バーバラ、バルバラ、バーバレラ

@agath

第1話


           ぼくとミチアキ、YYコンビのこと


「ねえ、きみはさ、バーバラのこと、どう思ってるの?」

「きみ」というのは「ぼく」のことで、「ぼく」というのはここにいるこの私、つまり十六歳の日本人の男子である、この「ぼく」のことである。

「バーバラ? 好きだよ。でもさ、あの子、なんかヘンじゃない?」

「どこが?」

そう聞かれると困るのである。でも、なんかヘンでしょ。相当ヘンでしょ? それに、なんでおまえがそんなこと聞くのよ。

「おまえ」というのは、「ぼく」の目の前にいる同じ高校二年の男子、吉村道明のことである。あ、ぼくの名前は矢野真一。

「どこがって言っても、うまく言えないけどさ、すごく危なっかしい感じがしない?」

とりあえずそう答えると、「危なっかしくはないけどな」 道明は鼻の頭をかきながら即否定した。

「別に危なっかしくないけどな。いざとなったらあいつ、強そうだし。うん、危なっかしいというより、モロ危ないんじゃないの?」

なんだ、分かってるじゃないか。そう、モロ危ない。予測がつかない。

「でもさ道明、どうしてそんなこと聞くんだよ」

「きみ、バーバラのこと、気にならないの? さっき、好きだって言ったよね」

「いやいや、そりゃ、好感が持てるって意味だよ」

「オレはさ、バーバラをひと目見たときから、きみと相性がピッタリだと思ったんだよ。お似合いのカップルというか、いっしょに雛壇に並べて、いちど眺めてみたいというか、 そういうの、あるだろう?」

「ないよ。そんな趣味、ぼくにはない」

「いや、オレはこの際、人類愛と同胞愛に燃えて、なんとか二人の橋渡しをしたいと思っている。一応、含んでおいてくれ」

「含んでって…、おまえ、きょう少し変だよ」

「人類愛は少し言い過ぎかな。たぶん、オレ、バーバラのことが好きなんだよ。あ、これ、好感が持てるって意味ね。だから、オレの数少ない貴重な友人と、なんとかくっつけたいと思ってるわけよ。オレには恋愛は無理だから」

「少し屈折してるんじゃない? それより、早くウドンの汁飲みなよ。どうせ、それ全部飲むんだろ」

五分後、ぼくたちは学食を出た。吉村道明とは中学のときからの腐れ縁である。高二でも同じクラスになり、人呼んでYYコンビ。道明は自分のことを「オレ」というのに、ぼくのことは「きみ」と呼ぶ。逆に、ぼくは「ぼく」と「おまえ」。こういうのを割れ鍋に綴じ蓋というのかな、あれ、違ったっけ?


          連休が明けたら彼女がいたんだよ


バーバラがぼくたちのクラスに来たのは五月の連休明けだった。

担任に紹介されたあと、彼女はいきなりこう言ったのだ。

「わたしのことはバーバラと呼んで」

一同、顔を見合わせた。ぼくと道明も、もちろん。

聞きとれなかったと思ったのか、彼女はもう一度繰り返した。

「わたしのことはバーバラと呼んで。ええと、趣味とか特技とかは、そのうち説明します。よろしく。以上」

だって彼女、目が大きくて多少バタ臭い感じはあるけれど、どこからどう見ても日本人だし、名前もいましがた「吉澤七海」と紹介されたばかりなんだもの。なにがバーバラなんだか。

ともかくそれ以来、彼女はバーバラと呼ばれるようになった。が、なぜバーバラなのか誰も知らない。ちょっと聞きにくいのだ。そう思わせる雰囲気が彼女には、ある。

 なんというか、彼女、落差がすごく大きいんだよ。ふだんは割と明るくて良く笑うけど、突然黙り込んだりする。それも半端ないダンマリ。囲碁や将棋で「長考に沈む」っての、あるじゃない。まさに、あれ。深く深く沈んじゃうんだよ。あと、怒るときも半端ないなあ。なんかこう、目と肩が釣り上がって、「許せない感」が全身にみなぎってくる。いや、だれかを攻撃するわけじゃないよ。不条理とか、理不尽さとか、世の中にはいろいろあるじゃない。そういう話を聞かされると、「逆鱗モード」のスイッチが入るんだね。きっと。

