ワンチャンスをものにせよ!

「さてと、じゃあ観覧席の方で見ててね。あまりうるさくしないように」


「子どもじゃないんだから平気だよ」


 まさか観覧は女性限定なんて知らなかったわ。そういうところもあるみたいだけど、今回ばかりは千尋も女の子になっていることを喜んでいる。


 ひな壇みたいに階段状になった回答席の端、それも最上段にわたしの席はある。誰も注目していないんだから当たり前なんだけど、この位置だとカメラが司会からパンしてもわたしはほとんど映らない。


 これは本当にいいところで回答しないとただの空気になっちゃいそう。


「さぁそれじゃ第一問いってみましょう」


 最初は難読漢字の問題。前半の比較的簡単な問題は正解者が多くて目立てないし、正直後半はさっぱりだった。


「勉強してないところはダメみたいね。ヤマ張ったところがきてくれるといいんだけど」


 国語の後は数学、歴史、英語と学校で習う授業の派生形の問題が続いていく。正解も結構出してるんだけど、おバカな解答は社長が啖呵たんかを切った以上やるわけにはいかない。かといって難問がわかるほど賢くないのよね。


「さてお次は社会科見学クイズ! 工場のラインを見て何の商品を作っているか早押しでお答えください」


「早く理科の問題来てよね」


 そろそろ収録も半分過ぎた辺りかしら。最後は成績優秀者の早押しだから、もうわたしの出番はそんなに多くないはず。観覧席に目を向けると、わたしよりも千尋の方がこの世の終わりみたいな表情で青ざめている。


「あんな顔されるとこっちは冷静になれるわね」


 大きなモニターに工場の機械ラインが映し出される。材料は簡単になりすぎるのかモザイクがかかっていて何かわからない。機械や行程だけを見て答えろ、ってことね。


 大きなお鍋みたいな機械がぐるぐる回って中に入った材料を混ぜている。次に材料が四角い枠に入れられてラインを流れていく。わかってはいたけど、全然予想もつかないわ。


 でもそれは他の出演者も同じみたいで、誰も早押しボタンを押す気配はない。


「続いてこの特殊な機械に送られていきます。この中は真空に近い状態に」


 ナレーションでの解説が続く。真空状態? それを聞いた瞬間にわたしの手はボタンを押していた。


「あ、やっちゃった」


「さあ、女装モデルの宮津ちゃん」


「あ、えっと、フリーズドライ食品?」


 押しちゃったものはしょうがないわ。頭に浮かんだ答えをただただ答える。もうちょっとタメておけばカメラに長く映れたのに。いまさら思いついてもしかたないわ。


「大正解! これは早かった!」


 わたしに向いたカメラに目線を合わせて完璧な笑顔でピースサイン。ここでわたし以外を映す理由なんてない。二時間の番組でたった一度のチャンス。モデルの仕事で鍛えた笑顔で全力でアピールする。


 これで十分社長の面目は保ったわね。予定とはちょっと違ったけど、榊原さんのおかげで目標は達成できたわ。


 その後は理科系の問題を数問答えることはできたけど、やっぱり優勝決定戦には残れなかった。それでも工場見学をかなり早く答えたのはハイライトになったみたいで、放送でもしっかり使ってもらえそう。


「いやー、よかったよかった。あの問題よくわかったね」


「ちょっと勉強してたヤマが当たっただけですよ」


「プロデューサーも驚いてたよ。また今度も呼んでくれるって」


 結構大変だからそんなに頻繁じゃなくていいわ。毎回今日みたいにヤマが当たるとは限らないしね。天才キャラで芸能界で生き残っている人ってやっぱり本当に頭がいいのね。わたしには無理そうだわ。


