第18話 ノート page17

 それは私が珍しく2時間ほど残業をして帰りのエレベーターを待っていたときのことで、丁度彼も帰るところでした。

 すかさず彼に、

「いま帰りですか? もしよかったら一緒にお茶でも飲みませんか?」

 と声をかけたのです。

 胸がドキドキしたのをいまでも憶えています。

 最初のうち彼は渋っていましたが、強引な私に負けたのか、仕方なく喫茶店に付き合ってくれました。

 そこまではよかったのですが、1時間ほど雑談をして、いざレジでお金を払おうとしたとき、ハンドバッグの中に財布がないのに気づいたのです。

 会社のデスクの引出しに入れたままだったのです。

 私は顔が火事にでもなったように熱くなりました。

 彼はその様子を素早く察知して、「いいよ、いいよ」といいながら、代わりにコーヒー代を払ってくれました。

 次の日、昨日のお礼を言いに彼のデスクに行きました。

 私は周りの人が横目で見ているのに気がついたのですが、一向に構いませんでした。

(そのときは……)

 しかし、彼のほうはそうもいかなかったようです。

 ひとの噂に聞いたのですが、2人は知らない人がいないくらいの仲だったので、周りに気遣って連絡を取るにも私のような大胆な行動を取らず、メールとかメモとかで連絡を取り合っていたらしいのです。


 積極的な行動が功を奏したのか、彼の気持が次第に私のほうに傾きはじめました。

 私のほうも彼とのデートが頻繁になるにつれて、心臓を握り潰されるような胸の痛みに見舞われ、眠れない夜が幾日もつづきました。

 はじめて大人の恋というものに気がつきました。

 そうなると私も同様に社内での大胆な行動を差し控えるようになり、私自身心の変化に戸惑いを覚えたのです。

 彼とのデートが重なるにつれて、彼女のことが気にかかって仕方ありません。

 彼と会っていても常に私の頭の中に彼女が現れ、絶えず彼女との葛藤を繰り返し続けました。

 ある日、思い切って彼女とのことを彼に訊ねました。

 すると、以外にあっさりとした口ぶりで彼女との交際が途切れたことを私に話してくれたのです。

 それを訊いたとき、足の先からじわじわ熱いものが上がって来るのを感じました。

 ママは、彼からの電話や、素振りから彼との交際を気づいていました。

 しかしママはそれについて何も言いませんでした。

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