する。


 魔素が反応して街灯の周りに集まってくる。


 しかし、実際には何も起こらない。


「失敗……みたい」


 ハルトは残念そうに呟いた。


「そう、じゃあ次ね!」


 マナは切り替えが早いのかスタスタと移動して行く。


 この後も街中にある既に発動している魔術を対象に魔術を掛けて回った。


 岸から岸への移動板に、街中に配置してある動く階段、人の店の魔法薬(ちゃんと購入した)などにも試してみたが、魔術が成功する事はなかった。


 最終的には魔獣避けの音波にも試してみたが、魔術は発動した様子はなかった。



 現在、2人は学院のマナの研究室で悩んでいた。


「何か勘違いしてたのか……?」


 ハルトは頭を抱える。


「アプローチをしようにも、他に何かあるか……?」


 悩むハルトに対して、マナはまだ冷静だった。


「落ち着きましょう」

「落ち着けって言われてもなぁ……」

「実験は観察が大事よ。何か気付いたこととかはない?」

「気付いたこと……」


 ハルトは必死で思い出す。


「そういえば、街灯とかに魔術をかけようとした時、魔素が集まらなかったな」

「え?」


 ハルトの言葉にマナが驚く。


「どういうこと?」

「だから、普通は魔術を使ったら、その魔術に魔素が集まってくるんだよ。でも、街灯とかに魔術をかけようとしても、魔素が集まって来なかったんだ」

「………………」


 マナはワナワナと震える。


 嘘吐きと罵られるかとハルトは身構える。


「それは本当⁉︎貴方は魔素が見えるの⁉︎」


 マナが勢いよくハルトに迫る。


「あ、ああ。誰も信じてくれないけど」

「すごい!すごいすごい!」


 ハルトの言葉にマナが興奮する。


「もしかしたら私が提唱している魔術理論も実証可能かもしれないわ!」


 魔術理論とは、魔術に対して提唱されている法則や仕組みの事である。


 魔術回路に魔素が反応することで魔術が発動するというのも魔術理論の1つで、過去の偉大な魔術師が提唱した説だから使われているに過ぎない。


「ちなみにどんな理論なんだ」

「これよ」


 マナはハルトに1つの紙束を見せる。


“魔術の先行権”


 要約すると、『魔術を同じ空間・対象に対して発動した場合、先に発動した魔術のみが発動し、後に発動した魔術は発動しない』という内容だ。



 しかし、確かにマナの魔術理論の通りかもしれない。


 さっきまでのハルト達の実験では、魔素は先に発動している魔術に優先して集まり、そこに新しい魔術を発動させても魔素が集まって来なかった。


「……つまり、俺の魔術は発動してなかったのか」


 ガックリと肩を落とすハルト。


「でもこれでわかったわね」


 マナが呟く。


「何が?」

「貴方の魔術が、無効化じゃないかもしれないってこと」


“魔術の先行権”が実際に起こっている事象だとするならば、ハルトが今まで起こした魔術の不発は要するに極魔術きわみまじゅつが先に対象に発動していたために起きた現象だったと言える。


 であれば、極魔術きわみまじゅつがどんな内容でも、魔術の不発は引き出せるのだ。


「確かめてみるか?」

「確かめてみるって……何を?」


 マナがハルトに尋ねる。


「“魔術の先行権”」


 それが確かめられれば、ハルトの魔術に対する理解が深まるかもしれない。

 しかし。


「どうやって?」


 魔術は基本的に同じ対象に重ねて使える分野が少ない。

 同系統の魔術なら出来るかもしれないが、それではどの魔術がかかっているか分かりようがない。


「さっき使ってた風の魔術を使う。そこに魔素を燃料とした燃焼の魔術をかけてやれば出来るんじゃないか?」


 燃焼の魔術の中には炎を生み出す魔術もあるが、炎そのものを生み出して、その炎は周囲の何も燃やさない魔術も存在する。

 その魔術を応用したものが街灯に使われている。


 今回は魔素と酸素を燃焼させる魔術を使う。


 そうすれば、魔術が発動すれば風の流れに炎が乗るはずだ。



 2人は早速、魔術試験場に行って試してみることにした。


 ハルトは気分が高揚していた。


 自分の考えたことを試す緊張感。

 そして何が起こるのだろうという期待感。


 この時、きっとハルトは楽しかったのだ。



 マナが杖を2本取り出し、1本で空中に何かを書く。


 そして風が杖の周りを吹き荒れる。


 マナはもう1本の杖で先程とは別の魔術回路を構築していく。


 そして。

 最後の呪文を唱える。


着火ファイア!」



 炎は起こらなかった。



 ハルトは思わずガッツポーズした。


「つまり……」

「“魔術の先行権”は正しかったんだよ!」


 ハルトはまるで自分のことのように喜ぶ。


「……やった。やった!やったぁ!」


 ハルトにつられてマナも盛大に喜んだ。



 パチン!


 2人はハイタッチをした。



 ◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




 ハルトは余韻に浸っていた。


 とても清々しい気分だ。


「自分の考えたことがピッタリハマるのって……魔術って楽しいな」

「でしょ⁉︎」


 マナが興奮気味に肯定する。


「私もその感覚にハマっちゃって、魔術研究がやめられなくなったの」


 そして遂には、生徒の身でありながら研究室を貰えるまでになっていた。


「私は魔術が好き。そんな魔術を、皆にも好きになってもらいたいの」


 マナは笑顔でそんなことを話す。


 マナの笑顔に、ハルトは思わずドキリとした。


「ところで……」


 マナが話を切り替える。


極魔術きわみまじゅつのこと、振り出しに戻ったね」

「そうだった!」


 ハルトは思い出した様に頭を抱える。


「一体何の魔術なんだよ……全部の魔素が反応してるし……」

「ちょっと待って」


 マナがハルトの呟きを止める。


「全部の魔素?」


 これも大昔の人が提唱した魔術理論だ。


『魔素には系統があり、反応する魔素の系統によって発動する魔術の系統も異なる』


 魔術の系統は大まかな系統に分けることは出来ないが、確かに存在するとされている。

 魔術の得手不得手が人によって存在するのがその証拠とされている。


 ハルトは答える。


「あぁ、魔素は系統によって色や形が違うんだけど、同じ系統の魔術には必ず似た形・色の魔素が集まるんだよ。でも俺の極魔術きわみまじゅつはそこら中にあるの魔素が反応するんだ」


 ハルトの答えに、マナが一瞬考える。


「それってつまり、あらゆる魔術が同時に発動してるってことじゃないかしら?」

「どういうことだよ?」

「あらゆる魔術が相殺し合って、結局何も起こらないってこと」


 つまり、ハルトの極魔術きわみまじゅつの詳細はこうだ。


 あらゆるすべての魔術を同時に発動させることで、全ての魔術が相殺し合い、何も起こっていない様に見える魔術。


 要するに、何も起こらない魔術だ。



「そ、そんなバカな……」


 ハルトはガックリと肩を落とす。


「名前は『無限の幻影スキルオーバー』なんてどうかしら」


 マナが提案する。


「名前ばっかりかっこいいな」


 ハルトは少し疲れを見せる。


「いいじゃない。これは可能性なんだから」

「可能性?」


 極魔術きわみまじゅつは固有の魔術だ。

 その力を使えるのは魔王本人だけ。


「その力をどんな使い方をするのかは、ハルト次第よ」

「俺次第……」


 そう言われると、なんだかドキドキしてきた。


無限の幻影スキルオーバー』。

 ハルトだけの極魔術きわみまじゅつ


 それをハルトが、これから育てて行くのだ。





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