「伊織ー。正解したところカッコよかったね。賢いとカッコよく見えるね」


「お、出待ちのファンがいるなんて伊織ちゃんすごいね」


「幼馴染です。社長に観覧席お願いしたじゃないですか」


 スタジオのあるテレビ局のビルから出ると、先に出ていた千尋が手を振って駆け寄ってきた。確かにこんなかわいい子が出待ちしてくれるなら芸能人になるのも悪くないわね。


「なんて、そんな柄じゃないわよね」


「どうしたの?」


「なんでもないわ。社長がご飯ごちそうしてくれるから千尋も行く?」


「うん。あ、でも詩栄理はどうしよ?」


 そう言えば今日のクイズ番組で一番活躍してくれたのは榊原さんよね。


「お持ち帰りできるオムライスがあるおいしいお店ってありますか?」


「ずいぶん具体的なご指定だね。でもいいお店があるよ。そこに行こうか」


「詩栄理にお持ち帰りしてあげようね」


 たくさん食べるから大盛りにしてもらわないとね。喜んでくれるといいんだけど。


「そうですか。うまくいったんでしたら協力した甲斐がありました」


 社長からごちそうになった帰り。少しでも早く渡してあげられたらと思って学校に来てみたけど、休日にもかかわらずいつものように理科室には榊原さんがいた。


 本当にいつ帰ってるのか心配になるわ。授業も出てるのかよくわからないし。


「本当に助かったわ。これからも勉強を教えてもらおうかしら」


 大盛りのオムライスを渡すと、子どもっぽいキラキラとした目でビニール袋からオムライスを取り出す。そして準備室になぜか置いてある電子レンジで温めなおして食べ始めた。


「ほほほう。これはいいものですね」


「気に入ってもらえたなら良かったわ。老舗の洋食店のオムライスよ」


「僕たちも食べてきたんだよ。おいしかったよ」


 千尋が社長にスカウトされて断るのに大変だったわよ。千尋もその気になっちゃうし、女の子として人気が出たら自分の目的から遠のくってこと全然わかってないんだから。


「おいしいオムライスと伊織さんの膝の上。至福のときですね」


 千尋の膝に座ろうとしたところをなんとか阻止したはいいけど、代わりはわたしが勤めなくちゃいけなくなった。千尋の恨めしい視線が刺さるけど、絶対にダメだから。


「でも僕ちょっとわかったことがあるよ」


「芸能人になったらモテるとか言わないでよ」


「違うよ。賢い人はやっぱりカッコいいってこと。僕も勉強頑張らないとね」


 そのためにはまず因数分解から理解しないとダメそうね。まだ数学でつまづいてるから榊原さんの専門分野に進むのは先になりそうね。


 そんなことを言い合っている間にもう半分近く食べ進めていた榊原さんの手が止まった。


「ボクはとても大切なことを忘れていたみたいです」


「そんなものあった?」


「オムライスをおいしく保存することばかりを考えて、オムライス自体のおいしさを研究していませんでした。最高のオムライスを最高の形で保存してこそ完璧です」


「いや、そんなこと気にせず研究に集中しなさいよ」


 それはシェフにまかせておけばいいじゃない。研究がおざなりになっちゃったら本末転倒じゃない。


「今度シェフを雇うのは研究費に計上できるか聞いておきましょう」


「とにかく喜んでくれてるのはわかったわ」


「今度は詩栄理も一緒に行こうね」


 答える代わりに頬を膨らませて榊原さんは首を縦に振っている。社長に見つかったらこっちもしつこくスカウトされそうだわ。


 理科室を後にして、そのまま学校から出る。千尋はまた収録の興奮が戻ってきたみたいでいかにわたしがカッコよかったかを楽しそうに語っている。


「最近伊織のおかげで楽しいんだ。スポーツも勉強もこんなに楽しいなんて知らなかったよ。男には戻りたいけど、女の子になったのも意味があったのかなって」


「千尋は前向きね。うらやましいわ」


 女の子になれないってずっと悩んでいるわたしと違って、千尋はこの突拍子もない現実を受け入れて楽しんでいる。それでいて男に戻るための努力も惜しまない。もしかするとすでに千尋はカッコいい男として一番大切なものを持ってるのかもしれない。


「後は任侠映画を見て」


「それで男気ってやつは身につくの?」


「わかんないけど、男気ってイマイチよくわかんないよね。七緒みたいにいじめの現場で怒鳴ったりできるようになるのかな?」


 千尋がそんなことしてるイメージ全然わかないわね。見て見ぬふりはできないけど、そんな強気には言えないでしょ。


「何か事件とか起きないかなぁ」


「やめてよ。これ以上何か起こったら身が持たなくなるわ」


 自分に起きてる大事件なんて忘れて千尋はのんきなことを言っている。のんびりとした千尋を見ているとわたしの悩みもどこかに消えていくような気がした。

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