第5話 義母

 浴槽に溜まった湯は、なんだかとても冷たかった。

 甘んじて受け入れる。


 世間的に見れば、僕は非常に良い境遇にいるのだろう。血の繋がっていない女の子と一緒に暮らせる、その子の後にお風呂に入れる。僕からすれば、気持ち悪く思えてならないのだが、多分それは僕が雫さんを大事にしたい家族だと思っているからだ。モラルとか倫理とか、理性がストップを欠けている。そんな風に思うから、無責任にも僕は、助けたいと思ってしまうのだろう。


 殴っとけば良かった。状況を悪化させるのは間違いないけど、雫さんを思えば、それくらいやって当然だと思う。

 誰かが偽善というのだろう。多分、そうなのかも知れない。



「出ました」


 お風呂から上がったことを、リビングにいる二人に声を掛ける。二人は、テーブルに向かい合って座っていた。葉摘さんは、コーヒーを飲んでいた。


「わかった。じゃあ、僕が先に入ろうかな」


 そう言って、徹さんは、服をとりに行く。

 僕は、冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出して、コップに注ぐ。栄養管理や賞味期限を管理してくれるこの冷蔵庫がチョコレートに手を出そうとした僕を止めてくれる。


「快君、さっきの聞いてた?」


 ウッ、と僕は咽せるのを堪える。


「何のことですか?」


 無意味にわかんないフリをするのも罪なのかも知れない。


「聞いてないなら大丈夫よ、何でもない」


「あの、スマホの件、本当に済みませんでした」


「やっぱり……。聞いてたのね」


「いえ――――」


「私はね、徹さんと違って感謝してるのよ。もの凄く」


「えっ?」


 どこに感謝されるのか分からなくて、僕は戸惑う、というか困る。


「私ね、私怨を持ち込むわけじゃないけど、この家庭に実子がいないじゃない?徹さんは、雫ちゃんをとても可愛がってる。私もあの子の母親になれるよう、頑張った。だけど、何か違う、っていう違和感がすぐに私と雫ちゃんは親子じゃないって教えてくれるの。母親じゃないから、あの子が学校で、何してるか全然分からなかった。徹さんは、薄々気づいていたみたいだけど。私には、それがないの。それが、溜まらなく悔しいの」


「……」


「だから、ありがとう。あの子を助けてくれて」


「いえ」


「お金のことは心配しないで。多分なんとかなるから」


 僕は葉摘さんの顔を見て安心した。この家の家族になれてよかった、と素直に思えた。


「私は本当の母親にはなれないけど、その分、二人には耳を傾けるつもりだから、なんでも言ってね」


「ありがとうございます、本当に」


 久しぶりに気分良く寝ることができた。



 コソコソかクスクスか、それに近い音で嗤われた。

 翌日の学校は、初日よりも酷かった。酷かった、と一言でまとめるのは癪だが、クラスメイトの明らかな敵意、孤立した雫さん、機嫌の悪いいじめっ子。


僕は何度かこっそり雫さんの顔を伺った。その度、雫さんはこちらを向いてくれた。

 授業は、もう既に理解の範疇を超えている。とてつもなく退屈だ。それでも、雫さんの笑顔が見れれば良い。


 昼休み、放課後、雫さんはどこかへ消えていた。





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