第30話

 それは御伽噺みたいに語られる。プロトメサイア。試作品救世主。

 でも私は知っている。彼らが本当に『居る』ことを。

 地球で大きな戦争があったらしい。その際に人型兵器は使われたけど、それはロボットのような意識のない兵隊だったとか。結局倫理観のない博士達が方々に散らばってしまえば、レトロメサイアレベルが限界なんだろう。

 プロトメサイアも、ファーストメサイアも、この月にいる。だから月は多分安泰だろう。何かある前に彼らがすべてを処分する。

 エレメント・ソーサラー。アルケミストミスト。ネクストレマー。リズムダンスレイブ。デオキシリボム。

 ダークネス・ソーサラー。ラヴェンダスター。アトムファンシー。マグニスタ。ハイプレッシャー。

 シルバスター。ゴルバスター。

 ちょっと戦力過多な感はあるけれど、地球の六分の一しかない月でも丁度良いぐらいだろう。

 この場所を平安にしている分には、大丈夫だろう。

 互いに抑止力にもなってるし、と私はキュムキュムのお腹を撫でて、その奥のエナジー・ストーンを確認する。

 火だったから、水のアーケロンが苦手だったんだろう。多分。もっとも性質が凝縮されてしまえば大した障害でもなく、一緒に居られる。

 あの時は寂しかったなー、なんて言うと、同意するようにキュムキュムは頷いた。たまたま空いていた火の座に付いちゃったのは、私がアーケロンを、ステちゃんがランフォを、地球の基地にはディプロンを、それぞれ顕現させていたからなのだろう。エレメント・ソーサラーの中のブラック・ボックスは、火の欠片を持っていた。それをキメラであるキュムキュムはゆっくり、ゆっくりと吸収していった。もしかしたら火のブラックボックスは今もう空なのかもしれない。その内ニトイにメンテナンスしてもらう時に聞いてみよう。それと、レックスとの恋の行方も合わせて。その辺りは他のファーストの子達に訊いた方が良いのかもしれない。本人達には解らないこともあるから。

 ちなみに座敷牢に入れられていた自由人もといメガは、品行方正と判断されて出した途端オルちゃんの匂いをひたすら嗅ぎ続けたらしい。やっぱ施錠を、と思ったらしいけれど、オルちゃんがまんざらでもない反応をしたと言う事で仮処分夜のみ座敷牢、と言う事になったとか。

 まああれだけ好き好き言われてたらほだされちゃうのかな。私はそれでも初対面で乳揉んで来る相手とは御免だけど。思えばティラは本当にストイックだった。初日の夜、修正だらけの資料を読むティラの隣ですかすか寝てたって言うのに。そう、初めての家族写真のごとく大口開けて涎垂らして。いやーあれはステちゃんを恨むわー。もっともきちんとしたところでもちゃんと撮ってもらったから、リビングにはそっちを飾っているけれど。お互い盛装なんてらしくなくて、笑っちゃったっけ。地球は異星の服だからって思えるけど、慣れた月での服はちょっと腹筋に来た。ちなみにティラは脚が長くて寸足らずになってしまったので、足元を私のドレスで隠すことにして難を逃れた。意外と足長美男子ぞろい、プロトメサイア。美少女アイドルもいるしね。変態もいるけれど。いやあれは酷い……酷い変態だった……。

 まあ変態の事は置いておいて、人格的にもそこそこ良い人が多かった。ティラは優しかったしアロは明るく、プッテちゃんは可愛くパラは冷静沈着だった。あと一人はどうでも良い。犯罪さえ起こしてくれなければ、それでもう良い。あの自由人めは。ニトイの心労を思うとそこに付け込めレックスとか思っちゃうけど。レックス。

 ニトイに聞いたところによるとレックスはそもそもティラのメモリー・クローンとして作られたのだと言う。ティラノサウルス・レックス。それが本来の名前なのだとか。だからこそティラに異常な執念を燃やして掛かって来たのだろう。スルーされた初対面。冷静に攻めて来た宇宙ステーション。野生に戻って襲い掛かってきた三度目の地下基地。ニトイを傷付けてしまった事で、彼は我に返った。泣きながらせんせい、せんせいと繰り返していた姿。でも今は力仕事をすることで随分逞しくメンタルも強い子に育ってきているらしい。のろけかよ、とニトイをつつくと、それでも嘘の吐けない博士はぽそぽそとレックスの涙ぐましいアプローチを教えてくれる。街に買い出しに行く時はいつも一緒、荷物持ちを一手に引き受けてくれる。論文で夜まで起きていると、ホットチョコレートを作って持って来てくれる。そのまま眠ってしまったら、ベッドまで運んでくれる。勿論下心無しにだ。座敷牢の誰かに見習わせたい。そう言えば発情期ってあるんだろうか。あれってのは持ってるのはメスの方らしいけれど、メスの何か――ウサギとか食べてたらやばいわよね。いやウサギは年中発情期か。メガも年中発情期か。あれ? やばくね? 犯罪者やばくね? 抑止、になる能力者がいない。いっそダークネス・ソーサラーで分解されても文句言えない立場だよ、メガ。

 他の子達もバーの歌手やら物理学者の卵やら下手なナンパ師やら、自由に暮らしていると言う。だけど必ずニトイの傍にはレックスがいて、レックスの見える範囲にニトイはいる。酒でもやってなきゃお熱くてやってらんないわ、と言うのはラヴェンダスターの彼女だけれど、飲んでいるのはカルーア・ミルクだった。そんなに強い方じゃないんだろう。私も同じだからご相伴にあずかる。ファーストの子達にもアンを見せに行ったけれど、おおーと驚いてつついたり足を触ったりするばかりだった。抱いてみる、と尋ねると、恐れ多いようにぶんぶん首を振られて。

