第3話鬼

「で、八尺様だったな?」

「そうそう。会ったことあるんだって?」

「一応…」


 イタクァとの遭遇後の平日。宗司は部室で、侑太達に八尺様について尋ねていた。


「あれはまだ…夏休みに入る前だったな」


 発足間もない同好会に、上級生――2年の依頼人がやってきた。

彼が友人たちと共に繁華街に繰り出していると、雑踏の中に異様に背の高いワンピースの女が混じっているのが見えた。

ワンピースの女に気づいた彼とその友人達は驚きと興味から、こっそりとスマホで撮影。


「ぽぽ、ぽぽっぽ、ぽ、ぽっ…」


 翌日、友人の一人が学校を欠席した。

その時は怪訝に思わなかったが、一緒にワンピースの女を目撃した友人の一人が亡くなったと朝のHRで告げられると、依頼人の胸にも冷たいものがよぎった。

さらに日が経った頃、血の気の失せた顔をした友人の一人が、依頼人に教えてくれた。


――八尺様


「八尺様出るとか、いつのまに魔界都市になったんだ名古屋は?」

「出ても大したことねーよ」

「えぇ?」


 見入った人間を取り殺す、車と並走する脚力を持ち、ターゲットの身内の声色を使って相手を誘う性質の悪い化け物と宗司は心得ている。


「あのなー、語られだして10年くらいのネットロアだぞ?お前がぶっ倒した口裂け女の方が全然格上だぞ?」

「そういうものか」

「そうだよ。しつっこいのとターゲット以外に見えないのが難点だが、浄められた部屋に押し入ることはない」


 魔を祓う術が通るのだ。火や物理を無効化する事もできない。


「あれは恐怖を喚起させる力と、相手を呪い殺す力を持ってる。タチ悪い悪霊だが、2つを跳ね除けちまうとただの大女に変わる。伝承が崩れるからな」

「じゃあ、コピペ通りに行動しない方がいい?」

「前者のほうは、そうだな。神魔は積んだ歴史と集めた信仰で格が決まる。アイツは資本が限られてるから、伝承にない部分がスッカスカなんだよ」


 何よりある程度以上の年齢のやつは狙わん、と侑太は締めくくった。

説明を聞き終えた宗司は小さく唸った。その理屈なら、八尺様の格など確かに高が知れている。

数千、数百年も前から名前が現在まで残っている怨霊や悪神より、ネット発祥の怪談が上なわけはないだろう。


「伝承通りだと、高島達には見えなかったんだろ?どうやって祓ったんだよ」

「そう。だから貞夫が囮になって倒したんだよ」

「…大変だったよ。またぽぽぽって聞こえるんじゃないかって、1週間くらいずっと不安でさ~」

「ひょっとして独りで?」


 貞夫は頷いた。


「酷いよね。自分でやればいいのに」

「阿呆。精神抵抗は超能力者のお前の方が上だ。部屋の結界を作ったのは俺だぞ、文句たれんな」

「高島も超能力者じゃないのか?」


 イタクァに向かって気合を発すると、巨体が傾いた。


「あれは気合で相手の意識と動きを分断させて倒す、遠当てっつー技だ」

「へぇー…初めて聞いた。どこで習ったんだ?」

「学研ゼミで出てたんだよ。つーかお前の方が超人だろ、なんだよ木刀を振ったらスパっと裂けて血が出るとか」


 宗司が叔父が見せてくれた技だと明かすと、2人は興味深そうに話の続きをせがんだ。

16の春に旅に出るまで、剣術と体術を宗司に享受してくれた叔父。彼は呼吸法と集中によって高めた気を、剣先から放つ技を修めていた。

小さな道場を開いており、生徒はわずか2人だが暮らしに困っている様子は無かった。


「身体能力が高いのは霊的成長を遂げたからとして、気を撃つ流派なんて聞いたことが無い。何モンだよ、そのオジサン。紹介してくれよ」

「無理だ。スマホ持ってないから。向こうから顔出さない限り、どこにいるかわからん」

「…マジで何者だよ」


 雑談に区切りがついてから、今日の予定を聞いた。侑太によると、目ぼしい噂は集まっていないらしい。


「つーわけで今日はイイとこに連れてってやる。新入りも増えたしな」


 侑太達は学校を出て、矢場町に向かった。

裏通りの中に、両隣の建物に挟まれるように立つビルの地下。そこに侑太は2人を案内した。受付の女性は侑太を見ると、にこやかに挨拶する。

受付の向こうには固められたデスクが島を作っており、小さな郵便局のように見える。


「ここは?」

