第7話

 一通りの片づけが済むと外はもう夕暮れだった。今日は泊まって行きなよ、と言う言葉にベッドの数を心配すると、アルケミストミストの能力であっという間に四つのベッドがレストランに並ぶ。ディナーも客はいないらしい、思いながら私はベッドに座った。ふかふかのタオルケットが嬉しい。それにしても物を作り出す能力って便利だなあ。構成、って言ってたけど、製造の方があってる気がする。

「俺は俺の部屋で寝るからねんー」

「アロ様、だったら私もそっちで!」

「俺の体重に耐えられないでしょ、ステちゃん。潰して花嫁候補一晩で絶命とか嫌だよ」

 どんな質量してんだこの人達。

「そこはくノ一の術で、」

「どうにもならないのが科学の力ってもんだ。さ、早く身体休めて、明日は隣町にプッテ探しに行くんだろ? いやーローカルアイドルとは言え売れて来たからそう簡単には出会えないかもねえ」

「プッテちゃんがいる所に僕アリだよ。つまり僕いる所にプッテちゃんアリ。僕を見付けたらプッテちゃんなんて言うかなあー」

「『ぎゃあああ悪質なストーカー』。」

「ちょっと待ってティラの中の僕とプッテちゃんってそんな!? そんななの!?」

「良いから早く休むぞ。明かりを落としてくれ、アロ」

「はいはい。どっちもこっちもゾッコンってやつね」

 けらけら笑われて室内が真っ暗になる。山の中のレストランだから明かりは何もなくて、本当に真っ暗だった。ステちゃんは夜目が効く方なのか割と平気で寝入っちゃったし、パラも同様だ。私だけが起きている。

「――眠れないのか?」

 ティラの声にびくんっと怯えてしまって、あとから申し訳なくなる。

「なんか本当にどこでもない場所に来ちゃったんだなって」

 ぽそぽそ小さく呟くと、ふうっと息を吐く声が嫌に響く。

「こっちに来るか?」

 隣のベッドだから行けるだろうけれど、流石にそれは。

「いや、い――いっ?」

 断ろうとした言葉が肯定になってしまう。いつの間にかティラは起き上がって私の腕を掴んでいた。プロトメサイアじゃない、利き手じゃない方の左手で。くん、と引かれる強さは振り払えない事もないのがちょっと憎らしい。とにかく今日は早朝から色々あったから、眼が冴えてはいるのかもしれない。村の焼失。レックス。ステちゃんに振り回される。アロ。資料の再生。アルケミストミスト。オル。

 ――ちょっと色々あり過ぎたけれど、ティラの腕枕は心地よくて、心音も作り物かもしれなくても暖かくて安心して。

 私はそのまま、眠ってしまった。

 翌朝はステちゃんの絶叫で起こされたけれど。

 いや、何にもしてないしされてないです、本当。


 朝食はトーストとコーヒーだった。これがまた豆引くところから見てたはずなのにインスタントの味がするコーヒーで驚いたし、バターのはずなのにマーガリンの味がして驚いた。この才能は保存されるべきだと思う、うんうんと頷いているとステちゃんだけが擁護に回る。ニンジャって基本的に腹を満たすだけの兵糧丸で暮らしてるから、何でも初めてで美味しく感じるだけだろう。昨日もカレー初めて食べたって言ってたし。まあそのぐらい特殊な生活してた方がこの旅にはお誂え向きなのかなと、ふつーに暮らしていた私は思ってしまう。こんな事なら小柄投げでも趣味にしとけは良かった。後から後から湧いてくる賞金稼ぎ達から身を隠していると、余計にそう思う。人間相手なら通じるんだよなあ、普通の技も。試しに転がってきた人にアトミックドロップ掛けてみたら地面をバンバン叩かれたし。自衛の技も覚えないと。ステちゃん何か教えてくれないかなあ。