さすがに先生たちは「吉澤さん」と呼んでいたけど、それも初めのうちだけ。なにしろ彼女、「吉澤」にはまったく反応しなかった。ある日、業を煮やした数学の教師が何度も「吉澤さん」と呼んで、彼女の目をじっと覗き込んだんだけれど、彼女、にっこり笑って「わたしのことはバーバラと呼んでください」、それで勝負あった。ダメ押しは、クラス委員長の池田が英語の教師に言ったひとこと、「ジャスト・コール・ハー・バーバラ・プリーズ」。いや、池田は必ずしもバーバラの肩を持ったわけじゃないよ。なんというか、最大多数の最大幸福。授業を円滑に進めるための、委員長としてのお務めだね、あれは。


で、なんの話だっけ? そうそう、彼女はめでたくバーバラになりました。そこまではいいけど(よくないか?)、彼女、なぜかぼくたちに急接近してきたんだよね。なぜか。まあ、考えてみれば当然かな。だってぼくたち、けっこうクラスで浮いてたもん。バカばっかりやってるYYコンビ。で、バーバラも浮いてたでしょう? だって、いきなり「バーバラと呼んで」だよ。そりゃ浮くよね。あ、でもバーバラの場合、話し相手がいなかった訳じゃないんだよ。イジメに合ってた訳でもない。逆にけっこう人気者だったりして。でもさ、それでも浮くわけ。分かるでしょ? あの娘、ときどきカゲキなんだもの。

 まあ、いいか。正直、バーバラと話してると楽しいんだよね。自然に話せるっていうか、少なくともクラスの他の連中に比べたら、全然面白い。たぶん道明も同じじゃないかな。え? バーバラがどんなふうに接近してきたかって? どんなふうにもなにも、ただ話しかけてきたんだよ。昼休みに。その話、聞きたい? ほんとに?


          レトロ研究会、または温知クラブの発足


 「レトロ研究会を作りましょう。あ、温故知新クラブでもいいです」

 いきなりである。ぼくと道明はまた顔を見合わせた。

 「うちの学校は五人以上いないとクラブは作れないんだよ」と道明。

 「もちろん非合法のクラブよ。だから三人で充分」

 「レトロはいいよね。でも、何のレトロ?」と今度はぼく。

「何のレトロ、は変ね。レトロの何、というべきじゃないかしら」

「じゃ、レトロの何?」

「レトロのすべて。そもそもレトロの何が人を惹きつけるのか、それを実例に即して研究するの」

「なんだか、具体性に欠ける話だなあ」

「具体性なんて、やってるうちに出てくるって」

「分かった分かった。で、初めに何をすればいいの?」

ここでバーバラは満面の笑みを浮かべた。「会の命名です」

非合法クラブの名前は三秒で決まった。バーバラが一方的に宣言したのだ。しかもレトロ、レトロってさんざん言ったくせに、「温故知新、略して温知クラブ」だとさ。

「温知クラブって、なんか誤解を生まない?」と道明。

 「どうして?」

 「だって、オンチだろう?」

 「あ、分かった、ミッチ、音痴なのね?」

 「ミッチ? それ、オレのこと?」

 「ほかにいないじゃん。ええと、音痴の件は大丈夫。だって、あたし音痴じゃないもん。歌だけは結構うまいんだよ。ちょっと自信ある」

 道明はだらしなく笑いながら、「ミッチかあ」などとつぶやいている。

 「それに、なんか古めかしくない?」これは、ぼく。

 「レトロだもん。当然よね。あ、でもシンちゃんがいやなら、変えてもいいのよ」

 こんどは「シンちゃん」ですか。いやいや、シンちゃんはバーバラの仰せのとおりにいたしますよ。

 「じゃ、いい? 温知クラブでいいね。初会合は本日午後四時ということでいかがでしょうか」

 「場所は?」

 「シンちゃんに一任したいと思います。あたし、まだ土地勘ないから」

ということで、記念すべき初会合は、「ポプリ」という名前の喫茶店で開かれることになった。学校から五分ぐらいのところにあるハムピラフとパンケーキのうまい店。少しレトロな雰囲気もあって、バーバラも気に入ったようだ。


 「ふふ…」バーバラが紅茶を飲みながら笑っている。

 「楽しいね。こういうのって、なんか楽しいね」

 ぼくは少し心配になってきた。バーバラは何か勘違いしているのではないか。ぼくも道明も、女の子がいっしょにいてそれほど楽しいヤツじゃないはずだ。こんな普通の喫茶店で、普通の高校生が放課後に三人でお茶して、いったい何がそんなに楽しいのだろう。

