第20話 あるOLの出会いと退職の話

三田村夕希(ミナミんガールズ、グリーン)


 子供のころからヒーローに憧れていた。

少女漫画より少年漫画が好きだった。

正義の味方が悪の組織を叩き潰すことは、恋愛より重要なことに思えた。


だがそれは子供の夢に過ぎない。


社会に出て私は中央テレビの報道部に勤めた。


「メディアの役目は権力を監視することだ」

「絶対的権力は絶対的に腐敗する」

それが上司の二番目と三番目の口癖だった。


だがやっていることは政府の揚げ足取り。

せこい仕事を正義と言い張る図々しさ。

不幸があれば悲しんでいる遺族のもとにおしかける。

小さなスキャンダル、病気、災害を大きく見せ、

「たいへんだーたいへんだー、ニュースだよ」と騒ぎ立てる。

「もっと数字が取れるネタを持ってこい!」

これが一番の口癖。


 おまけに入社した時から、私の体をいやらしい目で舐めるように見て、

時々オフィスでわざとぶつかってくる。

指導してやると言って飲みに誘う。

断ると、いやがらせを受け、あいつは使えないと言いふらされた。


私は思った。

絶対的権力が今の日本のどこにあるの?

でも腐敗した人間、腐敗した会社は山ほどある。

あんたもこの会社もみんなクソよ。

他人の前に自分たちを監視すべきだわ。



 ある日、団地の隣人のマナーの悪さにうんざりして注意したら、逆ギレしたそいつに脅された。

何をするかわからないチンピラに見えた。

怖くて引っ越そうかと思った。


団地の主婦たちが困ったことがあったらテニスクラブに行きなさいと勧めてくれた。


テニスクラブ??


テニスクラブで塩谷さんに相談したら、それはあっという間に解決した。

わずか数分で男たちはこの世からいなくなった。

そして塩谷さんはわたしに「仲間にならない?」と誘ってくれた。


 私はミナミんガールズに入った。

塩谷さんと渡辺さんは南山コーチを崇拝しているみたいだが、私にはただの人のいいおじさんに見える。

団地の警備員を名乗っているが、気弱そうで指導者っぽくはない。

なんでこんな人が団地の主婦たちに尊敬されているんだろう。

 

私にもあの魔法のような力が使えるの?

やり方を習い、お風呂で練習中に緑の光とともにウェーブヒールが出たときは歓喜のあまり声も出なかった。

私はミナミんガールズの修行に夢中になった。

余暇のすべては修行につぎ込んだ。

ウェーブヒールの次はウェーブパンチを覚えた。

私のパンチは空気を切り裂き、捕まえ、押し、引き寄せた。

瞑想し、走り、パンチを石柱に打ち、その柱の音を聞いた。

石柱の出す音は思考を明晰にする。

ブゥーーーーンという羽音に似た石の振動は、私に人の歴史を俯瞰から眺めさせ、

小さな喜怒哀楽を押し流した。

これは悠久の時を経た石の記憶?