「何をしているだお前は」

「インディアンデスロック」

「何故に。そいつもう動けないぞ」

「いやまず練習からかなと……」

「そんな練習はしなくていい。アロと飯作ってくれ」

「あ、はい」

 ティラからドン引きの眼差しを感じた気がするけれど気のせいだよね? だって現状役に立ってないの私だけなんだもん、くすんとしているとアルケミストミストで作られた包丁やフライパンを渡される。鉄分は結構そこら辺にあるから作りやすいらしく、賞金稼ぎとの戦闘でもナイフを多用して飛ばしていたし、フライパンでどついたりしていた。あれなら私にもできるかなあとジャガイモの皮をしょりしょり剥いていると、お、とアロに微笑まれる。

「ピーラー無しでその薄さで皮剥けるって事はお嬢さん、素人じゃないね」

「テミスで良いです。レストランのバイトしてたから」

「アロ様! 刃物の取り扱いなら私だって上手ですよ、ほらほら!」

「おー、ステちゃんの人参は刺さりそうなほどに鋭利だな! 後はカレー粉を……アルケミストミスト、構成せよ」

「またカレーなの? ステーキとか食べたいなあ僕。お酒も飲んでないから小腹が寂しいよ」

「文句言う奴には作ってやんねーぞ。アルケミストミスト、水分を収束せよ」

「何でも出せるってすごいですね……」

「まあ、ティラの方が便利な時もあるんだけどね。洗いものなしに食器ごと消しちゃったり」

「そう言えばティラが食べてるとこ、見たとことない……いつも分解接種だから」

「なんだ、ティラは隠してるのか? それ」

 つんつん、と自分の頬を突いてティラの方を見遣るアロは、ニヤニヤしている。反対にぶすくれた顔をしていたティラは眉根に皺をよせ、あからさまに鬱陶しそうにした。ステちゃんの小柄がひか――らない、異常に鋭利な人参だ、あれは。

「俺達プロトメサイアにはそれとわかるように印が付けられてんだよ。例えば俺は額」

 コック帽に隠れてるハチマキを外されると、そこには昨日のオルと言う子の眼の下にあったのとよく似た入れ墨があった。結び直して、指さすのはティラ。

「ティラは頬。だからそのマスクも外さないでエレメント・ソーサラーで飯食ってんだろ。恥じらいがある奴なんだ、あれで」

「賞金稼ぎが面倒なだけだ。それに自分の顔もあまり好きじゃない」

「アル博士達と一緒の頃はそうでもなかったんだけれどねえ。最終候補に残った時に入れられてからは、ティラは顔を隠し通しだったよ。アロは前髪で隠れるけれど、頬は隠すのも難儀だからねえ。息苦しいし」

 酒が抜けると意外と普通の人してるパラである。本を出して読んでるけれど、それはどうやら国語の教科書のようだった。随分褪せているけれど、多分彼の荷物では一番古い物なんだろうと思う。村では日曜学校を勝手に開いては、子供を預けられていたけれど。そしてその間マダムたちは優雅なお茶会。地域社会に溶け込もうと思えば溶け込めるんだな、プロトメサイアだって。ティラはそれを忌避している。それは――何故?

「あれ、なんか昨日とカレーの味が違う」

「キュムキュム用のリンゴを少し下したのと、はちみつ入れました」

「おー、それだけでこんなに変わるのか。ありがとなキュムキュム」

「キュムー!」

 パラに顎の下を軽く擦られてキュムキュムは心地よさそうだ。それを見ていると私もちょっと微笑ましくなる。パラはニコニコしながら食事に戻り、しきりに美味しいねえと繰り返していた。

「パラの入れ墨はどこにあるの?」

「腕だよ。今は長袖だから隠せてる」

「プッテちゃんは?」

「可愛い太もも。でもあんな柔らかい子供の身体に針突き立てたのは今でも許せないなあ。プッテちゃん一日中泣きっぱなしだったんだから」

 ずもっと何か影を作り出すのに思わず身体を引く。いや私の両親も悪いけど、ちょっと怖い。

「プッテちゃんって結構ミニのスカートのイメージあるけれど」

「アンダースコートで隠してるみたいだね」

「結構きわどいところにあるのね」

「そう、きわどいところにねえ……」

「パラ。テミスが怯えている」

「あ、アル博士たちの事は恨んでないよ。一日中痕をさすってくれてたからね」

「そ、ですか」

 人並みの倫理観があったのなら、どうしてそんな機構にいたのだろう。ちょっと目を伏せると。ステちゃんと眼があった。ちょっと殺伐としたものを感じてきょとんとすると、肩を肩でうりうりつつかれる。