「その手の事件の解決依頼を扱ってる事務所だよ」

「仲介業ってことか。そんな商売が成立するのか?」

「この手の話は、警察には解決できねぇ…そういうものは無いって体で捜査するからだけど。だから解決できるならどんな輩でも頼るし、金に糸目をつけない奴も珍しくない」


 侑太は慣れた様子で受付に話しかけ、書類の束を受け取る。

おそらく依頼が記されているのだろう。宗司は彼が内容を確認している間、受付に事務所のシステムについて尋ねた。

ここにメンバー登録しておくと、集められた依頼を受ける事が可能だ。達成が確認されると、手数料を差し引かれた報酬を受け取ることが出来る。

報酬は現金のほか、仮想通貨や銀行振り込みを選択する事が可能。


 宗司は仮想通貨など持っていないし、銀行口座など教えたくない。

宗司は現金報酬を選び、事務所に登録することにした。手続きを済ませた後、宗司は不明な点を質問。

やがて侑太が書類の束を受付に戻しに来たので、宗司は質問を切り上げる。2日ほどでメンバーカードが完成するので、受け取りに来てほしいと受付嬢が宗司に声を掛けた。


「登録したのか」

「あぁ、面白そうだからな」


 3人は事務所を後にした。

中学を出たばかりの高校生に単発の仕事を振るなど、責任が負いきれないと思うのだが、と宗司は呟いた。


「その場合は差っ引かれるし、悪いときは…賠償されるんかな?俺は言われたことねーけど。労基も何もねぇしな、この界隈。使えるなら中坊でも駆り出すぞ。実力主義だ」

「怖い話だな…」


 地下にある事務所から地上に出て、20分ほど歩く。

侑太が案内したのは、一軒のリサイクルショップだった。来客の対応をしていた店主らしき男性が、3人に視線を向けた。


「いらっしゃい…なんだ高島か。後ろのは新入りか?」

「そう。いる?」

「あぁ…迷惑だからうるさくするなよ」


 侑太に先導される形で、宗司達は店の奥に足を踏み入れる。

バックヤードの一角に地下への入口が口を開けており、侑太は慣れた様子で階段を下りていく。

侑太に続いて地下に降りると、ガレージらしき空間に出た。工具が乱雑に並べられた作業台が中央を陣取り、壁には日本刀やら拳銃やらが掛けられている。

ガレージには若い男と、還暦に入ろうかという皺だらけの男が座っており、作業台で手甲を弄っていた。部屋の最奥に用途不明のオブジェが鎮座している。


「よーう!侑太、久しぶり!」


 若い男は、侑太の顔を見ると作業を中断し、椅子から立ち上がる。


「うるせーぞ、都。外に聞こえるだろ」

「へへへ…悪い悪い。そっちのは新入り?連れてくるなら女子連れて来いよ、女子!」

「今時、都市伝説に興味持つ女なんかいねーよ」


 侑太が面倒くさそうに言うと、都と呼ばれた男がげんなりした仕草を見せた。


「そんなこというなよー、出会い少ないんだからさー」

「こんなトコに籠ってるんだから当たり前だろ」

「遊んでねぇで仕事に戻れ!高島も何しに来た!?」


 都が駄弁っていると、年長の男が2人に向かって喝を飛ばした。


「武器を買いに来たんだよ。ポン刀を1本用意してくれ」


 侑太がうるさそうに言う。

まもなく還暦の男が都に、1本の小さなスティックを持ってこさせた。

宗司は都が渡したスティックを、無言で受け取る。掌から少し飛び出る程度のそれは表面に何も無く、サイズだけならリモコンに見える。


「これは何だ?」

「刀をイメージしてみろ」

「?」


 宗司は言われるがまま、刀をイメージする。すると思ったとおりの物が出てきた。


「!!?これは…?」

「同化装備。情報状態に変換した武器や防具を、似たような物に括りつけておくのさ」

「金剛兵衛。50万な」

「高!?」


 貞夫がびっくりすると実剣なんだからそんな物だ、と侑太が肩を竦める。


「分割も受け付けてるよ。ゆっくり返してくれりゃいい」

「高校生で50万か…」

「じゃあ返してくれ、一応売り物なんでね」

「いや、返済します。現金でいいですか?」


 宗司は財布から払える分の現金を支払う。

証書を作成した後、宗司は刀を受け取った。侑太は既に商品を購入済み、貞夫は商品を購入しなかった。


 矢場町の施設訪問から数日後の夜、3人は港区に建つ工事途中のビル前にいた。