思えば私はなんて小さな感情に囚われていたんだろう。


 私は今、子供のころに読んでいた少年漫画の世界にいる。

修行して強くなり、不思議な力を伸ばしている。

私は修行し、疲れるとウェーブヒールで癒した。

南山コーチにもウェーブヒールをかけてもらった。

彼の施術はひときわ私を強くするようだ。

今の私は風のように走れる。


ときどき私は何のために修行をしているのだろうと考える。

今は修行が楽しいからだ。

だがもしかしたら将来、それをむなしいと考える時が来るかもしれない。

私は考えるのをやめて修行に集中した。

ミナミんガールズに遅れて入った私は他の誰よりも修行魔だ。


 数週間で私のウェーブカッターは巨木の大枝を切り刻むまでになった。

ただ古平団地で空気を操れても、団地から離れるとできなくなる。

この魔法の力はこの団地限定らしい。

残念だ。

あの悪い上司を切り刻むことができなくて。


 ある日、南山コーチが異世界への通路を発見した。

彼は異世界から南天に似た木の実を持ち帰った。

おいしくて、鋭敏になり、力があふれる木の実。

塩谷さんはその実を大量に手に入れ団地の中に植えた。

その南天は驚異の速さで成長した。


 続いて南山コーチはオレンジに似た木の実を持ち帰った。

食べると心と体が何かに満たされる。

そして音楽が聞こえた。

子供のころ夢中になったアニメの音楽。

みんなは違う音楽が聞こえたらしい。


 塩谷さんが、この素晴らしい木の実を取りに行きましょう、と言った。

異世界には猫族の人がいると聞いてみんなのテンションが上がった。

渡辺さんが南山コーチに何か相談されていた。

みんなでホームセンターに行き買い物をした。


 お山公園の主婦と子供がいなくなったタイミングで私たちは異世界へのトンネルをくぐった。


 イタチのようなフェルたちに歓迎され、舞ちゃんの案内で西の門へ向かう。

門番の豚に身分証を見せろと言われた。

「持ってない」

と言うと、その豚は

「では出られても入国できないぞ」

と言う。

「なんとかするわ」

と渡辺さんが言った。


 舞ちゃんの案内で私たちは人間が住む地下都市に来た。

話に聞いていたけど、本当に人間が緑色だ。

渡辺さんがバタフライ町長に会いたいと町人に話しかけた。

役所に向かい「町の問題を解決できるかもしれない」と窓口で言う。


え?何をするの?

木の実を取りに来たんじゃないの?


町長が出てきた。

「今の話は本当ですか?」

町長と地下都市の入り口に戻る。


「本来ここはニセアカシア通りといって、古平までつながってるはずなんです」

と、渡辺さんが壁を叩きながら言う。

確かにそうだ。

私たちの世界でのこの道はニセアカシアの街路樹が2車線道路の両側に立ち並んでいる。

ちなみに日本でアカシアと呼ばれている木のほとんどは、ニセアカシアらしい。そしてニセアカシアは日本産ハチミツの主要な原料でもある。


 バタフライ町長は渡辺さんの言葉を聞いて「??」となっている。

「だから、つまりこの地下都市はダイラコまでつながるはずなんですよ」

そう言って渡辺さんは壁に全力のウェーブパンチを叩きつけた。


見たこともない強い光。


壁は光ったかと思うとガラガラと壊れその向こうに巨大な空間が出現した。

その空間を埋めていたはずの大量の土砂は、サラサラの砂と化し、地面にしみ込むように消えていく。

後には石造りの道と、その両側の家並みが残った。

突然現れた、新しい地下都市ははるかかなたまで続いているように見えた。


町長は目を見開き、茫然としている。

渡辺さんがにんまり笑って「お役に立ちました?」と訊くと、はっと正気に戻るや、渡辺さんの手を握りしめ「こ、これで重大問題が解決しましたあ」と叫んだ。

後ろで市民たちから「ウオオオオ」と歓声が上がり

「再生神が降臨なされたあ!」と騒ぎ出した。

塩谷さんが手を挙げて市民たちを制する。


「私たちは神ではありません。神の使いできました」


町長「ん?ではあのトモという人が?」

塩谷「そう。私たちは神に匹敵する方だと思っています」

町長「そ、そうなんですかー?

・・・なんか普通の人に見えたけどなあ・・・」

塩屋「真に偉大な方は自分を大きく見せようとしません」

町長「な、なるほど」


ええっ?いいのかな、そんなこと言って。

南山コーチは知らないと思うけど。


 何かお礼を、と言う町長に渡辺さんが身分証明書が欲しいと言うと、あっという間に用意された。字は日本語に似ていて何となく読める。

私たちは名誉市民となっていた。


「渡辺さんはこれをコーチから頼まれてたの?」

「うん」

「コーチはこの町の人たちのことも考えてるんですねー」


 みんなと話しながら私の中で南山コーチのイメージが変わっていった。

気弱で人のいいおじさんから、団地を越えて人々を幸せにするにはどうすべきか常に考えている人物に。

ちょっと疑ってはいるけど・・・


「じゃあ次は猫ちゃんとデレオの実ねー」



私たちはキャルくんたちが住む家に着いた。


キャル「え、トモがデレオの実を気に入ったにゃ?」


塩谷「そうなの、だからもしよかったらもっと譲っていただけないものかと、ところでとても素敵な毛並みね」


キャル父「裏の山に生えてるから持っていくといい」


渡辺「ただでというわけにはいきません。役に立ちそうなものを持ってきましたので物々交換でいかがでしょう?・・・ところで息子さんをなでなでしてよいかしら?」


キャル父「は、はい、どうぞ」


私たちはキャルくんの家族にホームセンターで買ってきたものをリュックから出して見せた。


キャル父「おお、これは大工道具ですか。素晴らしい。こんなのが欲しかったんです。これは?火をつける道具ですか!いいですなあ」

キャル母「あなた、これみんな調味料ですって。お裁縫道具に布もこんなに。新しい服が作れるわ」


太田「欲しいのがあればまた持ってくるよー、なでなで」

桂木「何でも言ってください。はあはあ、なでなで」

私もなでなで。

キャル「ふぎゅうー、ごろごろごろにゃん」


キャル父「でもこんなに貰っては、こちらが得をしてしまいます。トモさんには家族を救ってもらったのに」


塩谷「それは違います。デレオの実は私たちにとってその道具より価値があるのです。それに南山様のお使いに来て、相手に損をさせるわけにはいきません。彼の評判を落とすことは・・・はあはあ、なでなで」


