第15話 魔王だとバレた?



「だって、魔王様は魔王様ですもの」



 エルフの少女はそう言い切った。



 俺はすぐに彼女の口を手で塞ぐ。



「っむ……っ……」

「もう少し、小さな声でしゃべれ」

「ふんっ……ふんっ……」



 何度か頷いたので手を外してやる。



「ぷはあっ…………いきなりサディスティックなプレイだなんて大胆ですね♪」

「どこをどう見たらそう思えるんだよ」



 彼女は未だ状況を理解していないのか、恥じらうような仕草を見せる。



 物置の中には掃除の道具とか、ガラクタが詰まっていて物凄く狭い。

 そんな薄暗く埃っぽい場所で、俺達は身を寄せ合うようにしていた。



「いきなり暗がりに誘い込んで、押し倒したじゃないですか」

「む……」



 状況だけならそんな感じもしなくもないが……人目に付かず、内密な話ができる場所がここくらいしかなかったのだから仕方が無い。



「理解していないようだから、言い方を変えてやる。なぜ俺の正体が分かった」

「なぜ分かったか……ですか? それは魔王様の威光というか、オーラみたいなものが体から溢れ出ているからですよ」

「なんだと……」



 そんなものを溢れ出させているつもりはないし、魔力だって極限まで抑えている。

 魔物達だって俺の正体には気付かないはずだ。



「でも、それに気付くのは私くらいなものだと思います。だって、この世界中の誰よりも魔王様に憧れ、慕っているのですから」

「……」



 時が止まったような気がした。



「憧れって…………それだけでか!?」

「ええそうですよ、愛の力は絶大なのです」

「……」



 いやいやいや、そんなんでバレてしまったら大変なことになるだろう。

 有り得ない。

 こいつは口から出任せを言っているだけだ。



 それにエルフと言ったら神々や精霊と近しい関係にある種族。

 もしかしたら、俺が隠れて人間界に入り込んでいることを察知した光の側の者達が、刺客を送ってきたのかもしれないぞ。



 見た目は惚けた感じだが、油断は禁物だ。

 ならば、もう少し探りを入れてみる必要があるな。



「憧れだのなんだのと言っているが、そもそもエルフは神々や精霊の加護下で生きる種族。それが魔王を慕うなど、おかしな話だとは思わないのか?」

「変ですよね」



 普通に認めやがった。



「でも私、エルフはエルフでもダークエルフですから」

「え……」



 俺は困惑した。

 ダークエルフといえば、エルフが闇に堕ちてしまうことで起こる種族変異だ。

 その特徴は漆黒の肌と艶の無い白い髪。そしてその身に宿る闇の力だ。



 しかし、目の前の彼女にはその特徴が全く感じられなかった。

 髪はキラキラと輝く銀髪だし、肌は透き通るくらい白い。

 闇の力に至っては、闇どころか淀み一つ無い光の力を感じた。



「俺の知ってるダークエルフは、浅黒い肌と白髪で、魔族に似た闇の力を持っているはずだが、お前にはそれらが全く備わってないように思えるが?」



「あーそれは、色白のダークエルフなんです」

「色白……」



「髪は脱色が上手くいかな……っと、闇の力は今、特訓中です!」

「今、脱色って聞こえたぞ!?」



「えっ、何がですか??」

「……」



 あからさまに惚けた。



 やはりこいつの言ってることは嘘だらけだ。

 肌は色白ってレベルじゃないし、髪は旋毛の辺りに金髪がうっすらと残っている。



 この少女、明らかに普通のエルフだ。



 やっぱり俺に対しての刺客なのか?

 でも、それにしては全てが杜撰すぎるし、アホっぽい。

 なら、敢えてそういう演技をして油断させ、隙を見極めようとしてるのか?



 もしそうだとしたら、相当熟練された演技だ。

 そういう相手なら遠回しに探るより、突いてみた方が早いだろう。



「でも良かったです。ずっと魔王様を探してたんですよ」

「そうだろうな。三百年、態を潜めても尚、光の側の者達がここまでしつこいとは思わなかった」

「光の側? 何の話です?」



 まだ白を切るつもりか。



「神々は勇者だけでは飽き足らず、エルフまで刺客として差し向けるのか、と言ったんだ」

「刺客? 私が? 違いますよ?」

「……」



「私は純粋に魔王様に憧れて、お側に置いてもらおうとエルフの村を飛び出してきたんです。その為に、こうして闇に堕ち、ダークエルフにもなったんです」



 なってないけどな。



「なのに……魔王城は消えて無くなってるし、魔王様の気配も感じられないしで……本当に……心配だったんですからね……ううっ……ひっく……」



 エルフの少女は突然、泣き出した。



 しかも、とても自然な感じで演技のようには見えない。

 これが嘘泣きだと言うのなら逆に天晴れだ。



「仮にお前の言ってることが本当だとして、俺が死んだとは思わなかったのか?」

「っく……思わないですよ。不老不死の魔王様が死ぬわけないじゃないですか。どこかで元気にしている。その思いで探し回ってたんですから……ずびっ」



 まあ、そうだよな。

 だけど実際は、地下の魔王城でずっと眠ってただけなんだけど。



「でも、人間達は魔王様の演技にまんまと騙されてましたけどね」



 そこで彼女は目尻に涙を残しながらも「ぐしし」と悪戯っぽく笑ってみせる。



 しかし、こいつは三百年もの間、ずっと俺を探していたのか?

 エルフにとって百年は人間の十年程度の感覚だろうが、それでも結構な年月だ。

 そこまでして俺から何を得ようというのか?



「エルフが魔王に憧れるなんて聞いたことがないぞ。俺のどこにそんな要素があるっていうんだ?」

「憧れる要素ですか? そんなの沢山ありますよ。常に斜に構えてる所とか、いちいち格好付けた台詞とか、自分自身に陶酔している感じとか、それらが全くブレない所とか――」



「……それのどこに憧れる要素が?」



 つーか、俺ってそんな感じか!?

 そうだったとしても、それは全部演技だからな?



「ちょっと待て、もっともらしく言っているつもりだろうが矛盾があるぞ。お前とは初対面だが? どうしてそんなことが分かる」



「あれ? 言ってませんでしたか? 魔王様には生前お会いしたことがあるんですよ」



 生前って……死んでないからな!



 っていうか……会ったことがある……だと??


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