工事中に作業員の失踪や変死が続き、やがて中断されたきり手付かずになっているビルだ。検証するべき噂は入ってきておらず、仲介屋で受けた依頼である。


「あの……僕、行きたくないんですけど」

「文句言うな、さっさといくぞ」


 宗司は小さく微笑みながら、2人と一緒に足を踏み入れた。

中に一歩入った瞬間、周囲の空気が一変する。建材むき出しの1階を進んでいく宗司たちの前に、ホラー映画に出てくるようなゾンビが群れで現れる。

宗司は刀を出現させ、侑太は小太刀を取り出す。金剛兵衛と同じ、同化装備だ。


 侑太は九字を切り、自身の正面に立つゾンビたちを退散させる。

宗司は目にもとまらぬ速さで抜刀すると、前方にいたゾンビを真っ二つにする。流れるような動作でもう一太刀浴びせると、宗司は次のターゲットに突撃した。

侑太は視界の端で見た宗司の戦いぶりを見て、思わず息を呑んだ。


 侑太の修める神通力と宗司の剣技の前に、ゾンビ達はものの数分で掃討された。


「どうした!貞夫、お前もちょっとは戦え!」

「ゴメン…けど、藤堂君いるし、出番ないでしょ」


 貞夫は宗司の強く滑らかな剣舞に見とれていたのだ。


「あまり遅くなっても明日に響くし、早く片付けて帰ろう。ここには何がいるんだ?」

「鬼、らしい」


 鬼、と呟くと宗司は口元を緩ませた。

ビルは5階建て。立ちはだかるのは餓鬼や口裂け女といった雑魚ばかり。後者は侮れないスピードを誇るが、宗司の体感では伝承レベルの速さは持っていない。

御伽噺の存在と斬り合えるかもしれない、と宗司は胸を弾ませた。


 3人は十数分後、5階に足を踏み入れる。

鬼は殺風景な広間の中、胡坐をかいて座っていたが、宗司達と目が合うと、ゆらりと立ち上がった。

堂々たる体躯の赤ら顔で頭からは二本角を生やし、腰には虎の毛皮を巻いている。金棒は持っていないが、どこからどう見ても鬼だ。

部屋の隅には無数の遺体が雑に積まれており、貞夫は思わず顔をそむける。


 鬼が地面を踏みしめた。

肩を叩かれた貞夫が火箭を放ち、宗司がその後ろをぴったりとくっついて走る。侑太は貞夫を守るように、その前に立つ。

鬼は小さく飛んで宗司の刀を躱す。初撃を外した宗司は間合いを広げ、蜂のような軽やかさで側面に回ると、上段斬りからの突きを浴びせた。


 侑太の遠当ての術が鬼の動作を阻み、鬼の頭部が貞夫の念により発火する。

鬼はここで2人に意識を向ける。眼鏡の少年――侑太に狙いを定めると直進。攻撃が最も消極的な彼が、一番戦闘力が低い。

殺すか、人質にとるかすれば形勢を逆転できるだろう。威圧の雄叫びと共に宗司の脇を抜け、鬼は侑太に迫った。


「どけ!」


 光が見えた、と貞夫が思った時には、既に宗司は刀を二度振っていた。

刀が弧を描くとともに、宗司の練り上げた気が斬撃の威力を切っ先の遥か前方に飛ばす。

鬼の突進に反応していた侑太は、すんでのところで回避することが出来た。運良く射線上に入っていなかった貞夫は真っ二つになった鬼の死体が消える様を、その場にへたり込んで見ていた。


「済んだし、逃げるぞ!」


 3人は異界が消失した事を感じ取ると、逃げるようにビルの出入り口に駆けだした。


「お前ら、いっつもこんなことしてるの?」

「馬鹿言え、いつもはもうちょっと平和だよ――なぁ?」

「普段はお喋りして、あちこちぶらついてるだけだしね」

「俺らみたいなのは人口少ないからまずあぶれないけどな、流石に高校生2人で無茶は出来ん」


 3人が鬼を倒した翌日、名古屋市内の某神社の社務所。

一人の少女が、ビジネススーツに身を包んだ覇気のない青年を伴って歩いていた。

大きくつぶらな瞳と色白の肌の端正な顔立ちの少女、つんと高い鼻が意志の強そうな印象を与えているが間違いなく美人の部類に入る人物だ。


「港区に発生した異界、続報は?」

「それなら解決済みです。失踪者は、遺体が異界に囚われていた為、発見が遅れたようです」

「…解決した?フリーの鎮伏屋?」

「はい。都市伝説研究会というグループだそうで、まだ高校生らしいです」

「なにそのふざけた名前」

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