第45話 邪な竜?


 邪竜マリーツィアは、その巨体でもんどり打ちながら立ち上がった。



「なっ……なななな、にゃんで戻ってきたっ!? あうっ!」



 完全に狼狽している。

 呂律が回ってないし、自分の尻尾を踏んづけてるし。


 それもそうだろう。

 逃げたと思った敵が間髪容れず戻ってきたのだから。



 それでも邪竜は場を取り繕おうと必死だ。



「お……おのれ、ま、まだ生きていたか! しぶとい奴め……今度こそ息の根を止めてくれる!」



「いやあ、トドメを刺して息の根を止めたのは俺の方だぞ?」



「えっ……あっ……ぐああああっ! もう駄目だぁぁぁ」



 邪竜は自分で作った設定を忘れてしまったようで、思い出したように苦しみ始めた。



「……」



 なんかもう可哀想になってきたな……。

 そろそろ、こっちから言ってやるか。



「ぎゃああぁ……ぐおぉぉっ……ま、まさか、この私が敗れるとはぁぁ……」



「もう、その辺でいいだろ」

「へっ……?」



 邪竜は藻掻き苦しむフリを忘れて動きを止めた。



「もう芝居はいいって言ってるんだ」

「……」



 金色の目が細くなる。



「そ、そうか……バレていたか。なら仕方が無い、今度は本気で戦うしかないようだ……」

「いや、そうじゃなくて。お前が悪いドラゴンではないってことや、戦いを望んでいないってことも俺達には全部分かってるって言いたいんだ」



「え……どうしてそれを?」



「どうしても何も芝居が下手くそだからな」

「む……」



 邪竜は口を引き結んでムッとした様子。



「それに、俺も立場的には似たようなものだからな。その気持ちも良く分かる」

「似ている……だと?」



「さっき俺に聞いただろ。お前みたいなのがどうして冒険者をしているのか? みたいな話をさ」

「ふむ……」



「俺は、俺のやりたいことをしてみようと思ったんだ。だからこうして冒険者をしている。お前も邪竜という立場を降りてみればいい」



 邪竜は答えに言い淀む。

 そして僅かな間の後に口を開いた。



「簡単に言うな。私は邪竜だ。そう気軽に降りられるものではない。私がそうしたくても世間がそれを許さない。私は邪竜なのだから」



「そんな堅く考えるなよ」

「?」



 俺は奴のあまりの正直さにクスリと笑ってしまった。



「お前、自分から積極的に誰かを傷付けたりしたことはあるのか?」



「いや……私を討伐にやってくる冒険者に対して脅す程度のことはするが……それ以外は……」



「ふむ、邪竜と戦って返り討ちに遭ったっていう報告もあったが皆、かすり傷程度だった。それはまあ正当防衛だよな。ここに来てようやくその理由がはっきりと分かったってわけだ」


「……」



 黙っている邪竜に俺は言う。



「実害が無いんだから邪竜じゃないだろ」



「だが……私が何もしていなくても……私の名の傘を被り、悪事を働いている者がいる。それが濡れ衣だと言い張っても、邪竜の言葉は誰も信じはしないだろう」



「ああ、それってあの傀儡師のことだろ? アイツなら俺がぶっ飛ばしておいたから、もう平気だと思うぞ」


「え……」



 邪竜は口を半開きにして、ぽかーんとしていた。



「あとは、さっきお前が演技していたように、俺が邪竜を倒したってことにすれば、もう誰もお前のもとにはやってこないだろう。死んだふりってやつさ」



「し……死んだふり……そ、そんな方法が……」



「文字通り邪竜はここで死に、お前は新しいドラゴンとして生まれ変わる。そう、新たな人生……じゃなかった、竜生か」



「生まれ……変わる……」



 そこで邪竜の目に活き活きとしたものが蘇ってくるように見えた。



「でも……どうやって死んだふりをすればいいのだ?」



 おっ、やる気が出てきたねえ。

 ここは〝死んだふり先輩〟である俺の出番だな。



「そうだな、何か邪竜を倒したという証拠の品が欲しい。皆が信じるような代物だ。それで俺も当初の目的である報酬も得ることができるし、お前は新しい竜生を手に入れることができる。ウィンウィンの関係だろ?」



「なるほど……」



 邪竜は瞼を閉じ、考え込む。

 しかしそれは僅かな間だった。

 良い案を思い付いたのか、目を開ける。



「その案、承服した」



 言うと邪竜は、俺が想像だにしなかった驚くべき行動に出た。



 奴は手を自分の頭の上に持って行き、そこにあった一対の角のうち一本をポキリと折ったのだ。



「「あっ……」」



 それを見ていたルーシェ達も思わずそんな声を漏らす。



 なぜならドラゴンにとっての角とは、魔力の根源そのものだからだ。

 その一本を失ったということは、ドラゴンとしての力を半分失ったに等しい。



 しかしながら、そこに邪竜の覚悟が窺えた。



 奴は折った角を俺に差し出してくる。



「これで事足りるか?」

「ああ、充分だ。だが、いいのか?」



「やはり駄目だと言っても、折ってしまったものは今更、元には戻せまい?」



 そう言った邪竜の顔は、初めて笑っているように見えた。



 俺はそいつを受け取ると、大事に荷物の中へとしまう。



「これでお前は自由だ。あとは好きにすればいい」

「ああ、そうさせてもらう」



 それで俺達はツオル山を後にした。



 邪竜マリーツィア討伐クエスト、完了だ。

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