 「あのさ、どうして『レトロ』なわけ?」単刀直入に訊いてみた。

 「ほんとうは何でもよかったんだけどね」とバーバラ。「どっちかっつーと、シンちゃんやミッチと話がしてみたかったのよ。ちゃんとした話をね」

 「オレ、ちゃんとした話なんかできねえよ」とミッチ、じゃなくて道明。ええい、もうメンドいからミッチでいこう。

 「そうかなあ、ミッチもシンちゃんも、きちんとしてると思うけどなあ。あのさ、二人とも少し浮いてるでしょ。まわりから」

 ズキン。痛いところを突かれてしまった。でも、バーバラだって浮いてるじゃん。

 「浮いてるってのはね、きちんとしてる証拠。だって、浮いてない人ってのは、社交ばかりやってるでしょ。で、社交ってのは、みんなと同じ、あたりさわりのないことを言ったりやったりするわけ。そういうのって、すごく不真面目だと思わない? いい加減だと思わない?」

 「いや、オレたちは単にバカばっかりやってるから、浮いてるんだと思うよ」

 「そのバカの中身が大事なのよ」

 「バカに中身なんかないと思うよ」

 「あるある、絶対ある。政治家のバカと革命家のバカは違うし、人気とりのバカと抗議のバカは全然中身が違う。ストーンズのバカはビートルズのバカと違う」

 「なんか、すごい話になってきたね。ぼくたちはただ、面白いことをしようとしてるだけなんだけど…」ぼくはそう答えたけれど、でも、なんとなく分かるな、バーバラの言ってること。

「あ、でもレトロが好きなのはほんと。だいたい、ほとんどのことは古けりゃいいってものよ」

「は?」

「古けりゃいいってものなの。あのね、時間に耐えて残っているものには、考察するだけの値打ちがあると思うの」

「バーバラ、偉いね」

「どして?」

「だって、いまどきの高校生、そんなこと言わないもの」

「シンちゃんってば、それ褒めてるの?」

 「褒めてるんだよ。ベタぼめ。ほんとはね、ぼくも古いほうが好きさ。古くてどっしりした家に入るとすごく落ち着くんだ。逆にピカピカ、ペラペラ、ツルツルした新しいものに囲まれてると、だんだん頭が痛くなってくる」

 「あ、オレもそう」とミッチ。

 「でも、シンイチには負けるな。シンイチが子供のころ住んでたのは、江戸時代に建った家なんだよ」

 「江戸時代? それ、すごーい。どこにあるの?」

 「もうないよ。五年ぐらい前、後妻に来た婆さんが、取り壊して新しい家を建てちゃった」

 「なんてことするんだろ。その婆さんて、野蛮人ね。昭和レトロどころじゃなかったのに、あーあ、残念」

 「ミチアキ…ミッチだって、相当なレトロなんだよ」

 「なになに? どういうこと?」

 「ひとことで言えば、こいつは『六〇年代マニア』なの。激動の一九六〇年代。その混沌の中に現代のすべてが凝縮されている。音楽も、文学も、思想も、工業技術も、社会運動も、すべて六〇年代が一つのピークで、それ以降の出来事は残照というか、気の抜けた長い反芻に過ぎない、これがミッチの持論なんだよ」