「どうしてそんな所に、って考えてたでしょ。テミス」

「ぇ」

「忍者の読心術にはお見通しさあ。やんごとなき事情があったのかもしれないよ? 実は別世界人で文明も進んでて、だったらこっちの星も手に入れようとしてたとか。昨日読んだプロトメサイアの資料、随分科学的に発達したことばかり書いてたもん」

「別世界って」

「他所の星でも良いかな。例えば月」

 青い月はいつものように空で回っている。

「大戦の前は結構人が住んでて、こっちは棄民政策の一環でナノマシンで環境作られたって言うじゃない。だから自然が極端に少ないとか。私の一族もそれに巻き込まれた口なんだけれどさ。昔の月はここと自転の速度が同じで昼と夜がなかったらしいんだよね。極端に周期があるって言うか。それもナノマシンで運営することによって、月と同じにしたとしたら――」

「あれは月じゃない」

 ぽつりとパラが呟く。

「月はこっち。あっちは地球って星だよ、ステちゃん」

「へ?」

「そしてTITの本部があるのも恐らくは地球だ。ごらんよ青空にも溶けない水の星。あそこまで僕達は行こうって言うんだ。果てしないね、まったく」

「月が地球で地球が月……?」

「そう。だから棄民政策を実行できた。Gだって1Gに出来てるし、ナノマシン様様だけど、それがどこから齎されたものなのかは解らない。カルピス菌だね。どこからどうやって来たのかは解らないけれど有用だから、利用してる」

「カルビスって飲み物の? めっちゃお高いあれ?」

「そう、僕の半年分の酒代より高いあれ」

「あれってそんなレアだったんだ……」

「だったのさ。大戦後は更にね。まあ歴史の授業はここまでにして、そろそろ先に進もうか。ティラ」

「エレメント・ソーサラー。分解せよ」

 食器や残飯がきれいに消えて、ここで誰がご飯を食べてたかなんて解らなくなる。地球を見上げて私は溜息を吐く。

 ステちゃんはキャパオーバーで頭をグルグルさせているけれど、私は機会があったらまたパラの授業を受けてみたいな、なんて思った。

 お父さんたちの勤務時間は確かに長かった。数か月単位で帰って来ないこともあった。それが地球と月を行き来していたからだとしたら、納得もいく。

 だけどだったらお父さん達は、完全に悪者だよなあ。異星人として星を侵略してたんだもの。政府と何か取り決めがあったんだろうか。それにしても、酷い話だ。私ははあっと溜息を吐く。カレーの匂い。歯磨きしたいけど、水は最小限にとどめよう。アルケミストミストでいくらでも作れるとしても、頼り過ぎちゃいけない。それは私の、人間としての線引きだ。人造人間にしてしまった人達への、せめてもの償い。お父さんとお母さんの事、もっと叔父さんから聞いておけば良かったな。逆説あの人も地球人だったと言うのなら。

 ぽてぽて歩きながら、私はキュムキュムに頬を舐められる。カレーでもついてたかな、とローブで拭おうとすると、ティラの生身の方の手にくしっと拭われた。ちょっと赤くなっちゃって、ありがとう、としか言えなかったけれど、ティラは薄く笑ってくれた。

 ティラは優しい人なんだと思う。そんな人も戦中には戦い通しだったと思うと、胸が痛くなる。それをさせた父母が情けなくなる。こんな優しい人を兵器にしたTITは、絶対許しちゃいけない。

 改めて決心して、私はプロレス技を磨くことに決めた。

 せめて足手纏いにならない為に。

 ある程度の力は、付けておかなくちゃ。

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