宿命か運命か~ひ~

 同日。時計の針が午後七時を知らせた頃。


 都心から西へ四十分程、始発から終点まで電車に揺られ、着いた駅の北口を降りた後、大きな通りを渡り、閑静な住宅街を抜けた先へと歩いて約五分程の場所。川沿いに大きな庭のある一軒家が見えてくる。


 ここの家主は一軒家を持つことが夢だった。特に大きな庭と、綺麗な川沿いという条件は外せない。だが、仕事の関係上、立地も大事だと、完璧を求めた結果、ここに辿り着いたそうだ。


 夢そのものともいえる一軒家、その一室には緊張の糸が貼られていた。プロジェクターによって、壁に映し出された事件の時系列、事件現場の写真、その他事件に関連する情報からは物々しさを感じる。


 情報の中心には被害者の写真と、殺された日、氏名が並んでいる。それに続き、詳しい状況などの文字が羅列されていた。


 【平成26年3月25日 強力ごうりき こころ 警備局国際テロリズム対策課】


 【平成27年3月23日 おうぎ みどり 現東京都知事の息子】


 【平成28年3月21日 清水しみず れい やくざの組長の息子】


 【平成29年3月21日 金剛こんごう つくる 大企業社長の息子】


 【平成30年3月17日 大山おおやま 昨間さくま 有名な神社の宮司の息子】  


「……と、このような経緯いきさつがあり、今回の六度目の事件に至るというわけです。二度目の事件から今回の事件に至るまでは、似通っているんですが、『始まりの事件』だけが、納得がいかない点が多いんです」


 「と、いうと?」純次は、弥勒みろくから調査書へと視線を移した。


 部屋にいるのは、プロジェクターが映し出した画像の前に弥勒みろく、純次とあらうはそれを正面から、机を挟んで座っている配置。


「二度目から今回までの被害者は全員男性で、二枚目。そして、各界で強い権力を持った人間の二世であるという共通点があります」

「それなら、そいつらに恨みを持った人間の犯行って線も考えられないか?」

「確かに、その線から捜査もしていましたが、犯人の特定には至りませんでした。全員、殺されても不思議がないほどに恨みを持たれている人間ばかりでしたが、五人全員に恨みを持つような特定の人物はいませんでした。そして、恨みを晴らすために、集まったような団体も存在はしていません」


「なーるほどなぁ。警察もその辺りは当然に調べてるってこった。それで、納得のいかない点てのは?」


「それが、『始まりの事件』だけ、被害者が女性。そして、警察の人間でした。私の同期で、国際テロリズム対策課に所属していた彼女は、強い権力なんて持っていません。犯行の手口は酷似しているのに、標的にこれだけ差が生まれるのは何か違和感を感じませんか?」


「確かに妙だな」


「たまたまとは思えない人選だよね。どうせ、弥勒みろくさんのことだから、他にもまだ腑に落ちない点あるんでしょ?」


 あらうの質問に弥勒みろくは少し間を空け、一枚の写真を新しく追加した。その写真を見たあらうの目は、驚きで大きく開かれることとなった。


「始まりの事件の第一発見者はまだ中学生の女の子でした。霧靄がかかる早朝、飼い犬の散歩中に遺体を発見したものの、通報は別の通りかかった通行人。警察が現場に着く頃には、女の子は肩を震わせて、泣いていたそうです」


「まさかこの子が犯人とかいわな……」

「そうです。今、警察はこの第一発見者の女の子こそ真犯人だと、考えています」


「え! なんで!」あらうは思わず声を荒げた。


「これも、弥勒みろくが納得のいかない点てことなんじゃないのか?」


「そういうことです。この女の子、兜杜かぶと 日和ひよりが犯人だという証拠が全くないんです。ただ、上層部からの指示で彼女に監視をつけて、追っている状況です」


 弥勒みろくが差し出した写真に写っていたのは、紛れもなく、あらうが昼間に助けた女の子だった。


「あらは、この娘をご存知なんですか?」

「知り合いってほどじゃないけど、今日の昼間に窃盗事件あったよね?」


「ありましたね。ご老人からお金を盗んだ後、女の子のカメラまで強奪して逃げたとか……。結局、そこに居合わせた青年が犯人逮捕に協力してくれたそうですが、残念なことに青年は女の子と一緒にそのまま姿をくらませてしまったとか……。まさか……」


「うん。僕なんだ、それ」


「だからですか。犯人が警察署に向かう車内も、着いてからも嘔吐を繰り返していたのは。信じられないほどの衝撃で脳を揺さぶられたんだと、病院から報告がありましたよ。そういうことだったんですね。話が繋がりました」


「その娘、悪い子じゃなさそうだったよ。少し、変な影に違和感はあったんだけど、さっきの弥勒みろくさんの説明で合点がいったよ。殺人事件の第一発見者にでもなれば、心に傷を負うよね」


「それにしても、上層部のやつらは頭沸いてんのか? こんな非力そうな女の子を犯人として、追わせるなんて、どうかしてるぞ」憤る純次に、弥勒みろくは溜息を一つついてから、言いにくそうに白状した。


「警察の上層部と、濁したのが良くなかったですね。指示したのは、まるちゃんです」


「はぁ? そこで、やつが出てくんのかよ。理由は?」そう言った純次の横で、あらうも激しく頷く。


「わかりません」

「はぁ? わからないってぇのは、どういう了見だ」

「ただ、追えと」

「それなら、僕たちは僕たちで真犯人を追えば良いよ!」


 そのあらうの言葉に、呼応するように弥勒みろくは眼鏡を光らせ、「そういうことです」と応えた。

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