 あなた達もそうだったのよ、とニトイが話すと、うっそだー、と言われる。まあ二か月ぐらいだったけれどね、寂しそうにされてレックスの視線攻撃を受けて、どんなだったの、と話題転換。みんな可愛かったわよ、それぞれ個性のある顔しててね。番号書いても乳脂ですぐに消えちゃうから、最終的には普通の産院みたいに足首にベルトを巻くことになって。それまでの管理は大変だっただろうなあ、と私も思う。産院での取り違えは案外多いのだ。うちの子は目が開くのが早かったからすぐに見分けを付けられたけれど、逆に怪しまれてしまったぐらい。薬でもやってるんじゃないでしょうね、と言われたけれど、他の妊婦さん達が庇ってくれた。産婦さん達もだ。彼女はそんな事をする人じゃありません。あれは嬉しかったなあ。特に産婦さんなんて我がことのように怒ってくれて。ちょっと眼が早く開いたぐらいでヤク中扱いされたら堪らないわよね、とか。まあある意味ナノマシンと言うヤク中ではあった。後に解る事ながら。それでもすくすく育つ我が子を見てるのは、楽しくて危なっかしくて。一度ティラの働く工事現場に行ったらきゃっきゃ言いながら私の腕から逃げようとして、大変だった。主に周りが。引っ掻かれた人は猫みたいですねと言い、蹴られて痣が出来た人はお母さん大変ですねと言い、重機の操縦席にいたティラは頭を抱えていた。パワフルな娘を持つとパワフルな父親にならざるを得ないんだな、なんて妙な納得をされたのは良かったらしいけれど、あんまり良くもないような。パワフルな娘。あなたがこれからムキムキマッチョになったらと思うと、母はちょっと心配です。今のうちにドレス。ドレスを着せなければ。

 ステちゃんの所も大体同じだったみたいで、こっちはムキムキマッチョになりなさいと食事にプロテインを混ぜようとしてはアロに止められているとか。シノビの里ではよくあることらしい。そしてアロは二人目は女の子にしましょうとステちゃんに乗り掛かられて大変だとか。ごちそうさまだけど、乗り掛かっていく嫁はどーよ、と連絡したら、プッテちゃんに『だってその方が主導権とか握れるじゃない』としれっと肯定されてしまった。プロトメサイアっょぃ。そしてパラがどんなあられもない格好をプッテちゃんに晒しているのかがとっても気になる。って言うかてっきりプラトニックな関係だと――あのキスシーンを見といてそれは言い訳だわ、うん。ちなみにニトイはこの間ずっと顔を赤くしていたらしい。オルちゃんに何の話してたの、と聞かれて大人の話かな、と答えたら、はぐらかすな俺も大人だ、と言われた。うん、まず俺っ子直そうか。それこそ思春期の性別性を位置付ける物だからね。って言っても彼女まだ十歳にもなってないか。そこをつつくとぐぬぬと言われるから、やっぱり子供だろう。可愛い可愛い、子供だろう。


 アンは元気に育っている。今日も可愛い寝顔を写真に撮って、それを間に私とティラは眠りにつく。焦土色の眼を地球光に見ても、もう驚かなくなった。あの日、テントを覗かなかったらどうなっていただろう。TITの支配下に無意識にいたのか、それとも村ごと焼かれていたのか。どっちにしろこんな幸せはなかっただろうな、と思う。こんな時間はなかっただろうな、と思う。ティラと手を繋いでみた。エレメント・ソーサラーの右手は冷たくて気持ちいい。ほっとするのを聞かれたのか、くすっと笑う声が聞こえた。

「アンが幼稚園に行く年齢になったら、どうしようか」

「その頃にはアロの所のも学齢だろう。車で送ってもらえばいい」

「ティラはアロの運転を知らないからそう言えるのよ……」

「ステ達は平気なんだろう?」

「あの子は修行積んでるシノビだから。一般人の私と一緒にしないで。それにランフォが助けてくれるし、いざという時は。アーケロン基本的になんも言わないししてくれないもん」

「たまにベビーベッドを揺らしていると思ったが、違ったのか?」

「アンに乗り換える気だ、あのロリコン亀! アンに慣れて貰う為に部屋に置いてるんだけど、やっぱ私が付けた方が良いかな、あの髪飾り」

「誤飲を防ぐためには、それをした方が良いと思うが。何なら俺がロードローラーで送り迎えするぞ」

「それはそれで大問題だからやめて、パパ」

「それなら徒歩か? ママ」

「それが一番楽そうね。幸い街は離れてないし、私も買い物して帰れるし」

「夕方だと子連れになるからな。危なっかしい」

「あなたに危なっかしさを言われる覚えはないわよー重機の神」

「……誰から聞いた」

「あちこちから。すごいらしいね。どんな巨岩も一撃粉砕のツボが見えているとかいないとか」

「話が盛られている……」

「盛られて何ぼよ、この類は。もっとも現場に離して貰えなくなりそうだけどね」

「スーツより作業着の方があっているから構わない」

「それにその入れ墨だしね。……ちょっと薄くなった気がする」

「ナノマシンの新陳代謝だろう。アンが大人になる頃にはすっかり消えているかもしれないな」

「アロも子供に引っ張られるからってハチマキ外したけれど、誰にも何にも言われてないみたいだしね」

「あれは性格もあるだろう」

「そーね、ほんと……ふぁ」

「眠るか?」

「ん、そろそろ……」


 ティラは私の髪を取り、口付ける。

 いつかのように、いつものように。

 私はそれを笑って受ける。


「おやすみ、パパ」

「おやすみ、ママ」

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