第17話 三人組

《ブゥゥゥゥゥゥン》


西崎「何してんの?」


真壁「あぁ、無痛刺鍼のコツがイマイチまだ飲み込めてないから教えてもらってた」


西崎「ここでぇ?!余裕だなぁ。もう研修終わってんだぜぇ、それに関守さんだって疲れてるっしょ?」


関守「いやぁ、いいんですよ。私も何か落ち着くし」


西崎「ところで、現地での予定はどうなってるんっすか?私達にも何か指示出てるんっすか?」


関守「えぇ、真壁さんから、あぁ、お兄さんの方ね、から連絡は来てます、メールで。現地の宿に着いてからお話しようと思ってました」


真壁「メールって、大丈夫なんですかね?当局?で全て盗聴?検閲?チェックされてるんじゃないですか?」


関守「多分ね。とりあえず全て暗号文にしてあるから大丈夫だと思うけど。完璧はないけどね」


西崎「じゃぁ、とりあえず現地まではゆっくり観光気分でいいんですか?」


真壁「おまえこそ余裕じゃん!」


関守「あはっ、まぁ、そうですね。任務って感じじゃなくてリアル観光客で」


西崎「やたっ!」


《ブォォォォォォォォン》


真壁「あ"ーーー、着きましたねぇ」


西崎「無事着陸ぅ。ここ、空港、ボーディング・ブリッジじゃないのかぁ。タラップで直に滑走路に降りるタイプなんですね。初めてです」


関守「田舎の空港ですからね。建物も簡素ですし。空港出たらタクシーで集落まで行ってホテル探しましょう」


西崎「え?まだ宿決めて無いんですか?」


関守「えぇ、急な話でしたから。あ、そうだ、私達は歳も同じくらいですし、友人三人組の観光客って体でお願いしますね。現地の人とは私が会話しますからお二人は余程のことがない限りはおしゃべりしなくていいですから」


西崎「助かります。学校では中国語の授業があるので会話もさせられるんですけど全然できなくて…国家試験では中国語の問題なんて出ないから授業しなくていいと思うんですけどねぇ」


真壁「うわぁ、スゲー。田舎ぁ!タクシーなんてつかまるのかなぁ?」


関守「あっちにタクシー乗り場あるみたいです」


西崎「あー?!あれが?タクシー?ヤベェ、味のある車ぁ」


関守「まぁ、仕方ないです」


国内線のフライトなので寝るには短時間だし、機内では中途半端な時間を過ごしていた三人だったが、勉強熱心な真壁は今回の研修中に教えてもらったどの老師よりもサポートスタッフだった関守がやっていた無痛刺鍼に感動していて何とか自分も習得したいと思っていた。


日本では鍼を刺すときに衛生的でかつ痛みが少なく刺せるガイドとなる鍼管を補助具として使うことが多いが中国や韓国では鍼管を使わず鍼だけで刺すことが多い。

それゆえに正確で痛みを少なく刺すのはなかなか難しいのだが、関守の刺し方は真壁も西崎も初めて見る方法で、一見すると田植えでもしてるかのように見えた。

しかもとてもスマートで痛みも全然無い。

中国や韓国のテレビドラマでも時折鍼治療のシーンがあったりするがそこでも見たことがない独自なものだった。

真壁はそれを習得したくて研修が終わってもずっと練習していたが今回まさかその関守と再会するとは思ってもみなかったのでこれ幸いで機内で追加講習をお願いしていたのであった。


関守からは研修の最終日に練習に使ってくださいと刺鍼のための独自の練習器具をプレゼントされていた。

独自の器具といっても特別なものではなく、トイレットペーパーをお寿司の細巻き程度に少し緩めにクルクル丸めてそれを普通のセロテープを一重に巻いて止めたものだ。これに鍼管無しで刺すのは意外と難しい。とにかく練習あるのみ。


そんなこんなで程なく現地の空港に着いたが、田舎の空港なので当たり前と思っていたボーディング・ブリッジは無く、ビートルズ来日よろしくタラップで滑走路に降りるスタイルだった。

日本でも離島や田舎の空港にはまだ見られるスタイルだが、西崎は初体験で変に緊張していたが意外と嬉しくもあった。

真壁はタイのリゾート地に海外旅行に行ったときに現地の空港で経験済みであった。


今日は特に任務的なことは何も無く、とりあえず観光客感を出して現地に溶け込むのが主な目的なのでまずはホテルを探してチェックインしなければならないが今晩の宿はまだ決まっていなかった。

刻々と変わる状況の中で急な任務も多いため全て細かなところまで手配できていなかった。

まぁ、それはそれで観光客っぽくもあるが先々不安でもある。

とりあえず現地集落までタクシーで移動しなければならない。こんな田舎ではタクシーすらあるのかどうか不安であったが最近テレビでミャオティンが紹介されたこともあって観光地化が進んでおり、タクシー乗り場はちゃんと整備されていた。

ただ、タクシーの車輌はなかなか味わい深いレトロというかクラシックというかなかなかワイルドな、そしていくらかの不安を感じた。


任務がバレないように友人三人組の旅行という体で行動するように示し会わせたが、三人は関守が学生としても鍼灸師としても先輩格であるが、真壁と西崎も社会人経験者であったため、実は三人共に同い年で、装う必要も無く、時間が経つにつれて普通に友人同士の空気感になってきていた。関守の敬語を除いては。


真壁と西崎が通う鍼灸マッサージの専門学校では国家試験の出題には関係無いが、東洋医学の修学のためには中国語の勉強が必要であるということで授業のカリキュラムに中国語があり期末テストも対象としていた。中国古文の読み方や中国語会話もあれば数え歌のような面白い授業もあって気楽に受けていたがテストはキツかったし、英会話もままならないのに中国語会話は全く使い物にならなかった。


同期生の中には日本人で中国の大学を卒業して中医師の免許を取ったのちに日本で鍼灸の治療したいということで日本の鍼灸マッサージ師の免許を取得するために改めて日本の鍼灸マッサージの専門学校に通う者も数名在籍していた。医師とは違って日本国外の鍼灸マッサージ師の免許は日本国内では無効なので改めて日本での免許を取得しなければならないからだ。

そういう中国では既に医師の立場である同期生が有志を募って放課後に中国語を時折教えてくれていた。これは部活ではなくあくまでも有志による勉強会であった。

真壁と西崎はこの勉強会にも参加していたが会話はなかなか習得できないでいた。

関守も日本での専門学生の頃は似たようなものであったが中国留学をしているうちに自然と会話が身に付いた。そういうものである。

任務でボロを出さないように暫くは現地の人との会話は全て関守の担当としたのだった。

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