キャル母「そ、そうですか。デレオは好きなだけ持って行ってください。はい、苗木が欲しいのでしたらあそこに。あの・・・そろそろ息子が、嫌がっていますので」


「ふぎゃー、にゃーーーん」


あ、キャルくんが飛び出してお母さんの陰にかくれた。


「す、すいません。ついつい夢中になって撫でてしまいました」


私たちは謝って、リュックにデレオの実と苗木を分けてもらった。


 帰ろうとして私はキャルくんの隣家に張り紙がしてあるのを見つけた。


「お隣はどうしたんですか?」


「ビンターさんが住んでいたけど空き家になったにゃ。畑の近くまで旧支配者が現れるようになったから逃げたんにゃ」


「え?・・・あの、・・・キャルくんたちは逃げないの?」


「こ、怖いけど逃げないにゃ。ここは僕たち家族の大事な家にゃ」


そうなんだ・・・


私は自分が何かに導かれてここに来た気がする。


子供時代の漫画、アニメ、ミナミんガールズ、南山コーチが私をここに連れてきた。

あのバカみたいなテレビ局では味わえなかった「自分の居場所を見つけた」という感覚。

私は考え、意を決して言った。


「お願いします。私を隣に住まわせてください。私はここで農業をやりたいのです」



 私は今中央テレビに退職届を出してきた。

そして帰宅しようと外に出たところで上司に呼び止められた。

もぐもぐ


「おい、てめーわかってんのか。

お前がやめると、直接の上司である俺の責任になるんだよ!」


この自称「権力の監視役」は、市民が撮ってツイッターにあげた動画を勝手にニュースに使い、問題になると、それを私がやったことにした前科がある。責任など取らないヤツだ。


「ウェーブカッター!」


私は片手を振って、空気の刃をとばし、ビルの二階の窓ガラスを切り裂き、それを引き寄せた。

私の動作を見て、いぶかしんだ男は上を見上げて悲鳴を上げた。


ガラス窓は空中を滑り、正確に上司に向かい、直撃した。

彼の生首がごろりと転がる。

悲鳴とガラスの割れる音を聞いて寄ってきた人たちが叫ぶ。

「きゃあああああああっ」

「救急車だあ」

失神する人もいる。

私は気分が悪くなったふりをしてその場を離れた。


ガラスがぶつかる瞬間、私はあの上司の首をウェーブカッターで切断した。

見た人はみんな、ガラスが彼の首を切り裂いたと思うだろう。

私はバッグからデレオの実を出してひとつ口に入れる。

もぐもぐ

口に広がるさわやかな甘み。

どこからか聞こえてくる音楽。

この音楽が聞こえている間、私は古平団地の外でも魔法が使える。

デレオの実がしばらくの間、私を魔力で満たしてくれるのだ。

このことに気が付いたのは昨日。

人を殺したのに、私の心は全く痛まない。

それどころか帰りは鼻歌をうたっていた。

これも修行の成果だ。


テニスクラブへ行くと塩谷さんがいた。

「今日、テレビ局を辞めてきました」

「そう」

「これから、向こうに行こうと思います」

「まあ、いつでも帰ってこれるから」

「はい、ミナミんガールズも続けますし」

「ええ」

「今は自分を含めて世界が正しい方向に向かってるって感じがするんですが、こんな気持ちわかりますか?」

「わかるけど、できることなら理解でなく、実感したいわ」

「みなさんのおかげです。・・・あの」

「なあに?」

「南山コーチってもしかして、すごく偉大なのかなって」

「あら、わかってきたじゃない」

「まだ半信半疑ですけど・・・」

「いいのよ、本人だってまだわかってないんだから」

そう言って塩谷さんは笑った。



==========

作者「今回は5000文字。いつもとあんまかわんないすね。3000文字づつ前後編に分けようとも思ったんだけど」


南山「よっぽど前回の失敗がトラウマになったんだね」


作者「あと、『異世界で映画を』っていう短編も書いたのでよかったら読んでね。いずれシリーズ化して長編にする予定です」


南山「あまり実在の人をモデルというか玩具にしてると苦情が来るぞ」


作者「ひいー、し、、、知らない。全部オリジナルだあああ」

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