第21話

 肉を切るのは得意だからね、と背中から撃たれたニトイ博士の治療にはアロが当たった。骨に食い込んで内蔵まで達していないから、一旦アルケミストミストで骨を脆くして弾を取り、また修復する。一時間もかからなかっただろう。戦場を経験して来た彼らの処世術がこれだとしたら、なんとも皮肉なものだと思う。殺すための機械で生かすなんて。

 一時ショック状態になっていたニトイ博士はすぐに眼を覚まして、身体に何の問題もない事に訝っていたけれど、アロがアルケミストミストを見せると、薄く笑ったようだった。それをステちゃんはちょっと複雑そうな様子で見ていたけれど、とりあえず、とメガがあの紙ナプキンを出してニトイ博士に見せる。

「どのセフィラから行けばいいんだ?」

 セフィロトの樹を形作る円を、セフィラというらしい。

「ゲブラー……セフィロトにおける5番目のセフィラ。神の力、幻覚、恐怖―――破壊の性質。精神的な不純物の清掃と均衡。そこからなら、他人に見つからずに行けると思う。多分で悪いけれど」

「上等。博士はここで休んで――もいられないか? ファースト共が裏切り者の抹殺として送り込まれる可能性もある」

「だから、私も一緒に行くわ」

「ニトイ博士」

「それが私のけじめだから――」

 悲壮な決意は、妙に部屋に響くようだった。

 多分この人もお父さん達と同じで無理に研究を強いられていたんだろう。何の人質もなしに、命だけを握られて。それが小さな子供にどれだけの恐怖だったのか、私には解らない。私は人質の自覚もなく、ぼんやりとTITの託児施設に入れられていたのだから。その時に彼女に出会えていたら、いくらかの慰めは出来ただろうか。解らない。拒否されたかもしれない。両親とも離れて暮らしている彼女には、数か月に一度でも面談のある私は羨ましくて疎ましかったのかも。

 と、目が合った。にこりと笑われる。身体はまだショック状態から抜けていないだろうに、何を笑うんだろう。この人は。

「テミスちゃんの事は、ずっとアル博士達から聞いていたの。写真も見せてもらってね。だから本当はこんな危険な作戦に付いてきて欲しくないのが本音のところ」

「でも、」

「解ってる。あなたの眼は引かないことを決意している人の眼だわ。アル博士達と同じ」

「お父さん達――」

「でもどうか、どうか気を付けて。私が手掛けたファースト世代たちは強力よ。そこだけは理解しておいて」

「……はい」

「それじゃあ、行きましょうか」

 ふらっと立ち上がったニトイ博士は、それ以上揺らがずにパンプスを鳴らしてホテルの廊下に向かって行った。


 と同時。

 部屋が崩れる。


「っ!?」


 プッテちゃんは羽で私とステちゃんを抱えて飛び、メガも羽を出した。パラは振動で下の瓦礫を脆くして着地、ティラとアロはそれぞれエレメント・ソーサラーとアルケミストミストで地面を出してからそこに着陸する。へたり込んだニトイ博士は、ぎりぎり廊下で落ちずに済んだ。ちぇっと声が聞こえてみてみると。十五歳ぐらいの男の子が機械の両手を出しながら詰まらなそうにしている。

「被害ゼロかよ、こんだけやって。プロトの分際でしぶといな」

「……お前もファーストか」

「そ。能力名はマグニスタ。博士を連れ戻すのが任務だったけれど、あんな所でへたり込まれちゃ届かないな。まあ良いや。来るんだろ? 基地。そっちで待ち伏せててやんよ」

 にッと笑った顔はいっそ無邪気だ。血を見た事があるのか解らないぐらい。博士は十階のスイートにいた。他のお客の人達は大丈夫だろうか。多分地面を操る能力か何かだと思うんだけど、全容は知れない。ファーストもこれで五人目。多分このロットも五人で実験していただろうから、セカンドはまだできていないと思いたい。マグニスタ。地面にある鉄を磁石化させて振動でも起こしたんだろうか。パラにちょっと似ているけれど、汎用性はパラの方が上だろう。パラは何にでも振動を、与えられるから。

 ひらひら手を振っていく男の子。プッテちゃんと一緒に十階の廊下に戻る私達とメガ。幸いエレベーターは壊れていなかったけれど、一階は大騒ぎだった。子供が、妻が、叫んでいる人たちの横をぎゅっと目を閉じてプッテちゃんに導かれるまま歩いて行く。ティラ達はもう人ごみに紛れていた。

「プッテちゃん、平気?」

「大丈夫だよ、軽い女の子二人だったし、背中の開いてる服だったし」

「しかしいきなり手を出してくるとは、僕達の作戦がうまく行きすぎるのも困りものだね」

「まあこれで俺達にもさっさと行く動機が出来たわけだ。毎晩ホテル貸し切るわけにもいかないからな」

「そうだな」

 メガの言葉にティラが頷く。この人達にはこんなの慣れっこなんだろう。人じゃないから。兵器だから? そんなこと思いたくないのに、なんだか怒りが込み上げて、手がぶるぶる震える。

 その手を取ったのは、ニトイ博士だった。

「彼らがこの手の事に動じないのは、私達の所為。どうか怒らないで上げて。テミスちゃん」

「っでも」

「その怒りを向けられるべきなのは私達だから。だから、お願い」

「……はい」

「ステちゃんは動じないのね。流石はシノビって所かしら」

「え。何で知って」

「ティラに付けていたスパイの情報でね。もっとも今はプロトメサイアが集まり過ぎたっていう事で、撤退させているけれど。その折に地上でプロトメサイア騒ぎだから、私達だって結構驚いてるのよ。あぶり出しを狙われているのは解っていても、動かない訳にはいかないって。その中で私が基地を出たものだから、三人のファーストを出すことになってしまった。……本当、これは私の罪だわ」

「ニトイ博士……」

 何も言えない。

「ニトイで良いわ。博士も先生も、呼ばれたかった名前ではないから」

「じゃあなんて?」

「ニトイちゃん」

 ふっと笑ったその人は、十八・九だろう成人に近いその人は。

 子供みたいに微笑んだ。

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