第42話 魔王の役目



「貴様ほどの者が、こんな場所で何をしている」



 邪竜は確信に満ちた口調で言った。



「だから、さっきも言ったじゃないか。金の為にお前を討伐しにきたって」

「ふん、戯けたことを」



 その硬い鱗に包まれた顔でありながらも奴が失笑しているのが分かる。



「貴様には貴様の役割があるはずだ。こんな所で冒険者の真似事をしていることが世に知れたら、物笑いの種になるだけだぞ?」



「さあ、お前の言ってることが何の事だが俺にはさっぱり分からないが、もしそんな事があっても笑わせておけばいいんじゃないか?」



「む……貴様には誇りというものは無いのか?」

「誇りはあるつもりだが、それは俺自身にであって、役割にあるものではないと思うぞ」



「……」



 すると邪竜は落胆の色を見せる。



「地に落ちたものだ」



 なんとでも言ってくれ。

 魔王に対する世間からのイメージだとか、在り方とか色々あるが、それを演じるだけで数千年経ってしまった。



 俺の役割、長すぎだろ!



 今度の俺は俺のやりたい事をやってみたいのだ。

 その為に、こうしてここにいるのだから。



「実に無様」



 邪竜が追い打ちをかけるように罵ってきた時だった。



「ちょっと、あなた! いい加減にしなさいよ!」



 突然、いきり立った声が上がる。

 ルーシェだ。



 さっきまで邪竜の迫力に押されブルブルと震えていたはずだったのに、今の彼女は怒りの籠もった強い目線でマリーツィアを睨み返していた。



「さっきから聞いてれば、言いたい放題……。マオ様の格好良さは、そんな役割に囚われるようなものじゃないんですよ! そこをあなたは分かってない。それに邪竜、邪竜って言いますけど、山の上に居座ってるだけで、ただの引き籠もりじゃないですか」



「なっ……」



 邪竜はそんなふうに言われたことが無いのか呆気に取られていたが、すぐに牙を鳴らす。



「どうやら、そこのエルフは死に急ぎたいらしいな」

「あなたみたいな屑ドラゴンには、やられませんよーだ」


「むっ……」



 おいおい……そんなふうに急に煽り出して大丈夫か?

 邪竜の額に青筋が立ったように見えたぞ?



 ルーシェの身の心配をしていると、彼女の隣に並び立つ者がいる。

 アルマだ。



「私も一緒にやります。その為にここに来たのですから」



 ルーシェのやる気に引き上げられたらしい。

 アルマはそのまま俺の所までやってくると、



「少しだけ力を貸して下さい」



 そう言って、俺の胸に触れる。

 それだけで彼女の顔が引き締まったものに変わった。



 彼女達は改めて邪竜マリーツィアと対峙する。



「マオ様に代わって私達があなたを倒します」



「死体が増えるだけだ。然したる問題ではない。相手をしてやろうではないか。相手になればの話しだが」



 邪竜は「くくく……」と笑いを堪えた。



「行きます!」



 そう宣言するとルーシェの手の中に闇色の炎が燃え上がる。



冥府黒炎波アビスフレイムッ!!」



 放たれた黒炎の塊は邪竜の頭目掛けて飛ぶ。

 そして額に命中すると――、



 ぽふっ



 という音と共に煙のように霧散した。



「あれ……?」


「なんだこれは……馬鹿にしているのか?」



 さすがに邪竜もその魔法には困惑気味である。



 ってか、なんでこんな時まで見た目に拘る!?

 それで効くと思ったことにも驚きだ。

 普通の魔法使え、普通の!



「では、こちらの番だな」



 ルーシェがぼんやりとしている間に、邪竜が反撃に出る。

 大きな牙が並ぶ口の中で、黄金色の炎が暴れ出す。


 灼熱の吐息ファイアブレスだ。



 邪竜の口から炎球が吐き出される。



「わわっ!?」



 それをルーシェが寸前の所でかわすと、さっきまでいた所の地面がマグマのように溶ける。



 続けて何度も吐き出される炎球。

 確かにその威力は凄まじい。


 だが、その度にルーシェは左右に飛び退き、器用に避けてゆく。



 いや……寧ろ、簡単に避けることができるくらい吐き出される速度が遅いのだ。



 邪竜が放つ灼熱の吐息ファイアブレスとは、こんなものなのか?

 Eランク冒険者が、いとも簡単にかわせるようなものではないと思うのだが……。



 何か違和感を覚える。



 と、そんな時だった。

 後ろに控えていたアルマが弓を構えていた。



 装備のほとんどを盗賊に奪われ、武器らしい武器を持っていなかった彼女。

 その短弓ショートボウはルーシェから借り受けたものだ。



 アルマは弓を引くと、狙いを邪竜の眼に定める。

 ピンと張られた弦が動きを止める。



「当たって!」



 そう叫ぶと同時に矢が放たれた。



 が、そんな彼女に向かって灼熱の吐息ファイアブレスが吹きかけられる。

 正面から迫る炎球。

 しかし、その速度は遅く、今からでも余裕でかわせる。



 放った矢は惜しくも炎球に飲み込まれてしまったが、彼女の身は大丈夫――と思ったのだが。



「し、しまった!」



 なぜか邪竜がそう叫んだのだ。

 次の瞬間、



 ドガアァァァァァンッ



 大音声と共に、アルマの体は爆炎に包まれていた。



「え……」



 俺とルーシェは、燃えさかる炎の柱を見ながら呆然とするのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る