 「あと、映画と舞台ね。ああ、六〇年代に高校生でいたかった」ミッチは遠くを見る目付きになっている。ふと見ると、そのミッチの横顔を、バーバラがじっと見詰めている。

 「ミッチ、素晴らしいわ…」

 「え、いや、だって自明でしょ。エルヴィス、アリ、ボブ・ディラン、ジミ・ヘン、フェリーニ、ゴダール、ほかの時代にはこんな人たち、いないよ」

 「じゃ、ほんとにレトロってことでよかったのね。別にあたしに合わせてくれてる訳じゃないのね。よかった、よかった。あたしの嗅覚もたいしたものね」

「嗅覚?」

「だからさ、言ったじゃない。ミッチやシンちゃんとは話が合うような気がしたのよ」

それから二時間ほどダベったけど、初会合とは名ばかりで、昔のロックやら映画やら食べ物やらファッションやら、ただもう、とりとめなく話してこの日は散会した。

で、第二回会合は翌日の午後ということになった。


          ゴローさんと絶滅危惧種のこと


翌日は土曜日である。ヒマだね、ぼくたちも。

せっかくだから昼メシも「ポプリ」で食べようということになった。全員ハムピラフ。

「ねえ、最近、レトロなガード下って人気があるじゃない? あれ、どう思う?」

唐突にバーバラが口火を切った。毎度のことだけど。で、自分で振って、自分で答える。

「あれ、あたしあんまり興味ないの。シンちゃんは、どう?」

「ん? 別に。そんなに行きたいと思わないけど。で、どうしてガード下なの?」

「それそれ、そこを聞いてほしかったの。理由は二つあります。一つはね、レトロの安売りというか、わざとらしいのよ。もう一つは、同じことかもしれないけど、ガード下に出入りする人たちがちっともレトロじゃないの。サラリーマンとか、東洋趣味をはき違えてる外国人とか。だいたいガード下の店でスマホばかりいじってるじゃない」

「バーバラに賛成」とミッチ。「あれはさ、なんていうか、ファッションじゃない? 商売の意匠というべきかな。昔のガード下って、全然違うと思うんだよね。棲息していた人種がさ」

「あたしもそう思う。そうそう、人が違うのよ」

「前にね、うちの爺さんの知り合いに聞いたんだけど、それこそ六〇年代の話だけどさ、そのころのガード下は面白かったらしいよ。安酒でぐでんぐでんに酔っぱらって、他の客にからむわ、酔いつぶれるわ、泣きわめくわ、取っ組み合いの喧嘩をするわ。なにしろ、あやしげな人種の巣窟でさ、サラリーマンだって一皮むけば学生運動くずれとか作家の卵とか、訳ありの人が多かったんだって」

「そのお爺さんの知り合いって、何をしている人?」

「知らない。本人は自由人とか言ってるけど。一応無職なのかなあ」

「お年は?」

「若く見えるけど、六十代の半ばぐらいかな」

「その人に一回会ってみたいわね」

「会えるよ、いつでも」

「え、ほんと?」

「学校の裏のさ、橋を渡ったところに植物園があるじゃない、野草園って言ったっけ? あすこでボランティアの説明員してるんだよ」

「説明員?」

「説明員だかガイドだか、正式な肩書は知らないけど、植物園に来た人たちにいろいろ教えるんだよ。木の種類とか、花の名前とか」

「ふうん…。どうして植物に詳しいの?」

「知らない。ゴローさん、何でも詳しいんだよ。植物園はたまたま自宅の近くにあったから気が向いたんじゃないかな」

「ゴローさんていうの?」

「そ、下に口があるほうの吾」

「ミッチはゴローさんと親しいの?」

「親しいっていうより、オレのお師匠さんかな」


三十分後、ぼくたちは「野草園」の前にいた。入園料大人二〇〇円、子供五〇円。年中無休。バーバラがぼくに尋ねる。

「シンちゃんもゴローさん知ってるの? 急に押しかけて、怒られないかな」

「大丈夫。ミッチの友だちは歓迎してくれるよ。それにゴローさん、結構フェミニストだもん」

ここまで来て急に心配になるなんて、バーバラ、意外にオトメだね。かわいい! そう言ったら、思いきりヒジ打ちを食らった。

園内を歩いていくと、ゴローさんはすぐ見つかった。植物の専門家というよりロックミュージシャンのような格好をした男が、池の水辺で何か熱心に話している。テンガロンハットにぼろぼろのダメージドデニム。ギターを持っていないのが不思議なぐらいだ。

「おお、ミチアキ、どうした? シンイチも一緒か?」

ゴローさんは目ざとくミッチを見つけると、来園者への説明を適当にはしょって、ニコニコ笑いながらこちらへやってきた。

「説明はもういいの?」

「いいの、いいの。どうせあの連中には分からない。豚に真珠、猫に小判よ。ん、こちらのレディーは?」

「はじめまして。バーバラです。ミッチとシンちゃんのクラスメート」

「よろしくね、バーバラ。変なやつらだけど、仲よくしてやってね」

 「バーバラ」と聞いても、まったく意に介さない。さすがはゴローさん。

「で、きょうは何? ミチアキが野草園に来るのは珍しいね。バーバラのリクエストかい?」

「実はあたしたち、今度クラブを作ったんです。レトロ研究会」

あれ、「温知クラブ」じゃなかったの?

「でね、ゴローさんに顧問になってもらおうと思って。ね、シンちゃん」 おいおい、聞いてないよ。

「顧問はいいけどさ、何をすればいいの?」

「ときどき話を聞かせていただきたいんです。昔のこととか。あと、いろいろご意見を」

「ふうん、たいした話はできねえよ。でもまあ、いいか。じゃあ、きょうはもう店じまいだ。少しダベリに行こう」 ゴローさんも話が早い。


土曜だけど園内は空いている。四阿(あずまやって、これでいいんだよね?)に陣取ると、ゴローさんとミッチが自販機から飲み物を買ってきた。

「で、そのナントカ研究会のきょうのテーマは?」とゴローさん。

「ガード下です」 バーバラが即答する。

「六〇年代だよ」 これはミッチ。

「なんだ、要するに六〇年代のガード下か」

「そういうことです」

「ああ分かった、分かった。いまガード下ブームだからな。いまの小洒落たガード下と、昔のガード下と、どこが違うのか。そういうことだろ?」

「そういうことです」

「んん、ガード下ねえ」 ゴローさんは少し空を見上げてニヤッと笑った。

「あのさ、いろいろ話してあげたいんだけど、俺もちょっと辛いんだよね。懐かしいけど、ヤなこと、ヤバいこともいっぱいあるのよ。裏切り、泥酔、殴り合い、警察沙汰になったこともあるし、飲み倒した店もあるし、ああ、クスリや葉っぱを分けてもらったこともあったなあ…、まあ、いまとなっては笑い話かもしんないけど、あのころは必死でさ、正直、あまり思い出したくないこともあるのよ」

「そうでしょうねえ」とバーバラ。「ごめんなさい。でも、そういうところが、いまのガード下とは違うんですね。やっぱり人種の違いなのかなあ」

「はは、バーバラ、話がうまいね。いや、人種は同じだと思うよ。日本人のいいところ、悪いところ、素敵なところ、ダメなところ、それは五十年やそこらでそんなに変わらない。それより、この何十年かでもっと変わったことがある」

「経済規模とか、情報システムとか…」

「社会的にはね。それに伴って、人間のある部分がかなり変わっちゃった。さて、そこでクイズです。それは一体何でしょう?」

「え、なんだろう」

「答えは一つじゃないんだけどね、俺が一番感じるのは、脳ミソの中の『バカの量』なのよ。バカなやつがいなくなってしまった」

「え、あたし、充分バカですけど」

ゴローさんは役者のように人差し指を立て、横に振った。きっちり二度。

「お嬢さん、知ってるでしょ。バカには二種類あるのよ。良きバカと悪しきバカ。前に偉い先生が『バカの壁』とかいう本を書いたけど、あれは悪しきバカの話。イコール小賢しさ」

「じゃ、良きバカっていうのは?」

「別名、大きなバカ。つまりね、創造力、打開力、突進力、それに大局観、そういうものに繋がるバカのことさ。むかし、勝海舟が西郷隆盛を評して、あれはバカだ、でも途方もなく大きなバカかもしれない、そんな意味のことを言ったそうだよ」

「なるほど、大きなバカねえ」

「よく大愚って言うじゃない。知らないかな。大愚良寛とかさ。あれ、自分をへりくだって言う言い方だけど、ビッグなフールでもあるのね。とにかく、そういうバカが少なくなってしまったのよ。絶滅危惧種だね、いまや」

「ほらね、言ったでしょ。ミッチ」

「ん? なにを?」

「この間言ったじゃない。バカの中身が大事だって。あ、分かった!」

「なに一人で分かってんだよ」

「あたしがあんたたちと話をしたかった理由。要するにさ、バカが大きいのよ、あんたたち」

「その『あんたたち』っての、やめてくんない?」

「じゃ、きみたち。要するに絶滅危惧種なのよ、きみたち」

ゴローさんがまた人差し指を立て、今度は縦に振った。きっちり三度。

「そこだよ、大事なのは。あのね、レトロやガード下もいいけど、あんまり小さく限定しないで、大きなバカ全般を研究してみたら? 面白いと思うよ。それにしても君たち、三人とも絶滅危惧種だね、はは、こりゃいいや。いや、俺もそうだけどね」

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